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『エンジェルス・イン・アメリカ』観劇記

新国立劇場小劇場にて『エンジェルス・イン・アメリカ』を観た。

第一部「ミレニアム迫る」:約3時間30分、第二部「ペレストロイカ」約4時間の大作であった。
理解できなかった部分も多く、悔しい思いもあるけれど、とにもかくにも素晴らしい舞台だったので、noteに残しておこうと思った。

【作】トニー・クシュナー【翻訳】小田島創志 【演出】上村聡史

【キャスト】
ロイ・M・コーン : 山西 惇
ジョゼフ(ジョー)・ポーター・ビット  : 坂本慶介
ハーパー・アマティ・ピット  : 鈴木 杏
ルイス・アイアンソン : 長村航希
プライアー・ウォルター : 岩永達也
ハンナ・ポーター・ピット : 那須佐代子
ベリーズ : 浅野雅博
天使:水 夏希

【ストーリー】
1980年代、ロナルド・レーガン大統領時代のアメリカ。エイズは同性愛者だけがかかる癌であると思わされていた時代。政治、経済、宗教、人権、法律、医療……アメリカは様々な闇を抱えていた。

赤狩りの時代に権力を得た弁護士ロイ・コーンは、目をかけている連邦控訴裁判所の首席書記官ジョー・ピットをワシントンの司法省に送り込もうとする。しかしジョーは妻ハーパーを気遣い返事を保留する。ハーパーは何故かジョーへの不信感を募らせ精神安定剤を飲んでは現実逃避ばかりしているのだ。ジョーと同じ職場で働くルイスは同性の恋人プライアーからエイズであることを告白される。ショックを受けたルイスはプライアーの前から突然姿を消してしまった。そんな中、ルイスとジョーは出会い、親しくなっていく。息子ジョーから同性愛者であると告白された母ハンナは急遽上京、ひょんなことからプライアーと知り合い、彼の面倒を見るようになる。そのプライアーの前には、突然天使が現れ、彼には使命があると告げていく。一方、ロイ・コーンもまた主治医からエイズを宣告される。しかし彼の病床を訪れるのは天使ではなく、自分が電気椅子送りにした死者だった。

(wikipediaより引用)

月並みな感想だが、圧巻の舞台だった。
キャストは全員オーディションで選ばれており、うまい人しか出ていない。そのため観ている側は無理なく舞台の世界に入り込める。
第一部・第二部合わせて7時間半という大作にも関わらず、いざ幕が開けばあっという間に終わってしまった。夢中で観られる舞台だった。
小劇場の椅子が固くて(クッションはあるけど!)終わってからはお尻が痛いことに気づいたが、観ている間はそんなこと思い出さないほど、あっという間だった。

なぜ、こんなに素晴らしかったのか。
それは、やはりキャストの力だと思う。


特に、精神を侵されてしまったハーパー役の鈴木杏さんに目を奪われた。
私はこの舞台は彼女を目当てに観に行こうと決めた。
昨年のNHKドラマ『空白を満たしなさい』で彼女の演技を初めてきちんと見て度肝を抜かれた。彼女の表情、発する言葉、動き、すべてが素晴らしかった。
そこで彼女の作品をもっと見たいと思いネット検索したところ、映像作品だけでなく、舞台でもすごい実績のある方と分かり、そこから私の中では舞台で観たい女優さん第一位となっていた。

その彼女が、そんな実績のある彼女が、オーディションで勝ち取ってでも出たいという舞台、それが『エンジェルス・イン・アメリカ』だった。
これを観ない手はない。舞台上の彼女を観られるというだけで楽しみだった。

そして………。

鈴木杏さんは期待を裏切らない素晴らしさだった。舞台に出てきた途端にその場を支配するような演技。一瞬でハーパーのいる世界に連れて行ってくれた。
私は演劇鑑賞歴は少ないが、大竹しのぶさんの演技を初めて見たときもこれと同じように感じた。
何というか次元が違うような印象すら受けた。

ハーパーは夢見る少女のような顔、悩み、くたびれた女の顔、妖艶な顔が混在している複雑な人格だ。鈴木杏さんはそれを見事に表現しており、私はハーパーの姿に翻弄されっぱなしだった。
とにかく作品の世界と一体となり、観ている者をその世界に連れて行ってくれる、すごい役者さんだった。

そして、エイズにかかってしまうプライアーを演じた岩永達也さん
初めて観る役者さん(ごめんなさい)だった。
今回の役のために10kg 減量したとのことで、細い体でプライアーを熱演してていた。彼の怯えや心の叫び、他の出演者との掛け合いの面白さ、とても心に残った。舞台の上で切実な願いを叫ぶ彼の姿は忘れられない。
「僕は生きたい、どうしても生きたい、どうしても。」

本当に良かった。今も彼の叫び声が耳に残っている。

そして、顔が小さい!モデル出身者ということもあるのか、顔の小ささも印象的だった。
また舞台で観てみたい俳優さんとなった。


そして、ハンナを演じた那須佐代子さん
この方はもう舞台で何度も観ているけれども、まぎれもなく名優の一人だ。
今回ハンナ以外にも色々な役をやっているけれど、都度すごいなと感じた。当たり前だが、よどみない台詞回しから始まって、おじいさんにもおばあさんにも何にでもなれてしまうすごい俳優さんなのだ。
私の中では彼女が出ている舞台に外れはない、というようなイメージだ。『レオポルトシュタット』も良かったし、『ザ・ウェルキン』も好きな内容ではないけど、作品としては良かった。
今回、那須さんが作り上げたハンナは、厳しいけれど優しくて面白くて、好きなキャラクターになった。

