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BGM conte vol.11 《うっせぇわ》

ご飯も残しちゃうんだよな。嫁の作るご飯はとても美味しいんだけど、もうぜんぶは食べられなくなっちゃった。量がちょっと多いんじゃないかって、苦言でもないんだけどそう言ったら、一日三食にしたらどうですって、まったく、どういうことかね。

自分では念入りにお尻拭いてるつもりなんだけど、なんかパンツ、いつも汚しちゃうんだよね。あれかな、オナラすると中身がちょっと出ちゃうのかな。とまれ、この頃では乾いたオナラしか出ないんだけどね。お腹が張るのは相変わらずなんだけど。アレ、洗濯物に出すの、ちょっと躊躇われるんだけど、ま、どうせ洗濯機が洗うんだし、いいかなって。

耳も遠くなったのかな。そんな自覚はないけれど。彼らが出かけるとき、あれ、挨拶がないなってなるのは、ちょっとこたえるんだよね。で、いっしょに暮らしてるんだから挨拶くらいしなさいよってやんわり咎めたら、いつもいつもしてますよ、無視するわけないじゃないですかって逆に怒られちゃった。

LINEが長いって、これも怒られちゃったな。でもさ、ドナルドなんて、あんな大統領、あり得ないでしょう。だからそのあり得ない理由をね、ていねいに書いて教えてやったんだよ。そしたら、わたしは今夜何が食べたいかお聞きしたくてLINEしただけなんですだって。そうだったかな。でも、今夜のおかずよりよほど大事なことがあろうに、さすがにあん時は私も色をなしたね。

それからお風呂。一日の終わりには湯に浸かって疲れを落としたいじゃない。こちらからしたら、ささやかなねぎらいですよ。だから曜日を決めて湯を入れてやる。五時には風呂の準備はすっかり整っていて、入れ入れとうながすんだけど、これがどういうわけだか遠慮する。違うんだな、年寄りこそ一番風呂を遠慮してるってのに、これがどうも伝わらない。ぐずぐずされると湯が冷めちゃうし、だからこないだは早く入んなさいよ、あともつかえてるんだしってちょっと強めに言ったら、どうぞお先にお上がりくださいだって。続けて、こちらはこちらのタイミングがあるし、第一、あんな熱いお湯、子どもたちが火傷したらどうするんですって。なんの話かね。追い焚き機能がないんだから、多少熱い湯にしなきゃなんないのは、子どもでもわかる道理だろうに。

柿の木にかんしても、こちらは譲らなかったね。お父さん、そんなに切ったら来年も柿がつきませんよなんて、意見するなんざ百年早い。お父さん、葉っぱって、なんのためにあるかわかってるんですかだって、まったく、偉そうに、人を馬鹿にするにもほどがある。葉が落ちて隣家の雨樋をふさぐようになっちゃ、遅いんだよ。なんなら、葉っぱなんてのは、生え始めから摘むくらいじゃないと。そんなに柿が喰いたきゃ、いくらでも買ってくればいいのさ。だいたい、誰の家の柿の木だと思っているのか。

極めつけは、お父さん、いい加減早く成仏してくださいよだって。

こいつぁ、また驚いたね。言うに事欠いて、実の親に向かって早く死ねとは、世も末も末。さすがに返す言葉もなくポカンとしていると、さらに続けてこんなことを言う。

お父さん、もう何度言ってもわかってくれないからこちらもそろそら根負けしそうなんですけど、お父さんはね、とうにあちらにお出でなんですよ。

あちらって、どちらよ。

こちとらまだまだ柿の木を切らなきゃいけないし、風呂を入れなきゃいけないし、天下国家を語らなきゃなんないし、礼儀のなんたるかを躾けなきゃなんないし、下着も汚してやらなきゃなんない。ぜんぶ良かれと思ってやってることなんだよ。

あーだ、こーだ、うっせぇわ。

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