ソフトウェアの教科書を使ってサッカーを理解する

要約すると

・サッカーに対する理解を上げるには?
・学際化はひとつのヒントである
・ソフトウェアの知識を生かしてサッカーを理解する!

はじめに

世界には無数のサッカーチームがあり、チームの歴史・環境に応じた戦略が存在します。チームは戦略に基づいて選手の強化、トレーニング、マーケティングを行います。私達がスタジアムやテレビで見る試合は、そんな努力の結晶です。チームが磨き上げた努力の結晶、せっかくなら正しく理解したいですよね。

僕自身そんな思いを抱えながらもなんとなくサッカーを観てきましたが、なかなかサッカー観の向上はありませんでした。そんな僕の考え方を(少しでも)変えてくれたものが2つあります。

1つはSNS上にいる戦術クラスタです。2013年のミシャレッズの強さと脆さについて解説した羊さんの明快な連続ツイートに衝撃を受けたことを覚えています。そして、もう1つが学際化です。学問的視点からみたサッカーはまだまだ体系化の余地があります。既に体系化された他分野の知見を通してサッカーを見ることは、僕にとって大きな学びになっています。

この記事では、私がソフトウェアの教科書的な本からサッカークラブにおける品質について学んだことを説明します。『オブジェクト指向入門第2版 原則・コンセプト』を参考にしており、本書の言い回しを転用している部分があります。

できるだけサッカーの言葉に置き換えるようにしましたが、抽象的な表現が多く、分かりづらい部分もあるかもしれません。その分サッカー以外の分野にも考え方を応用できるでしょう。読みづらい場合は、自分の好きなクラブや理想だと思うクラブを思い浮かべながら読むと良いかもしれません。

サッカークラブにおける品質

1. 正確さ

サッカーにおける正確さは「チームの決め事(ゲームモデルなど)をいかに正確に表現できているか」である。例えば、「FWは相手選手間のスペースに場所を取らなければいけない」、DFであれば「数的不利の状況では飛び込んでプレーしてはいけない」といったものである。すべきことをチームがしなければ、練習の効率が良いとか、説明がわかりやすいとか、それ以外の全ての性質はほとんど無意味である。

正確さを考えるためのヒント
・このチーム(選手)は何をしたいのだろう
・選手は状況に応じた適切な動作ができているか
・やりたいことは、選手やクラブの特徴からして実現できそうか

2. 頑丈さ

頑丈さは、想定外の出来事に対する振る舞いを評価する。

正確さが設計されたチームを対象としているのに対して、頑丈さは想定外の出来事を対象とする。頑丈さは、「この状況ではこの処理をしなければいけない」といったことができない。なぜなら、事前に起こる状況がわかっているなら、それは正確さに組み込むことが可能だからである。

つまり、頑丈さの定義に「いかに想定外の出来事を引き起こさないか」を追加できる。例えば、けが人を想定したことのないチームにとってエースの怪我は想定外の事態となる。一方で、チームの主力がけがをする可能性を踏まえてチームを組み立てれば、その「想定外の事態」はチーム設計の一部になる。

頑丈さの役割に、想定外の事態が起きたときに、破壊的なイベントを起こさないようにすることがある。例えば、週末の試合に向けてチームが準備していた質を100%とする。主力の1人が突然試合に出られなくなったとしよう。このとき、100%の質は期待できないにしても、頑丈さのあるチームであれば70~80%ほどの質は期待できるかもしれない。いずれにしても1人の欠場で実力の20%ほどしか発揮できないチームはまずい。

頑丈さを考えるためのヒント
・ある特定の選手に大きく頼ったチーム作りをしていないか
・メンバーは固定されすぎていないか(多くの選手に出場機会があるか)
・長期政権の監督の場合、後任監督のアテはあるか

参考:頑丈さに似た発想に「カオスエンジニアリングで始めるチームビルディング」がある。興味のある方は参考にしてほしい。

3. 拡張性

拡張性とは、必要な変更をできるだけ悪影響を及ぼさず行う性質のことである。

拡張性の問題は規模の問題である。小規模システムの変更はあまり問題にならないが、その規模大きくなるにつれて適応は困難になる。奈良クラブや今治FCを見るとわかるように、小さなクラブであるほどチャレンジをすることが容易である。

拡張性は必要な理由は、人間社会の変わりやすさが関係している。例えば、ルールの改定が起きたり、資本となる会社が変わった途端に、それまでチームが前提としていた決まりごとを変える必要に迫られることがある。また、たとえサッカーにおける「スペースと時間を奪い合う」という本質が変わらないとしても、われわれがそのシステムを理解し、モデル化する方法は変化するだろう。

拡張性を考えるためのヒント
・チームの組織構造はシンプルか
・チームの責任・権限がどこかに集中していないか

4. 再利用性

再利用性が要求されるようになったのは、サッカーチームが同じようなパターンを辿ることが多いためである。何か問題が起きたとき、同じような問題は大体どこかで既に起きている。
全くもって同一の状況というのは存在しないが、ここで大切なのは複数の問題から「共通性」を見出すことである。すると、実質的に取り組むべきチームの問題が減り、同じコストでより多くの労力をほかの要因の向上に割くことができる。