ベリーズの浅野雅博さん
この方も舞台では有名な方。私は初めて観るのでとても楽しみにしていた。
ベリーズは有色人種で元ドラァグクイーンの看護師。
この物語の中で一番共感できる人物だ。
浅野さんのベリーズはドラァグクイーンらしさを十分に感じさせる看護師だった。そして母のような温かさ、強さを感じさせるベリーズだった。
もちろんコメディ部分も良くて、第二部はベリーズが出てくるとわくわくしていた。
浅野さんはハーパーの空想上の人物であるミスター・ライズ役もこなしていたが、こちらはまた奇天烈な人物を十分奇天烈に演じていた所も良かった。

ロイ・コーンの山西 惇さん
誰もが知ってるドラマ『相棒』の「ヒマか?」が口癖の角田課長で有名な方である。
私は山西さんが舞台にも数多く出演していることを知らなかったので、とても楽しみにしていた。そして期待に違わぬ好演。
彼のロイ・コーンは実に憎たらしかった。
自信満々な振る舞い、病にかかってからも新薬を手に入れるずる賢さ。高慢で嫌な人間を煮詰めたようなロイ・コーンを見事に演じていた。
ベリーズとのシーンは特に良かった。彼が醜悪に見えることで、物語の輪郭がはっきりしていく。その役割を十二分に果たされていた。

天使の水夏希さん
宝塚のトップスターだった方。宝塚は未見なのだが、宝塚出身の方は舞台俳優のプロ中のプロなので、期待通りだった。
発声、存在感、この世のものではない天使にぴったりの美しさだった。
この世のものではない天使を演じるのにこれほどぴったりの方もいないなと感じた。
一方、ホームレスや看護師を演じる時は、天使とは全く異なり現実の人間身にあふれていて、その演じ分けにも驚かされた。

ジョー役の坂本慶介さん、ルイス役の長村航希さんもとても良かった。
彼らの役がずるくて図々しいので、ちょっと見ていて嫌になってしまったほどだ。本当に二人とも小ずるいのだけれども、ある意味とても人間的だった。彼らの姿にずるさを感じるからこそ、プライアーの切なさやハーパーの哀れさが活きてきたのだと思う。素晴らしかった。

ともかく、出演者全員が私を作品の世界に連れて行ってくれた。
素晴らしい出演者の皆さん、そしてもちろんスタッフの皆さんに感謝したい。

劇全体に対する感想としては、面白かったと同時に悔しかった、ということが言える。
なぜなら、私はこの舞台の面白さを半分くらいしか理解できていないと思うからだ。

特に第一部。大まかなストーリーは頭に入れていたが、アメリカ現代史、レーガノミクス、ユダヤ人の歴史、黒人との関係、当時のLGBTQのおかれた立場、エイズやHIVについての知識が私には圧倒的に不足している。
ロイ・コーンとエセル・ローゼンバーグの関係も知らなかった。

そして、『ミレニアム』に対する当時のアメリカ人、それぞれの立場の人々の気持ちについても。

日本人の私がこの物語を楽しむためには知識が必要だと感じた。

もちろん、楽しかった。舞台は十分に楽しかった
そして、文化や上記のことを理解していなくても通じる普遍的な事柄はあり、舞台を観て共感する部分は多かった。

それでも、、、、。悔しかった
私には理解できていない部分が圧倒的にあったと思うからだ。

アメリカ文化の空気、この脚本のベースとなっている部分、ここに対する理解が足りていないと思うからだ。

一部と二部のタイトル『ミレニアム迫る(Millenimum Approaches)』『ペレストロイカ(Perestroika)』の一つをとっても、たぶん私の理解は不足しているだろうと思うからだ。
日本人の私が思う(感じていた)ミレニアムと、キリスト教的世界観の世界で作られたこのタイトルの意味には大きく乖離があるからだ。
そしてソ連との冷戦を経験しているアメリカ人にとってのペレストロイカと私のその言葉へのイメージも大きく異なるだろうからだ。

だからこそ、悔しさが残った。
きちんと作品の背景を踏まえてから、もう一度観てみたいと感じた。

今回の舞台のパンフレットには、その部分の情報が非常に細かく書かれていた。レーガン時代について、映画や演劇い作品でのLGBTQの描かれ方について、エイズについて、パンデミックについてなど、それぞれ読み応えのあるコラムとなっている。
また、用語解説も素晴らしい。
これらを事前に読んで行くだけで作品への解像度は大きく上がるだろう。

今回私が悔しいと思ったのは、それだけこの作品が素晴らしかったからだ。
今回は悔しい思いも残るが、これから勉強し、また、いつかこの『エンジェルス・イン・アメリカ(ANGELS IN AMERICA  A Gay Fantasia on National Themes)』を劇場で観てみたい。

それほど素晴らしい作品であった。
俳優、スタッフ、すべての方に感謝である。

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