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【書評】欲望の錬金術―伝説の広告人が明かす不合理のマーケティング

世界的な広告代理店であるオグルヴィの英国支店の副会長で、アメリカン・エクスプレスやマイクロソフトなど、さまざまな企業と30年以上にわたり仕事をしてきたローリー・サザーランド氏による人間心理に関する書籍である。

本書の結論を端的にまとめると次の通りである。

真に成功しているビジネスのほぼすべては、合理的な理由から人気があるのだというふりをしていても、成功の大半は心理的な魔法のトリックを偶然に発見したことによるというものだ。

サザーランド氏は、人間の行動は合理的でなく、非合理的なものであるという前提に立ち、マーケティングの仕事をしている。人間の行動が非合理的なのは進化の過程でその方が生き残るのに適していたからである。

自身の行動を意識している動物は、進化的に適応しにくいかもしれないというものだ。野ウサギは追いかけられると、追っ手を振り払おうとして無作為なパターンでジグザグに走り回る。このテクニックは意識的にではなく、正真正銘、行き当たりばったりに行なわれたほうが確実だ。野ウサギにとっては、次はどの方向へジャンプするかを少しも予測していないほうがいい。次はどちらへ跳ぶつもりかを野ウサギが知っていたら、その態勢から追っ手に手がかりを与えてしまうかもしれない。そのうちに犬はこうした手がかりを予測することを学ぶだろう
人間の知覚はほぼすべてが錯覚である。なぜなら、客観的な動物はあまり長く生きられないからだ。少々、被害妄想があるくらいのほうが進化にとっては最善なのだ。
人間の脳はもっとも正確にというよりも、進化して適応する能力を向上させるためにもっともよく調整された方法で世界を認識している。自分の動機に気づかないことは、進化という観点からすれば利益をもたらすかもしれない。進化が客観性よりも適応度を重視していることは、議論の余地のない真実である。

人間が非合理的な生き物である以上、人間の行動を促すためには、物理学や経済学のような合理的な学問ではなく、行動経済学や進化心理学のような人間の非合理的な心理を考慮した学問の方が役に立つとサザーランド氏は主張している。

行動経済学や進化心理学のような科学が提供する新しい双眼鏡のレンズはどれも完璧とは言えないが、少なくとも、より広い視界を与えてくれる。
今後50年で最大の発展はテクノロジーの進歩からではなく、心理学やデザイン思考から生まれるかもしれない。簡単に言うと、現実での同程度の発展に比べるとわずかな費用で、認識における大きな発展をたやすく成し遂げられるということだ。ロジックはこの種の魔法的な進歩を認めない傾向にあるが、心理ロジックはそうではない。
実際にあるものと、我々が知覚しているものとは非常に異なっている。
これこそ、物理法則が心理学的法則と異なっている点である。そして錬金術を可能にしているのは、まさしくこの相違なのだ。

ロジックが重視されている学問では論理的な発展しか見込めないが、ロジックの飛躍が取り入れられている学問では飛躍的に発展できる可能性がある。

数学では、2+2=4が法則である。心理学では、2+2は4以上か4以下である。どちらになるかはあなた次第だ。
グーグル、ダイソン、ダイソン、ウーバー、レッドブル、コカ・コーラ、マクドナルド、ジャスト・イート、アップル、スターバックス、アマゾン。こういった企業はどれも意図的に、あるいは偶然に心の錬金術というものに出くわしたのだ。

しかし、一般的な企業や組織で非合理的なアイデアを通すのは難しい。これらの組織の中では合理的なアイデアで失敗しても責任を取らされることはないが、非合理的なアイデアで失敗した場合には責任を取らされることになってしまうからである。

社会秩序や課題解決を探るなかで、人は合理的な定量化という強迫観念に取りつかれてしまう。繊細で官僚的な文化は、解決策の可能値よりも方法論の純粋性を重視している。そして間違いだと証明されたからではなく、論理的思考という承認されたプロセスを通じたものではないからと、可能な解決策を無視してしまうのだ。 その結果、ビジネスや政治は必要以上に退屈で合理的なものとなる

しかし、サザーランド氏は、広告代理店では非ロジカルなアイデアが許容されるとし、オグルヴィという世界的広告代理店での仕事を人間心理の実験のように楽しんでいる。

消費者市場は競合する多数の選択肢を提供することで、理論にはできない方法で人の無意識を方向づけている。そんなわけで、私は消費資本主義を「人間の動機を理解するためのガラパゴス諸島」と呼んできた。

市場調査や過去実績がなければ役員会を通すことはできない現代のビジネス社会において、それだけに囚われない視点を与えてくれる優れた一冊である。



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