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人間の心は「幸福」を拒むようにできている!?

フォレスト出版編集部の寺崎です。

タレントのりゅうちぇるさんが自殺したニュースが話題となっています。

とても痛ましいニュースですが、事の真相はさておき、このニュースを耳にして、かつて担当した新書『幸せを拒む病』の存在が脳裏によぎりました。

ひさびさに開いて読み返してみました。

この本は、主として精神病や心身症をもつ人たちの心理療法を、40年以上にわたって続けてきた心理療法家である笠原敏雄先生が書かれました。

改めて一部ご紹介します。

〝プラス思考〟の難しさ

 最近は、〝プラス思考〟や〝ポジティブ思考〟という方法が奨励されることが多いようです。書店に並ぶビジネス書の多くでも、プラス思考の効能が並べ立てられています。
 プラス思考という考えかた自体は悪くないのですが、問題は、それが、言われているほど簡単なことなのかどうかという点にあります。
 たとえば、特に用事がない時に、一日中何もせずにリラックスした状態で、眠らないようにしながら、自分にとってプラスになることを考え続けてみてください。自分が抱えている問題が解消することでも、病気が治ることでもいいですし、同僚から評価されることでも、大切な相手から愛されているということでもいいでしょう。それを、単なる空想ではなく、なるべく現実的に実感を伴って考えるようにするのです。空想的になりやすいので、その場合には早く戻す努力をします。
 試してみればすぐにわかりますが、最初のうちはできても、しばらくすると不安がよぎるようになり、次第に悪い記憶や予測が意識に浮かび上がり、しまいには、意識が暗雲に覆われてしまうことが多いはずです。それと並行して、頭痛や腹痛や便意が襲ってきたり、いつのまにか眠り込んでしまったりすることも少なくありません(信じがたいことかもしれませんが)。
 単なる空想であれば、しばらくは続けられるでしょうが、それでも長くはもちません。いわゆる楽観的な人であっても、現実的に前向きの方向に考え続けるのは非常に難しいのです。ところが、悪いことであれば、いつまでも考え続けることができますし、その
時に「反応」が出ることもありません。この大きな違いの原因は、どこにあるのでしょうか。
 いずれにせよ、人間は一般に、悪いことを考えるのは簡単であるのに対して、自分にとってプラスになることを実感を伴って考えるのは、なぜか非常に難しいことがわかります。以上のことからわかるように、通常の「プラス思考」という方法では、自分を変える力にならないということです。

笠原敏雄『幸せを拒む病』(フォレスト2545新書)

人間はついつい悪いほう悪いほうに考えてしまう。これって、脳科学的にも証明されているそうです。

おそらく、食べられそうな草を目の前にして「この草は食べて平気か?」といったように、太古の昔に人類が「最悪の事態」を想定しながら生き延びてきた背景と関連しているのでしょう。

「自分がしたいこと」を実現するのは、とてつもなく難しい

 では、ただ考えるのではなく、自分が本当にしたいと思っていることを実行しようとする場合はどうなのでしょうか。
 たとえば、いつか時間を見つけて、〝自分史〟を書きたいと思っている人がいるとします。平日は時間がないので、休日に書こうとするのですが、いざ休日になると、朝から体が重かったりして、起き上がることができません。あるいは、またいつのまにか眠り込んでしまい、気がつくと夕方になっています。ところが、休日に別の用事がある時には、そのために外出したり、てきぱき片づけたりすることが難なくでき、疲れることもなければ、反応が出ることもないのです。
 仮に早く起きることができたとしても、何かの理由をつけて、その課題にとり組むのを先延ばししてしまったり、どうでもよい別の用事を思いつき、それに熱中してしまったりして、課題に着手するところにまでどうしてもたどりつきません。人によっては、平日には自分史を書こうと思っていることを覚えているのに、休日になるとすっかり忘れてしまいます。意識が、何ものかに完璧にコントロールされているかのようです。
 このようにして、いつのまにか時間が過ぎていきます。そして、定年後には毎日が休日になるわけですが、それでもできません。むしろ、時間がある分だけ、かえって難しくなってしまうのです。
 課題の実行は、このように締切りがあってすら難しいのです。そのため、締切りがないと格段に難しくなります。しかし、考えてみれば、これほど奇妙なことはありません。
 他人から見ると、いくらでも時間があるのに、しかも自分でやりたいと思っていることなのに、どうしてそれができないのかと、ふしぎな感じを受けるでしょう。ところが、本人からすれば、それが絶望的にできないのです。
 以上のことからわかるように、人間にとっていちばん難しいのは、次の3条件がそろった時です。

