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#7 狭間にある主観

小山田孝司: なにがみてるゆめ
澤田雄斗

「ファッション関連で何かオススメの本はないですか?」
デザインも絵画も写真も分からない青年が店主に聞いている。
隣には普段からストリートで写真を撮っているという女性が一人、すでに何かの本を手にしていた。
「うーんそれならこの辺かなー」
そういって何冊かの本が手前に並ぶ。
有名ブランドや知らないスタイリストの写真集・・・
「何冊か読んで好きなの持っていきなよ」
そして3冊目に手にしたのが、広辞苑くらい分厚い空色の本だった。
しかし広辞苑とは違い、その本には文字や決まった形は一切ない。
重厚感を感じながら1ページ、1ページ、また1ページめくっていった。

「なにがみてるゆめ」2023年8月刊行。
スタイリスト小山田孝司による作品集だ。

小山田孝司
1985 年埼玉県生まれ。ドレスメーカー学院 ファッションビジネス学科卒業。在学時よりファッションディレクター山口壮太氏に師事。学院卒業と同時に高円寺キタコレ「はやとちり」を後藤慶光と立ち上げる。現在は、国内外の雑誌を中心に広告・カタログ、アーティストのスタイリング等幅広く活躍中。ザ・ボイスマネージメント所属。

2020年1月から小山田が友人・知人に声を掛け、彼・彼女らを被写体として撮影を開始。
被写体が生活する場所や、小山田と訪れた場所でその日のコーディネートに小山田の私物を1点だけ添え、写真を撮っていく。
2023年5月まで撮影を繰り返し、最終的に被写体は287人、撮影を担当した写真家は22人にものぼった。

「なにがみてるゆめ」
このタイトルはプレイステーションのロールプレイングゲーム「クロノ・クロス」から着想を得ている。
「クロノ・クロス」とは前作「クロノ・トリガー」の続編として、パラレルワールドをテーマにした作品だ。

https://www.jp.square-enix.com/cc_rd/

主人公が元々いた世界と主人公が死んだはずの世界の間で進んでいくストーリー。
この2つの世界に登場するキャラクターはほぼ同じだが、その境遇はそれぞれの世界で異なる。
名前や姿は同じだが、見えない何かが違うもう1つの世界線のキャラクター。
小山田はこの作品からインスピレーションを得て、現実と虚構・自己と他者2つの世界を自らの目線に落とし込んだ。

-自己と他者-
自らのコーディネートに小山田の私物が1点加えられる。それはグローブなのかマフラーなのかアクセサリーなのかアウターなのかはこちらからは分からない。小山田はコーディネートに合わせて、そのアイテムを添えたのか、被写体の内面に合わせて添えたのか。どちらとも考えられるが、表現しているのはあくまで自己と他者という一見相まみえる2つの世界。そのアイテムも、読者や被写体からすればあくまで他者であり、自己であるのは小山田自身のみだ。だからこそ何か感じるものがある。読者によってそのアイテムは自由自在に変化するだろう。
コーディネートだけでなく、その背景もそれぞれ。マンションの玄関・家の中・仕事場・お気に入りの飲食店・家の近くの馴染みの公園。もちろんこれも私の頭の中の設定ではあるが・・・被写体にとっては特別な場所も、読者からすれば何気ない背景にしか見えない。あくまで他者がその場所を理解することはできないし、だからこそ見えない何かが表現されている。しかし、なぜだろうか。何も知らないはずなのに、心の隅に若干の親近感を覚えるような感覚。自らもその空間に触れたことがあるような感覚。他者を通して分かる自己というものも存在するのであろう。

‐現実と虚構- 
小山田が加えたアイテムは現実と虚構の狭間をうろついている。コーディネートの中心は言わずもがな被写体のクローゼットに眠るアイテム。被写体にとっては日常であり、あくまでリアルに近いものである。そこに加えられた1点のアイテムにより、そのコーディネートは虚構に近づく。それはさも、自らの一部かのように溶け込みながら。この設定はSNSが浸透し、他人の世界が入り込みやすくなった今にそっくりにも見える。表現方法の一種であるファッションであるが、虚構の世界から抜け出せなくなっているのではないだろうか、自分にとっての現実がぼやけはじめていることを諭されるようである。

そして本という性質上でも、その2つの世界線は共存している。本を開くと、右に写真左に白いページ。ついさっきまで目の間にいた人も、後ろ姿は白いページに映し出される黒い影。次に現れた人を見ているうちに、その人は誰か、どんなコーディネートをしていたのか思い出せなくなる。現実が虚構となり、虚構が現実となっていった。

スタイリストとして表現した2つの世界と本にすることで可能となる2つの世界。
めくっていくごとに現実は虚構へと変わっていく。
時間が進むにつれて、B5変形の3次元に何十・何百もの複雑な世界設定が組み込まれていった。
一枚一枚変わっていく人物と背景、そしてコーディネート。
そこにいるのは誰で何なのか、はっきりと捉えきれないまま目の前を通り過ぎていく。
そしてまた・・・
果たしてこれは夢なのか、見えそうで見えていないなにか、見えているのに存在しないなにか。
気づいたときには一瞬で夢喰いに取り込まれてしまっているのであった。

「今回はこの本にします。」
3人しかいなかった空間は5,6人でにぎわっていた。
-----------------------------------------------------------------------------著者:小山田孝司
撮影:天野裕氏、石村望、伊丹豪、岩澤高雄、岩渕一輝、岡﨑果歩、小濵晴美、金川晋吾、小財美香子、草野庸子、阪本勇、佐藤麻優子、佐内正史、Taka Mayumi、中村健太、松岡一哲、松田瑞季、三宅英正、村松正博、山本恭平、山本光恵、夢一平
装丁:米山菜津子
発行:白石洋太
版元:Dog Year
仕様:並製、B5変形、580ページ
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参考記事:https://www.fashionsnap.com/article/2023-08-04/oyamada-koji-book/

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執筆者
澤田雄斗
1999年生まれ 石川県出身
鉛筆以外は左利き
興味があるもので文章を書いてみたい
ファッション-アート-映画-音楽
特にファッションに興味があります
IG: @sd_house21
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