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17.私だって最初から全部やり直したかった。
そうめんビビンバを作ろう!
ランチに突然ビビン麺が食べたくなったがそうめんしかなかった……というわけではない。ただ大量のそうめんを消費しなくてはならないのである。毎年お中元でもらうそうめんが積み重なって、もう大変な量に。そうめんでミニチュアの家が作れるレベルだ。
しかし9月も半ば。ギリそうめんの季節ではない。いや残暑ではあるからそうめんでも問題はないのだが、単純に8月中そうめんを食べまく
16.これだから病院なんて来たくなかったんだ。
22歳の秋、ついに整形外科に行く覚悟を決めた。
腰だ。腰が痛いのだ。思えば腰痛はいつも私の人生とともにあった。中学生のころから症状が現れ、高校、大学と慢性的な腰痛に悩まされ続けた。ときには腰が痛くて授業中椅子に座っていられないほどだった。
ところが大人というものは、腰痛と聞くと大概「ああ……まあ……」みたいな顔をする。「まあ……あるよね……」みたいな顔だ。大人の中で腰痛とは肩こりと同じカ
15.まともな人間でいるために、私はダンスを忘れた。
「今日から新しい女の子が入ったんだけどね」
土曜の昼下がり。マグカップを傾けながら花梨が言う。バレエスクールで講師補佐のアルバイトをしている花梨は、ときどきバイト終わりに私の家でお茶をする。
「ピルエット回るのもいきなりはできないじゃん? だからゆっくりゆっくり回ってもらったんだけど、それだけで目え回しちゃってさ」
「はは」
私はかりかりとマグカップのふちを爪でひっかきながら笑った。ずい
毎日うっすら死にたいけど割と生きたいからハッピ~
現在、なんかゆるい掌編小説をちまちま更新中です。3割実録7割フィクションくらいの感覚でゆるく書いてます。タイトルの通り、いろいろつらいけどなんとか毎日生きているわ……みたいな感じのゆるいエッセイ感覚の小説です。何回ゆるいて言うねんな。
ほとんどの話が一話完結なのでどこから読んでもいいし一話だけ読んでもいいんですが、一応シリーズものなので登場人物の紹介くらいはしとこうかなあと思って。
というわけ
14.あれは近眼大学生のためのアプリだ。
9月に入り、少しずつ涼しくなっていく……かと思えば、そんなことはまったくなく、クソ暑い毎日が続いている。駅前の道を行き交う人々もいまだ半袖のままで、残暑どころか暑中まっただなかである。
しかしそんな暑い日でも長袖を着こむのが私のポリシーで、今日も今日とて薄手のブラウスとスカートに黒いタイツを合わせて外に出た。そして帽子も忘れない。
どこへ出かけるときでも、基本帽子は被っていく。これは顔を
13.塩の前に味見できるなら部屋に花とか飾っている。【掌編小説】
これじゃない。
私はぐつぐつ煮える鍋を前に頭を抱える。鍋の中には赤いスープがぼこぼこと音を立てていた。とりあえずこれ以上煮詰まるのはまずいので火を弱める。そんなことで問題の解決にはならないのだが。
夕食のために作ったミネストローネの味が絶望的に「これじゃない」。
何故。ミネストローネなんてまず失敗しようがない料理だ。冷蔵庫の余り物を全部適当にぶち込んで、父の畑で採れたトマトをぶち込ん
12.このおさなごは駆けるように人間になっていく。【掌編小説】
おさなごがじっと、大きな瞳で私の爪を見つめていた。
「ゆずちゃん、気になるの」
たずねてもうんともすんとも言わない。まだ言葉がわかる歳ではないから当然だ。もうすぐ一歳になるおさなごは、何も言わず私のエメラルドグリーンの爪を見つめた。
このおさなごも「爪に色がついているのが不思議」とわかるようになったのだなあと思うと、不思議な気持ちがした。
