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4分小説 『ここがスタートライン』 #シロクマ文芸部

「走らないで!」

 見知らぬおじさんが叫ぶも私のことだとは思わずスルーする。現に私は電車が来るのを待っていただけだから。

「君のことだよ」

と、肩を叩かれて振り返り、ギョッとする。おじさんが着ているのは単なるスーツではなく、礼服だったからだ。

訝りながらも今日が連休の中日なかびだと気付き、もしかしたら結婚式場に向かうところなのかもと思い直して、恐る恐る口を開く。

「……私、走ってませんよ?」
「まあ、今はそうなんだけどね」

どうにも会話が噛み合わない。

「勘違いだったらいいんだ。ただ君は生き急いでいるように感じたから……」

おじさんの言葉にドキッとする。
心の裡を見透かされたようで。


 若かりし頃に躓いた私は、その時間を巻き返すかのように手帳が真っ黒になるほど予定を詰め込む。休み明けがどうしようもなく怖いから。

シフト制の仕事にしたものの、それでも連休はやってくる。もういい大人だというのに、特に連休明けの夜は泣きながら布団にくるまる。そのまま寝落ちしても、眠らずに耐えても、白々とした朝は平然とやってくる。

明けない夜はないというけれど、明けてほしくない夜もある。それが平和の象徴だとわかっていても、私にとっては絶望でしかない。


のそのそと起き上がり、腫れ上がった目蓋を冷やしたり、温めたりをくり返し、メイクで誤魔化して仕事に向かう。

始まってしまえば何の代わり映えもない日常が過ぎ行くだけだとわかっているのに、毎回ジェットコースターが下る直前のような緊張感に前日から押し潰されそうになる。


とにかく立ち止まるのが怖いのだ。


一度でも立ち止まってしまうと、起き上がれなくなってしまいそうで。ずっと走り続けていないと、人前で見せる自分の姿を見失ってしまいそうで。


 話し方、表情、仕草、仕事の進め方……
どれもこれも、たった数日休みを挟むだけで自分という生き物がイチから始まるような気がしてしまう。

他人の顔色を窺い、場所や立ち位置によって使い分ける様々な仮面を持つ私は、心身ともに疲れて果てているのに自分を労ることさえできない。それどころか……

「今日はお仕事かい?」

おじさんは黙り込んだ私を気にする様子もなく、のんびりと問いかける。プライベートなことを見ず知らずの人に打ち明けたくないのに勝手に口が動く。

「いえ、今日は……」

何をするんだっけ?
ド忘れした私は慌てて手帳を開く。

なぜかそこだけ空白で、スマホでも管理しているシフト表にも何の記録もない。


そもそも今、向かっている駅は仕事に行く時の沿線じゃない。私は一体どこへ行くつもりだったのだろう……?

「では、私と環状線を回ってみないかい?」
「……え?」
「この世には走っているようで走っていない道もある。いや、ちょっと違うな……過ぎた時間は巻き戻せなくても、やり直すことはできる。ただ全てを無理にやり直す必要はないんだ。なぜなら無駄なことなんて何もないからね、このわだちのように」

わかるような、わからないようなおじさんの言葉を飲み込むより先に、遮断棒が上がる。

ずっとゴールテープのように感じていた棒が今日ばかりはスタートフラッグのように見える。

スピードを最大に上げてから、ジョイスティックを握る。もしかしたら、これもエンジョイスティックになる日が来るかもしれない、なんて都合のいいことを思いながら。


「急がなくていいって言ったばかりじゃないか!」

と、おじさんは慌てて私を追いかける。


「せっかく良いことを言ったばかりだというのに君という人間は……」

一緒に駅に着いたおじさんは息も切れ切れに文句を言う。

「踏切は最速にしないと渡りきれない恐れがあるので。どうします? この魔法の乗車券を使えば同乗者も無料になりますけど」

切符売場に向かおうとするおじさんに一応、確認をする。

「いや、いい」

ビシッと決めた礼服姿に見合わず、ポケットの中をガサゴソと漁っていると、一枚の硬貨が車椅子のタイヤ付近に転がる。

「おっと、失敬失敬!」

とおじさんが拾い上げた硬貨に穴が空いていることに気付き、本当に伝えたかったことは「早まらないで!」だったのかな? と私はふと思った。


 さてはて、おじさんは一体何者だったのでしょうか……

 書きながら、思い浮かべていたのは

こちらのシリーズ。(音楽好きな千葉さんがなんだかかわいい🤭)映画化もされていて、配信サイトなどで観られますよ~🙋


 そして『スタートライン』といえば

こぶしファクトリーのこの曲が大好き🥰
(解散しちゃったけれど😢 生で聞いた時、あまりにもソウルフルで鳥肌が立ったほど! 個人的にこの曲はTHE BLUE HEARTSが好きな人には刺さるかと……)


同じフレーズで始めた、こちらもよかったらどうぞ~♪(本当はもうちょいリンクさせたかった🥺)

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