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【読書セラピー】君が生きる意味 〜人生を劇的に変えるフランクルの教え〜|人が生きる3つの意味とは?

「こんな人生、生きてて意味あるのかな

と感じたら、この本を読んでみてください。


どうも
安全・安心と絆でつながる
キャリアコンサルタントのタルイです。


人生にはひどく辛い出来事に直面して
心が闇落ちする時が必ずあると思います。


本書の主人公のボク
大手のアパレル企業で
ショップ店長をしています。


このボクが働く企業…
実はかなりのブラック企業なのです。

●月80時間越えの超長時間勤務😱
●人格否定してくるイヤミな上司😰
●意味のない社訓唱和😓
●限りなくノルマに近い売上目標😨


なんと主人公ボクは
半年間で8キロも体重が落ち
頬もコケました。


そんなボクの一日は今日も悲惨。

朝からモンスタークレーマーにつかまり
1時間も帰ってもらえなかった。

バックヤードからゴキブリ🪳が売場に!
お客様の悲鳴が店中に響く

生意気なアルバイトから
店長失格の烙印を押される。


自己啓発セミナーの美人先生に
「3時間でトラウマから解放される方法」
(定価38万円)を押し売りされる。

もう一年半も会っていない彼女との
不毛なSNSでの会話。


ため息を三つ、
横になったまま膝を抱え体を丸めて
一言呟く…

「ボクは何のために働いているのだろう。何のために生きているんだ。仕事辞めたい。会社辞めたいな。こんな人生、生きてて意味あるのかな

と、頭を掻きむしったところで…


「意味はあるべ。いつでも
人生は意味に満ちてるべ」



そう、どこからともなく声が
聞こえたのです!


そうです、私が小さい変なおじさんです。


・・・

・・・

なんだコイツ?



