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#9 『INTO THE PARALLEL』CONTACT HIGH ZINE-4th Issue:「bad experiences」から広がる並行世界


CONTACT HIGH ZINE 4th Issue「INTO THE PARALLEL」 (self published, 2023)

 スタイリスト島田辰哉氏、アートディレクターYOSHIROTTEN氏、写真家山谷佑介氏の3名が中心となり、2015年9月にローンチされた日本発のインディペンデントマガジン「CONTACT HIGH ZINE」の4th Issue「INTO THE PARALLEL」。
2018年から2020年にかけての「bad experiences」を埋めるために「INTO THE PARALLEL」は制作された。テーマはパラレルワールド。複数の並行世界の分岐点を模索するため解読不能な文字で書かれた個人的な回想と、様々なアーティストの作品で構成されている。これは並行世界から作家自身に宛てたメッセージ。3号でダークサイドに居た島田氏は幻想から目覚め「bad experiences」は作者の本質ではなく一つの要素に過ぎないことに気づく。

 中世の本の装丁を思わせるデザイン性の高い本書は、ドイツ装で装丁している。ダンボールの厚紙で挟まれた表紙はエメラルドグリーン色で塗装され、縁取りには金彩型押し装が豪華な雰囲気。本を閉じた状態でも美しく何だか怪しい佇まいだ。1ページ目と最終ページはサイケの世界へと誘う模様の紙。複雑な謎の文章と、真ん中に配置された一冊の本が燃える写真。

解読不可能な文字。象形文字と思わせるほど文字を解読する手がかりもない。何か古代文明の遺跡を見て頭の中が?だらけになるのと同じ感覚だ。?だらけだけど、面白い。どうしてこんな形になったのだろう。なんの意味があってこうなったのだろうとどんどん好奇心が芽生えてくるのも同じような感覚だ。

紙の手触りはフィルム写真の粒子のように粗くザラザラとしていて、あれ、しっとりもしているかなと思わされる質感。印画紙に焼き付いたイメージは一体化、紙の絶妙な質感・手触りが頭の片隅にあった記憶を呼び起こす。

これは一種の「身体のコラージュ」だ。「身体」というキャンバスの上に様々なモチーフが重なり交差することで出来上がる一枚の絵画のようだ。「一点透視図法の遠近法で描いた絵はひとつの固定した視点があるため見る人は動けなくなってしまう。何かが見られるためには誰かがそれを見なくてはならない。だから真に迫った現実の描写とは見るという経験を説明するものであるはずだ。」デイヴィッド・ホックニーの言葉を思い出す。様々なモチーフが重なるということは「見る」という行為が自然と増える。表面的な行為にとどまらず、現実を拡大するような表現である。

「Liminal Space」を連想させる。リミナルスペース (Liminal Space) とは、インターネット上で、簡素で不気味、超現実的な空間をいうインターネット・ミーム。2019年に4chanでThe Backroomsと呼ばれる投稿が流行したことをきっかけとして人気を集めた。snsで検索すると大量の画像が出てくるだろう。もとは建築用語で、廊下、階段、ロビーなどの、移動のために使われる人工的構造物のことを指すらしい。誰も居ない空間は見たことがないが見たことがあるような、世界から見放された感覚、不穏でノスタルジーな気持ちにさせる。この世には意味がないと考えることをニヒリズム(虚無主義)と呼ぶ。現実か異世界かよくわからない感覚だがそれが何故か心地よい。考えることを放棄したニヒリズムの世界。


この作品はフリーレイヴの概念の元になるT.A.Zから引用し「POETIC TERRORISM」と名付けられた。レイヴ・カルチャーとは80年代後半から90年代にかけてUKで生まれたアンダーグラウンド・ムーブメントである。
当時の若者が新しい音楽体験を求め 1988年から顕在化し、勝手に場所を占拠し、誰かの音楽で、その音楽の力で勝手に集まり、勝手に踊る。 空間と時間を共有し、能動的聴衆による能動的消費が特徴付けられる。「この先になにかあるかもしれない」ノマド的な感覚で移動をしながら自由を求めた。

T.A.Zという言葉はハキム・ベイという思想家が提唱したもので、Temporary Autonomous Zoneつまり一時的自律ゾーンの略称。一時的にでも自分自身の空間を出現させ、その内部に、自由で自立した状況を作り出すこと。それは、断続的にT.A.Zの空間や時間を広げていくことで、社会の不自由さそのものに対抗していこうという考え方だ。

その視線、眼差しは解放を求めてグロテスクで、ゾンビのように繁殖している。つまり突然変異で出現した「目」は自由を求めた行為アナーキズム的な意味を持つ。ニヒリズムからの解放としてこの「目」は繋がっているのだろう。

 パラレルワールドを行き来する方法は、「見る」こと。美術批評家クレメント・グリーンバーグの1939年のエッセイ「アヴァンギャルドとキッチュ」。このテキストは20世紀の重要な文献のひとつとして位置づけられている。キッチュは全体主義芸術であり、イメージが与える影響のみ関心が持たれるためノイズとなる物質的痕跡は消去される。例としてアンディ・ウォーホルが取り上げた大量生産製品、広告、マスメディア、ロイ・リキテンスタインのコミックのイメージがある。つまりポップアート。現代の主流である。それに対してアヴァンギャルドはどのように作られたのか、過去に対する関心があるためノイズとなる物質的痕跡の情報が重要視された。この作品はキッチュでありアヴァンギャルドだ。様々な作家がつくり出したパラレルワールドであるため、キッチュ的要素とアヴァンギャルド的要素が混合している。

 そしてこの本自体がミクストメディアなのである。ミックスするという行為は、様々な事例がある。「音楽をミックスする」「素材をミックスする」「『mixed 』複数の人種の血筋をひく」「異種交配」料理、音楽、色彩、様々な概念、感情‥ネットワーク社会によって誰とでもすぐ繋がれる今、「混ぜる」という行為は身近にある。歴史を遡っていくと、日本人自体がいくつかの異なった民族に分かれると言われている。何万年もの間に、いくつもの民族集団がやってきてはこの地に根を下ろした。渡来してきたそれぞれの民族集団が持ち込んだ文化や風習が混ざり合い、あるいは日本の風土に合わせて変化することによって、日本という国の輪郭が徐々に形づくられていった。日本人は、世界の中でも特異な日本文化を作り上げたが、それは「混ざる」あるいは「混ぜる」ことによって形成された。


 このパラレルワールドは「様々な人の価値観」「テクノロジーの変化」「時代の変化」「個人的な体験」この4つがレイヤー構造になっていており、その軸は夕方から深夜そして朝が訪れる時間軸だ。1枚1枚の層は分厚く(物理的にも)全てがピッタリと重なってあるからこそこの1冊は奇跡的に存在している。

参考

島田辰哉
Instagram:@tatsuyashimada1984

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執筆者
秋田紀子/Noriko Akita
2000年生まれ 射手座
京都精華大学芸術学部版画専攻卒
デザインの勉強をしています
映画ポスター、ブックデザインに興味があります
IG:@cyan_12o
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サポートされたい。本当に。切実に。世の中には二種類の人間しかいません。サポートする人間とサポートされる人間とサポートしない人間とサポートされない人間。