サッカーチームにおいて、効果的に再利用性を活用できるのはトレーニングやコンディショニングといったS&C(Strength and Conditioning)の部分であろう。人間の身体の仕組みはサッカーで起きる現象と比べれば再現性が格段に高いことが期待でき、S&Cに関する多くの事例や研究結果を集めているチームは再利用性において優位に立てるかもしれない。

再利用性を考えるためのヒント
・S&Cの理論を追うことができそうなトレーナーがチームに存在するか
・アイデアを真似することができる提携先はあるか
・長期に渡って解決されていない問題はないか

5. 互換性

互換性はチームメイト同士の連携・結びつきを評価するのに役立つ。異なるバックグラウンドを持つ選手が集まるチームにおいては、チーム内の相互作用に問題が生じる場合がある。

互換性の鍵となるのは、チーム哲学の共有である。そのためにはチーム内における理解の共通化コミュニケーションの標準化が必要だ。移籍してきた選手は、戦術面の理解だけでなくクラブの歴史・文化を理解することも大事かもしれない。特にファン・サポーターはクラブの歴史・文化と深く関わっており簡単には変えることはできないため、選手がサポーター独特の文化を理解することも必要となるだろう。また、チーム内で用いる用語を統一するだけでなく、同一のチーム哲学に基づいた言葉選びをするなどのコミュニケーションを取れることが理想である。

互換性を考えるためのヒント
・いわゆるクラブ哲学は存在するか
・通訳が必要な選手はそれ以外の選手から孤立していないか
・チームとサポーターの距離感はどうか

6. 効率性

効率性は非常に広く解釈することができるが、「できるだけ短い練習時間で試合に勝つこと」「できるだけ少ないミーティングで戦術の理解をすること」は効率性の例と言える。ここで、以下のような立場による対立が考えられる。

・練習の効率性にこだわる人々。効率的な練習を考えるために労力を使う
・練習の効率性を軽視する人々。「正しくないことに効率性を求めるな」

確かに、正しくなければ効率性はあまり意味がない。一般に、練習の効率性を考えるなら、拡張性(変更のしやすさ)や再利用性(練習の一部を他の練習に転用する)など他の目標とのバランスを取らなければいけない。

しかし、だからといって効率性の重要性が減るわけではない。練習効率が上がることが嬉しくない人はいない。したがって、この問題に無関心でいるには、それなりの覚悟が必要である。

長い練習をすればチームは強くなるかもしれないが、それは少なくとも下の3つの理由から効率性を無視する言い訳にはならない。

1. 練習時間を多くかけたチームはその分実際に得るものがあると期待する。たとえば、練習時間を増やしたのに前と同じ成果を出していたのではだめなのだ。

2. 練習時間をかけることによって、効率の悪い練習に対する効率の良い練習の優位性が際立ってくる。1時間かけても15分かけても練習効果が対して変わらない練習は効率の悪い練習であろう。

3. 効率性が正確さに影響を与える場合がある。特定のイベントに対する対応を期日までに終えなければいけない場合がそうだ。サッカーであれば試合日までに相手チームの分析・対策をする必要がある。週末にある試合の対策に2週間かかる練習に興味を持つ人はあまりいないだろう。

効率性を考えるためのヒント
・選手の質が変わったときに練習効率は変わるか
・データ集めがミーティング準備の大半の時間を占めていないか
・前半と後半で試合の支配度が明らかに変わったことはあるか

7. 可搬性

可搬性は、戦術やゲームモデルを評価するときの参考になる。チームの特殊な環境(標高3000mにホームグラウンドを持つ、2m10cmのFWがいるなど)をゲームモデルの軸においた場合、他チームで同じ方法を追試することは難しい。そのような特徴を持つチームをお手本にする際は注意が必要だろう。

可搬性を考えるためのヒント
・現在の戦い方は、他のチームでも再現することができるか
・チームは特殊な環境にいないか (統計は1つの判断材料になる)
・特殊な環境が選手による場合、代わりとなる選手は用意可能か

8. 使いやすさ

使いやすさは戦術やゲームモデルなどのチームへの浸透しやすさを示す。これは選手からフロントにいたるまでクラブに関わる人間の専門知識のレベルが一様ではないことを前提としている。

良い戦術の設計者は慎重な方針に従って言える。選手についての前提条件をできるだけ作らないのだ。ゲームモデルを設計するときは、選手は、ボールを止めること、蹴ること、走ること、自分の意思を伝えることは期待しても良いが、それ以上は期待しない。

あるチームが特定の戦術に特化している場合は、選手がその戦術の基本的な概念について熟知していることを前提とすることはおそらくできるだろうが、それすらも危険である。

使いやすさを考えるためのヒント
・(おまけ)を参照

9. 機能性

監督や強化部が直面する課題の1つとして、新しい機能(選手や戦術など)をどの程度獲得すれば十分かを判断することがある。機能主義という呼び方で知られているが、よりうまい選手をより多く求める圧力は常に存在する。