紹介が遅れましたが

本書は「嫌われる勇気」
のような物語形式です。


ただアドラー心理学を説く
哲人の代わりに


アイヌ伝承の妖精コロボックル
なのでしょうか

人生の意味の前に
まずキャラクターの意味を
問いたいのですが


フランクル心理学を説く
北海道弁を話す
小さい変なおじさん
登場するのです。


この物語は
人生のどん底に落ちた
主人公の青年ボク

小さい変なおじさんとの
対話を通して

人生が劇的に変わるまでの
7日間の記録です。



【1日目】過去を愛せる人は、未来から愛される。

小さい変なおじさんは
ボクに対してまずダメ出し


"意味あるんですか?
仕事ができない人間が
よく使う言葉である😅

キャリアの語源は
馬車が走ってできた
「轍(わだち)」であるとし


その過去が意味するものを
砂時計で説明します。


つまり砂時計を見ると
過ぎていった時間は無にならずに
蓄積されることがわかるのです。


ですから
過去を再評価し、
自分の価値を再発見できれば
今ある虚しさは少しでも和らいでいく。


そして
過去を愛する人は、
未来からも愛される。


他人と比べることなく
自分の基準でいいから
キラキラしていた頃を
思い出して再評価する。

すると今を、これからを
イキイキと生きる力が湧いてくる


なるほど🤔


つまり「自分らしく」とは
自分の基準で過去を再評価する
ところから始まるのですね。



【2日目】 人が人生の意味を問う事は無い、人は人生から問われている存在であるから。


主人公のボクは
小さい変なおじさんから
思考の癖を指摘されます。

ボクの思考の癖とは
「成功」「理想の自分」
にこだわるところ。



自分の欲求を中心に描く夢には
キリがありません。


「もっと、もっと」と
制限がないドーパミン系の欲求
は必ず破綻するとしています。



本書では

【自己実現モンスター】と例えてます。



自己啓発セミナー等で目的とする

「自分らしさを活かす」
「夢を実現する」
「なりたい自分になる」

こうした自己実現を目指す
情熱や意欲には否定はないが

ポイントは『自己実現の意志』
であると説明があります。

それは下記の図で説明すると
横軸だけの人生観。


つまり
成功ー失敗だけの一軸だけだと
心が折れやすく
挫折しやすいということです。

二軸で考えてはじめて自己啓発が見えてくる


自分が実現したいことに
焦点を当てる人は
いつでも「出発点が自分」なのです。


自分の欲求が満たされることのみを
「意味がある」
と考えるのではなく


人生からの求めを満たされること
意味を見出す」
それこそが大切なのです。


人生はいつでも私たちに
悩ましい出来事を差し出し
「どうします?」
と問いかけています。


その問いにひたすら答えていけば
人生の意味はきっと発見できて
生きる意味を実感できるというのです。


また本来の自己実現とは
成功やお金持ちになることではなく
最善の自己を目指すことでした。

理想の自分ではなく
最善の自己


つまり
成功とかお金とか夢の実現とかは
そのプロセスで生まれる
一つの結果に過ぎなかったのです。




【3日目】大切な事は、どれだけ大きな仕事をしているかではない。どれだけ目の前の仕事にベストを尽くしているかである


主人公のボクは

子連れのお母さん
お店にMサイズの
白いワイシャツを求めにきたが
在庫がなくて困っていたのをみて

近隣店舗電話して
ワイシャツの在庫を取りに行きました。


と、そこに
あのイヤミ上司
待ち構えております。


MサイズのYシャツを手に持ち
ヒラヒラさせながら

「店長自ら取りに来るなんて
 
マネジメント放棄だろ」
ネチネチいい出します。

イヤミ上司とボクのイメージです。


主人公のボクはイヤミ上司から

「そのワイシャツをよこせ!」

奪い取り(やっちゃた😅)