 ① 自分が本当にしたいことを
 ② それに充あ てられる時間が十分ある時に
 ③ 自発的にすること


「自分が本当にしたいこと」とは、もちろん、自分を楽しませる程度の趣味的なことではありません。小さなことであっても、自分を真に喜ばせ、自分の進歩につながる行動のことです(この楽しみと喜びの違いについては、後ほど説明します)。
 それにしても、この3条件なら、一見するといちばん簡単そうです。自分がしたいことを、時間の余裕がある時に、自分から進んでするだけのことですから、難しいはずはありません。
 ところが、実際には、人間の行動の中で、おそらくこれが最も難しいのです。
 このことから、人間は、自分が向かいたい方向や自発性ということに対して、非常に強い抵抗を働かせるらしいことが推測できるでしょう。
 この3条件がそろった時にいちばん抵抗が強くなることは、誰であれ、実際に試してみればすぐにわかります。場合によっては、先ほどの作家のように、それを考えただけでも、心と体が、強い力を発揮してじゃまするのです。頭痛や吐き気が起こったり、何を考えたのかを一瞬のうちに忘れてしまったりするわけです。そのようにして、せっかくのその時間をむだにしたり、楽しみに充ててしまったりすることになるわけです。これを、キリスト教などでは、悪魔(サタン)の誘惑に負けたと表現するようです。
 ところで、「世をすね、人をすね」といわれるタイプの人もいます。このような人たちは、おいしいものを食べたり、旅行に行ったり、ゲームをしたりという、世間一般の楽しみに対してすら抵抗をもっていて、そのような行動に際して、反応を起こすこともあります。旅行に行こうとすると、楽しみにしていたのに、いつも喘息発作を起こしたり、発熱したりする人たちがいるのは、ひとつには、そのような理由のためでしょう。
 この人たちの場合、自分が本当にしたいことに対する抵抗は、さらに強くなります。
 そのような抵抗の結果、まず、肝心な仕事がはかどりません。特に専門職の場合は、それに加えて、自分のしている仕事が、本当は自分には向いていないのではないかなどと深刻に悩むことにもなりますし、いわゆる自己実現の機会を自分から捨て去ることにもなります。これでは、人生のむだ遣いになりかねません。しかも、このような抵抗は、悪いことに、前向きに生きようとすればするほど強くなるものなのです。

笠原敏雄『幸せを拒む病』(フォレスト2545新書)

文中に「先ほどの作家」とあるのは、原稿を書こうとすると眠気が生じたり強い抵抗が生まれるものの、〆切間際になってようやく書き出せる「締切りまぎわにならないと手がつけられない病」のことを指しています。

ここまで読んできて、みなさん心当たりがありませんか?

本書『幸せを拒む病』では、こうした心のメカニズムを暴く試みを展開しています。さらには「感情の演技」という技法でその「幸福否定」を撃退する方法論が解説されています。

ぜひ、ご興味をお持ちの方は読んでみてください。

笠原敏雄『幸せを拒む病』もくじ

第1章 身近な出来事に潜む〝幸福否定〟
 
締切りまぎわにならないと手がつけられない
 このうえなく強い抵抗の力
 なぜか、絶望的に「片づけられない」人たち
 片づけができないのは、技術の問題ではない
 「遅刻魔」に共通するふしぎな特徴
 〝プラス思考〟の難しさ
 「自分がしたいこと」を実現するのは、とてつもなく難しい
 専門家はこのような現象をどう見るか
 世に蔓延する「幸福を怖がる症候群」
 幸福をじゃまする「楽しさ」という名の悪魔
 〝幸福否定〟という驚くべき心のしくみ
 人間は「幸福感」を巧妙かつ確実に遠ざける
 現代の定説「ストレス理論」は万能か
 歴史的に繰り返される脳神話
 「いちばんの幸福」は常に隠される

第2章 本当の幸福を否定する心のしくみ
 
心の3層構造
 「幸福になってはいけない」と願う人たち
 なぜか自尊心の低い自己像を作りあげてきた人類
 感情には起源の異なる2種類がある
 会議で眠気が出るのは「内心」のしわざ
 幸福な感情を作らせないようにする心のしくみとは
 幸福否定における反応と症状の特徴
 心の力によって作られる反応や症状
 あらゆる心因性疾患や行動異常の心理的原因となるもの
 心理的原因を探り当てたときの変化
 「対比」という現象
 新型うつ病の心理的メカニズム
 特殊な対比――〝ペットロス症候群〟
 心因性の症状は幸福のありかを知らせる〝指標〟

第3章 〝幸福否定〟から見た異常行動や症状のしくみ
 
幸福否定という考えかたはどこまで当てはまるか
 幸福否定のさまざまな現われ
 幸福否定による現象① 課題の解決を先送りする
 人間は動物よりも劣っているか
 懲りない・困らない症候群
 幸福否定による現象② 自分の進歩や成長を嫌う
 締切り間際まで着手が難しい理由
 創作活動と抵抗
 幸福否定による現象③ 自他の愛情を受け入れようとしない
 マリッジ・ブルー
 マタニティー・ブルー
 子供の虐待
 幸福否定による現象④ 反省を避ける
 反省の本質とは?―― 麻原彰晃と林郁夫の事例から探る
 反省を避けようとするのはなぜか

第4章 幸福を素直に受け入れるための方法──〝感情の演技〟
 
私の心理療法の目的と方法
 〝感情の演技〟によってどのような変化が起こるのか
 仕事に関係して起こる変化
 私生活の中で起こる変化① 行動的側面
 私生活の中で起こる変化② 心理的側面
 感情の演技のやりかた
 感情の演技の典型的経過
 感情の演技を効果的に行なうコツ
 感情の逃げ道をふさいでイメージを描く
 心理的原因を絞り込んでいく方法
 感情の演技がもつ力
 「反応」がもつ重大な意味
 内心がしかける「幸福否定」のための隠蔽工作
 あまりにも強く抵抗する内心の力
 本当は喜ばしい好転を否定するのはなぜか
 意識で納得できる心理的原因は無意味
 無意識に潜む真の心理的原因を探り出すためのヒント
 心理的原因を突き止める――心因性の発熱の事例
 「本当にしたいこと」を探り出す方法

第5章 従来の人間観を覆す幸福否定理論
 
科学の世界で待ち構えている悪魔の誘惑
 「超常的現象に対する否定的態度」は科学者の自己欺瞞
 科学的理論としての〝幸福否定〟
 革命的な治療理論との出会い
 史上最大級の発見をした小坂英世の功績
 専門家はなぜ、小坂療法を徹底的に拒絶したのか
 驚異的な成果をあげていた小坂教室
 目まぐるしい展開をみせる小坂理論
 反応を唯一のコンパスとした冒険
 自分の意識を説得する手段としての「症状」
 内心の抵抗と超常現象
 ストレス学説に代わるあらたな考え方
 幸福否定の普遍性

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