機能主義のひとつの問題は新しい機能の追加によってシンプルさが損なわれ、一貫性が失われるということである。質実剛健なカウンターサッカーを知っている昔からのサポーターからしたら、新しいよくわからないちゃらついた考え方のために、戦術がひどく複雑になったと不満を訴えたくなるだろう。しかし、そのような意見を鵜呑みにしてはいけない。というのもそれらは、長い時間をかけて他のファンサポーター、クラブ関係者から要求されてきたからだ。

この簡単な問題の解決方法は、ゲームモデルや戦術についての周知を徹底し、クラブに関わるメンバーがクラブの戦略について共通の理解を持つ1つのかたまりになるようにすることである。

良いチームは少数の強力な原則を基礎に作られている。特殊な機能が数多く用意されている場合でも、それらの機能はすべてこれらの基本的な概念の結果として説明できるものでなければならない。目に見える「全体図」あって、それぞれの要素はその中になければいけない。

機能性を考えるためのヒント
・選手獲得の権限を持つ人と、ゲームモデルを組み立てる人は同じか
・クラブの経済性は選手の獲得・放出にどれくらい影響を与えるか
・選手の数が特定の役割に集中していないか

10. 適時性

効率性でも述べたように、年単位でスケジュールが組まれるサッカーでは、イベントの期日が予め共有されており、その日までに行うべき準備・対策が明確である。

適時性を考えるためのヒント
・臨時監督に短い期間でのチームビルディングを託していないか
・プレシーズンにするべき準備をシーズン中にしていないか
・速報性のある効果的な広報活動(SNS運用など)ができているか

11. 経済性

経済性とは与えられた予算またはそれ以下でチームを完成することができることである。 サッカークラブの文脈では、人件費を抑えるだけでなく、保有する選手がより高い評価額を受けることもクラブの経済性を表す。

トレードオフ

上に挙げた品質要因は基本的なものであるが、互いに対立する要因が存在する。以下に例を列挙する。

優秀な選手を獲得すること(機能性)と経済性は競合する場合が多い。トレーニング理論の効率性を最適化すると、特定の選手およびチーム環境に完全に適合させる必要があるが、他のチームにおけるその理論の再現性は低下し、それはすなわち可搬性の敵である。適時性の圧力により解任ブーストをしたい衝動に駆られるが、その場合の拡張性はあまり期待できない。

品質要因間のトレードオフを判断することが必要だが、1つだけ特別な要因がある。それは正確さである。その他の効率性などの問題のために正確さを犠牲にする正当な理由は絶対にありえない。チームがやるべきタスクを遂行しなければその他のことを考えても無駄である。

サッカーチームの構築が難しいのは、多くの異なる要求を考慮しなければならない上に、そうした要求の中に、ゲームモデル(正確さ)などの抽象的で概念的なものと、効率性などの具体的でチームの特性に制限されるものとが混在しているからに他ならない。

まとめ

この記事では、学際化がサッカーの理解に寄与する例として、ソフトウェア品質の考え方を基ににサッカークラブの品質を考えた。サッカークラブの品質はソフトウェア同様、複数の指標のバランスを基準に判断するのが良い。いくつかの指標同士にはトレードオフがあるため、チームの歴史・環境を踏まえた指標の選択をしなければいけない。

(おまけ)使いやすさに関するトレードオフ

戦術が使いやすくわかりやすいものなら、チームに戦術は浸透しやすいであろうし、(その戦術が良いものである限り)試合結果に関わらずファン・サポーターがサポートしてくれる可能性は高い。しかし、戦術のわかりやすさは相手チームからの対策のしやすさに直結し、思うような結果につながらない可能性もある。

一方で、戦術が使いづらく分かりづらいものであるとどうだろう。思うような結果が出るうちは良い。対戦相手からすれば不思議の勝利を繰り返す相手を対策することは難しい。しかし、同じような戦術理解度の乖離はチーム内にも起きうる。それは例えばレギュラーメンバーとサブメンバーの間かもしれない。監督と強化部GMの間かもしれない。複雑な戦術はチーム内に壁を生み、本来あるべき競争を阻む。また、結果が出ないときはどんなに良い戦術であってもファン・サポーターからは理解されず、支持は得られにくくなってしまう。

このトレードオフの解に「分かっていても止められない状況を用意すること」や「複雑な戦術を理解することができるメンバーを選択する」などがあるが、拡張性や適時性に問題がでないようにバランスを取らなければいけない。ペップ・グアルディオラの戦術はペップが率いるチームであるから成立するのだ。

筆者(GO @holokeum)

スポーツ、サッカーを好きな人がもっと増えてほしいと思っており、最近はデータに興味を持っている。この間、Podcastを始めた。
過去のフットボリスタ記事:『「データ×アカデミズム」の無限の広がり』
過去のボリスタラボ記事:『4ヶ国語を学んだ僕がサッカーの言語化について思うこと』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?