無我夢中で店舗で待つ
子連れのお母さんの元まで走りました。


「ありがとうございます。
 本当にありがとうございます。」

母親は何度もボクに頭を下げました。


小さい変なおじさんは
今日ボクはお母さんの笑顔という
創造価値を創ったと評しました。

創造価値とは
仕事を通じて誰かの役に立てたら

それはこの世界に
価値あるものを創造した
ということです。

世界は誰かの仕事でできている


私はこれこそが
真のアウトプットだと思いました。




【4日目】人生は仕事が全てではない。世界は真善美に満ちている。誰だっていつでもその価値を受け取ることができる。


「日の出を見に屋上に行く。」

小さい変なおじさんは夜明け前に
ボクを叩き起こして
マンションの屋上に連れ出しました。


ビルや家の屋根でつくられた
街の稜線の一点に
オレンジ色の強い光が集まり
太陽が姿を現す。

https://4travel.jp/travelogue/11091719

ボクは日の出をみて
自然と涙が出ました。

小さい変なおじさんは
これが体験価値であると説明しました。


体験価値とは
自然に心を打たれる
ときだけではありません。

美しいものにふれたり、
美しい絵を見たり
楽しいことをするなどによって
感動する気持ちです。


幸せホルモンセロトニンとオキシトシンが出るやつ


世の中から
何かを受け取るときに伴う体験
生きる意味を見出すことができるのです。


経験価値をアウトプットとするならば

体験価値とはインプットですね。


私は体験価値のくだりで気づきました。


真のインプットとは
セロトニンオキシトシンなど
幸せホルモンが出るものばかりです。


体験価値が人生の意味となるならば
結果的に幸せになることも
人生の意味なのですね🤔


【5日目】人生からの問いかけに耳を澄ませ。人生が期待していることを実行せよ。そうすれば、人生に意味を満ちる。


主人公のボクが出社すると
イヤミ上司から
一枚の紙が手渡されました。

希望退職者候補リスト(案)
書かれています。


どうやら
この会社は急成長の歪みで
大規模なリストラを断行するようです。


主人公のボクはDランクでした。


「人がどんなに人生に絶望しても、
 人生は決して人に絶望しない」


小さい変なおじさんのモデルである
ヴィクトル・E・フランクル

20世紀最大の悲劇といわれた
ナチスの強制収容所
生き延びた心理学者でした。


フランクルさんの奥さんと
両親も収容され
そこで亡くなっています。


家族でフランクルさんだけが
生存率10%以下とされる
過酷な環境を生き残ったのです。

その時の体験を記した「夜と霧」
今も世界で読み続けられる名著です。


この経験から
フランクルが提唱したのは
「意味への意志」


すなわち全ての人間は

自分の人生に
「意味」を求めて生きている

とする説です。

フランクルは収容所によって
「想像価値」を奪われ
「体験価値」も損なわれ
何の価値も見出せない。


そんな最悪な状況であっても
フランクルたち収容者は
価値を見出すことができたのです。


それが「態度価値」だったのです。

フランクルが
収容所に入れられたのは
宿命であったと語ります。

その事実を受け入れることは
"あきらめの境地"です。


一般的な意味の
諦めの境地ではありません。

自分の置かれた環境を明らかにして
はっきりを見定める
明らめの境地ということです。



希望退職者候補リストに
名前が載ったのも

あらかじめ定められたものであり

全ては偶然ではなく必然。

全ては必然だから
置かれた自分の状況を問うのは
やめてみる。


今ここからどう人生を創っていくか

Why(なぜ今こうなのか)」
ではなく

How(では今からどうするか)」
それを優先的に考える


この「態度価値」だけは
どんな状況でも
邪魔することはありません。


避けることのできない
運命的な出来事において

受け入れて生きる態度に
「態度価値」が実現されるのです。


また、これと同じことを
私の大好きな内村鑑三さんも
著書の中でおっしゃってました。


人間が後世に遺すものTOP3は
「お金」「事業」「思想」

でも一番尊いのは
勇ましい高尚なる生涯であると。

「なりたい自分」よりも
「ありたい自分」

DO思考よりも
BE思考が大切である。

という教えと同じですね🤔




【6日目】どんな人の人生にも意味はある。どんな時でも人生にイエスと言う

その日、主人公のボクに
小さな変化がありました。


店の出社しても

クレームの電話にもビクつくことなく

あのイヤミ上司からのネチネチも