おさなごが私の前に現れたのはちょうど一年ほ
11.私は、私のためだけに爪を塗りたかった。【掌編小説】
重めのうつ状態に突入してから一週間ほどがすぎた。
まったくの停滞状態、というわけではなく、すこしずつ回復はしている。家事の手伝いをする程度は支障がない。短い動画もわかるようになってきて、動画サイトで時間をつぶすこともできるようになった。相変わらず文字はあまり読めないけれど、このぶんならそのうち読めるようになるだろう。
みぃのかんしゃくも一週間前に比べると収まってきた。ものを投げたり、壁に
10. ハム型ロボットも滑車から落ちるんだ。【掌編小説】
元気の出ない日が続いている。
朝、と言っても九時過ぎだけど、ともかく起きることはできている。食事も、人より少ない量ではあるけど摂れている。ただやはり、いつものように家事を手伝うとか、ゲームをするとか、本を読むとかいうことはできずにいた。お風呂にも入れていない。
ここ数日、一日の大半はベッドの上で過ごしている。
パンドラは今日も滑車を回している。そう設計されたのだから当たり前だ。そして
9. 大根とにんじん、それに豆腐のみそ汁。【掌編小説】
朝起きたら、食欲がなかった。
目が覚めた時点でどうしようもなく体が重かった。何もできない日だ、という予感があった。それでも重い体を引きずってなんとかダイニングに辿り着いた。キッチンの食品棚の前まで来た。けれどうしても、何かを食べようという気にならなかった。
朝ごはんは欠かさないタイプだ。昼を抜き、夜を抜いても、朝は食べる。下宿時代には朝も食べないこともあったけれど──まあそれはそれだ。一
8. 真のおばかこと私もきっとかわいいのだろう。【掌編小説】
ハリネズミを飼いたい。
それは突然訪れた欲求だった。自室でイヴとじゃれつつ、ぼーっとYouTubeを眺めていたら──YouTubeをぼーっと眺められるのは体調がいい日に限る──CMにぽん、とハリネズミが登場したのである。
ハリネズミ。なんとキュート&ラブリー。まんまるな体と刺々しい針のコントラストが目に眩しい。必死に毛を逆立てる姿は愛らしく、お腹を出して丸まる姿は破壊力抜群。つぶらな瞳は
7. 某音楽番組の階段を下りる歌手のように【掌編小説】
電車に乗る機会はそう多くない。
ひと月に二回、三回、あるかないかだ。そもそも仕事をしていないのだから出かける機会は人よりはるかに少なく、アウトドア意欲も少なく、ついでに友だちも少ない。その上病院へ行くにはバスを使うとくれば、電車を使うというのは美術館へ行くか、図書館へ行くか、数少ない友だちと会うかくらいしかない。
ただ昔はよく使った。よく、というか、長いこと使った。幼稚園も小学校も電車を
6. 最強の盾にレベル1スプーンがめり込んでいく。【掌編小説】
「アイス食べたい」
床にだらりと寝ころんだみぃが言った。私はベッドを背もたれにして座って、本のページに視線を落としながら答える。
「昨日食べた」
「毎日食べたい」
クーラーは効いている。そこまで暑くない。その証拠にパンドラは元気に滑車を回しているし、イヴはケージの外からしつこくパンドラを狙っている。アイスに頼らねばただちに溶けてしまう、というような切迫した状況は見当たらない。アイスを処方
5. これが音に聞きし動く点Pだろうか。【掌編小説】
目の前を黒い点が通り過ぎて行く。
もしやこれが音に聞きし動く点Pだろうか。毎秒1cmの速さで長方形の周上を移動するとかいう。などとのんきに点Pを観察するが、どうも長方形上を移動している様子はない。三次関数、いや、名も知らぬ複雑な関数を描きながら点Pはリビングの中空を漂っている。
私の膝の上でうたた寝をしていたみぃは、かすかな音を感じたのか目を開けた。
「みけこ、蚊だ」
「違う。みぃ、あ