軽やかにいなします。


主人公のボクは
自分を俯瞰でみれるように
なったのです。


フランクルおじさんは
それを「自己距離化」といいました。


【自己距離化】

距離が取れれば自分が見えるもの

これはユーモアであって
心の武器という話です。


「ボクは…ボクは…」と
自分のことを考える時間が
長くなればなるほど

「自分が自分が」と一杯一杯になり
笑いも出てこなくなる。

自分の状況を笑い飛ばせることで
セラピー効果があるのです。

笑いによって
自己距離化が図れるのです。


フランクルはナチスの強制収容所でも
ユーモアを忘れなかったそうです。


自分と距離が取れて客観視できれば
手の施しようがあるというのです。


私は阿部寛さん主演でドラマにもなった
「ドラゴン桜2」のこの場面を思い出しました。

https://twitter.com/mita_norifusa/status/1224927412044976130




【7日目】みんなのために生きる。無我夢中になれ。我を無くせば夢は手中に。

主人公のボクにとって
この7日間でのターニングポイントは

ワイシャツを買ったお母さんのために
必死に行動した時です。

あのお母さんが、
社長に感謝の手紙を書いてくれて
ボクはリストラ候補から外れました。

主人公のボクは気づきました。

この世界のどこかで見てくれる人がいる。

待ってくれる人がいる。
できることが必ずある。

そのできることを
無我夢中でやっていけば
人生は意味で満たされる。


「無我夢中」とは
心をうばわれ、無意識的に
ただひたすら行動するさまです。


「無我」とは元々は仏教用語です


我を無くせば夢は手中に入る

このような意味にも
とれるのです。




いよいよ最後の時が来ました。


お別れに主人公のボクは
小さい変なおじさんに
学んだことをしゃべります。

すべての人の人生に意味があること。

どんなに辛い時でも人生は意味で満ち満たされること。

『創造価値』『体験価値』『態度価値』があること。

人生に意味があるのか無いのか問うことはない。

人間は人生から問われている存在であり、
その問いに無我夢中になって答えていけばいいこと。

自分のことばかり考えない、振り返らない。

自己反省はほどほどに。

自分を超えた存在からの声に耳をすます。

『人生に何を期待できるか』ではなく
『人生から何を期待されているか』を考える。

未来で待っている人がいる。
未来で待っている何かがある。
その人やその何かのために今できることが必ずある。

人間がどれだけ人生に絶望しても、決して人生は人間に絶望しない。

この世界は意味で満ち溢れている、くだらなくて愛おしい世界だ。
だから、どんな時でも人生にイエスと言おう

小さい変なおじさんは
ボクの前から消えていきました。



いかがでしたか?

あなたにとって、
何かちょっとでも
気持ちがラクになることがあれば
嬉しいです。



ここで
小さい変なおじさんのモデルである

ヴィクトル・E・フランクルについて
ちょっと補足を書きます。


◆ヴィクトル・E・フランクルは『逆説王』


https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィクトール・フランクル

ヴィクトール・エミール・フランクル
(1905年3月26日 - 1997年9月2日)
オーストリアの精神科医でした。



フランクルが提唱したのは
「ロゴセラピー」です。

「ロゴ」とは
ギリシア語で「意味」です。


クライエント自らが
人生の意味を見出す

そのサポートをすることで
心の病を癒す心理療法です。



このフランクルのロゴセラピー
フロイトの「精神分析」
アドラーの「個人心理学」と並び

心理療法のウィーン学派三大潮流
に挙げられています。




「何のために生きているのか」


注目すべきは心理学において
フロイトとアドラーとフランクルは
その答えが違うのです。


フロイト

『生きる意味や価値を考え始めると、我々は、気がおかしくなってしまう。生きる意味など、存在しないのだから。』

として、

人は不快なことを避け、
快楽を満たすために生きるとしました。

「無意識」「リビドー(性的衝動)」「エス」「エロス」…キーワードだけ並べるとヤバい人🤔



アドラーは
絶対的な人生の意味を
持っている者は誰もいないとし

「人間であるとは劣等感を
 克服することである」

としました。

実はフロイトともフランクルとも仲が悪かったのは劣等感と関係があるのか🤔


ではフランクルが考える
人生の意味とは何なのか?


その答えは
自分の外側にあるというのです。

だから
あなたが生きる意味や
目的を社会に問いかけたり
期待するのは間違っている

社会こそが君に問いかけ
そして君に期待している。

のだとしました。


ここがフランクル心理学の
重要ポイントです。

フランクルのロゴセラピーとは
常に「逆説」のスタンスなのです。


例えば、
リストラや大病や離婚や死別など
苦しい出来事があった時に


「あなたの人生でこの時、
このタイミングで、このような
出来事があったのは一体
どんな意味があるのでしょうね」

このように思考のベースを
自分の内側である
「自分自身」のことから


「人生」「出来事」「人生の流れ」
など自分の外側に逆説を唱えます。


人生から問われる=使命


フランクルの考えは
自分の人生の意味使命を見出した時
人間の精神はもっと高く引き上げられる。


そして何事にも耐えていくことのできる
強さを発揮し始めると考えています。

これが、
フロイトやアドラーの心理学が
「深層心理学」であるのに対して

フランクル心理学は
「高層心理学」と呼ばれる所以なのです。


「論破王」といえばひろゆきさんですが

逆説王」といえばフランクルなのです。




さて、ここまでを読んで

もしもあなたが
ブッダの教えをご存じでしたら
ちょっと違和感を覚えたかもしれません。


「人生には意味がない」



フランクルの教えでは
「どんな人生にも意味はある」ですが

ブッダの教えでは
「どんな人生にも意味はない」のです。



この矛盾について
私の中で2年かかって
やっと納得解が出ました。


もちろん正解かどうかは
ブッダもフランクルも
この世にいないので
誰もわかりませんが

私の中で納得して
実践できる答えは見つかりました。


記事の最後に
この教えの矛盾について書きます。



実はフランクルとブッダは
言っていることは異なりますが

目的は同じだったのです。


その目的とは
「自我の肥大化を防ぐこと」です。



客観からみた自分を
「自己」と言いますが

自我とは「主観の自分」のことです。


自己中心性と自我は
同義語だと思ってください。



そして自我とは
感情思考体感
構成されています。


そして私たちは
この「自我」「自己」
よくごっちゃに考えるクセがあります。



本当は
自己の中に自我(思考や感情)
存在するのに

あたかも
自我思考や感情)の中に
自己が存在している
と感じてしまうのです。


「私は」「私は
過度に考え過ぎることで
自我が肥大化します。


つまり
自己中心的な考えに陥っているのです

肥大化した自我は

相手にベクトルを向けると
「ハラスメント」をします。

自分にベクトルが向くと
うつ症状などの
「メンタル疾患」を引き起こします。


では、この厄介な
自我の肥大化
どうやったら防げるのか?



禅やマインドフルネスの教えでは
感情と思考に意識が
集中している状態から

体感(特に呼吸)に
意識をずらすことによって
自我の肥大化を防ごうとします。


フランクリンのロゴセラピーでは
思考のベースを
自己中心的な「自分自身」から

より客観的な
「人生」「出来事」「人生の流れ」
などに逆説することで

自我の肥大化を防いでいるのです。


目的は一緒です。


自我が肥大化する危険性を
このnoteを例にして説明します。

noteで日々の嬉しい出来事や
悲しい出来事を
都度感じたことを書いてみて
思考の整理をするのは自己観察です。

これは自我が正常です。


ですが、
そこで自分の意見が違う記事を読んで
相手を攻撃し出したら
それは自我が肥大化しています。


特に日本ではこれから
ネットでの誹謗中傷

侮辱罪を厳罰化することで
対策を強化することが決定しました。


キャリアを人生の轍とするならば
自我の肥大化は大きなリスクです。



自我が肥大化しなければ
平凡な毎日が奇跡のように
思えてくるでしょう。


ブッダの禅の教えと
フランクリンのロゴセラピーを
統合してまとめると


人生に生きる意味は元々はない。

だが人生の中で
自ら「生きる意味」を
作っていくことはできる。


誰かによって意味づけられた人生を
生きるということは

その誰かの思惑に従って
生きねばならないということです。


本書は読むことで
仮想フランクルとの
カウンセリング体験ができます。

「なりたい自分に」
「成功」「お金」とかの
お手軽なファスト自己啓発に飽きたら

三つ星級の自己啓発である
フランクル心理学をおすすめします。


最後までお読みいただき
ありがとうございました。



ここでちょっとお知らせがあります。


多くの素晴らしい書籍に触れて
それを二年間noteでまとめたことで
素晴らしい体験価値ができたこと


キャリアコンサルタント活動を通して
微力ながらも創造価値を提供できたこと


以上の経験をもとに
自分の考えを本にして
出版したくなりました。

しばらく執筆に時間を費やすため
noteの更新を週一から
月一ペースにします。

kindleで電子書籍と
ペーパーバック(紙書籍)と
商業出版にチャレンジしていきます。


進捗は追ってご報告させてください。



記事がお役に立てたら100円サポート願います。 noteで頂いたサポートとAmazonアフィリエイトは児童養護施設を退所する子どもたちの就労支援団体ブリジッフォースマイルさんに毎月寄付させていただきます。https://www.b4s.jp/action/contribution