FouFou

思いつくまま短編を書いています。それは瓶の中の手紙のようなもの。大海を漂って、いつか誰…

FouFou

思いつくまま短編を書いています。それは瓶の中の手紙のようなもの。大海を漂って、いつか誰かに届く。精神の友の在らんことを願って。

マガジン

  • 私家版「耳嚢」

    日常の裂け目。退屈からの解放。

  • ヴァンピールの娘たち

  • BGM contes

    音楽に触発されて生まれたコント。もしくは情景素描。

  • 航海日誌

    読書とは、本という無数の寄港地にしばし停泊するようなもの。その場合、海とは人生である。そして読書そのものもまた、凪があれば、嵐もある、難所を越えることもあれば、座礁することもあるという点で、航海に似ている。長い時間の果てに、しみじみと一冊の本について振り返るとき、それはあたかも航海日誌を記すようなものではないか。

  • 小さな物語

    尽くさぬ美学。 切り詰める美学。

最近の記事

ブルーベリー

「シフォンにブルーベリーがたくさんついてる」  下の娘がいうのを、野崎は気にも留めずにいた。犬に極力近づきたくなかった。それは忌避の感情にほかならなかった。なぜなら、犬の死が近いと野崎は予感するから。  腹を撫ぜていて、しこりに気がついた。気がついて、野崎は暗澹となった。犬にとっては監禁生活と変わらぬ十年が、いまさら思われたのである。長男がダダをこねるのへ、きちんと世話をするならと飼うのを許したのだった。近所からもらわれてきた雑種犬だった。しかし息子が犬に情熱を示したのもほ

    • モチダ夫人 2/2

       二月に入ってしばらくして、個人のLINEでモチダ夫人から連絡があった。サシ飲みの誘いだった。しかし亜紗美はそれどころではなかった。  小六の長男が中学受験に失敗した。模試の最終が去年の十二月で、その時点で合格率五十パーセントを越える志望校は一校もなかった。それでも亜紗美は、一月いっぱい学校を休ませて朝から晩までつきっきりで過去問に取り組ませれば、一校くらいなんとかなるだろうと信じて悲観しなかった。工学部上がりの夫に土日は算数と理科を見させ、亜紗美自身は社会の小テストを大量コ

      • モチダ夫人 1/2

         今年は幼稚園でのクリスマス・パーティーは行われないことに決まったと、木曜日の朝にグルーブLINEで通知が届いた。理由は添えられていなかった。実施一週間前というタイミングでの突然の告知だった。「えー、マジ、どうして?」「何かあったん?」「子どもたち、超楽しみにしてたのに」等々、ママたちからの返信がいっせいになされたのも当然で、なのに発信元のモチダ夫人はその日一日既読スルーを貫いたのだった。  翌日の昼過ぎにスマホを覗いた亜紗美は、LINEのバッジが「5」と表示されているのを

        • ヴァンピールの娘たち Ⅰ-6

          Ⅰ-6. 納戸に南京錠がかけられ、庭にアライグマが降臨する。そして自警団による攻撃の狼煙が上がる。やがて龍の甕から龍が飛び立つ 🦇  いつのまにか納戸の扉に南京錠がかけられていた。それではそこが父と母の居室になったかといえばそうではなく、二人の寝起きする部屋は、居間の東側に隣接する八畳間で、うなぎの寝床のように細長いと思われる納戸と壁一枚で仕切られていた。ちなみに姉妹は、居間の南側に続く八畳間を共有した。  引っ越してきて早々に、二親は部屋を仕切る襖をほとんどすべて取

        ブルーベリー

        マガジン

        • 私家版「耳嚢」
          50本
        • ヴァンピールの娘たち
          6本
        • BGM contes
          19本
        • 航海日誌
          3本
        • 小さな物語
          44本
        • 東京川風景
          3本

        記事

          雨牛

           都心の某書店にて洋書コーナーの値引き本を物色していた柳岡は、隣接する展示スペースの品々にふと目がいき覗いてみる気になる。  三人の工芸作家による合同展示会兼即売会だった。展示品にはいずれも値がついており、柳岡はとりわけ鉄を使ったオブジェが気に入ってその一角を何度も行きつ戻りつしては一つひとつ丹念に眺めた。抽象的な形状のモジュールもあれば、一輪挿しや鉢といった実用品もある。後者はじっさいに観葉植物の生けられたものもあり、ところどころ錆の浮いた感じがレンガを彷彿させる。赤錆を

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-5

          Ⅰ-5.姉妹はメダカをもらい受け、庭の二つの大甕に放つ。そしてムゥはきたる自警団の襲来に備える 🦇  草花の一掃された庭に腐葉土と苦土石灰が大量に投入され、これを父が先の尖ったシャベルで耕して四本の畝を作り、そこへ女たちがエダマメ、ラッカセイ、キュウリ、トマト、そしてトウモロコシの種を植えた。ほかにもアサガオ、ヒマワリ、オシロイバナ、マリーゴールド、ゴーヤなどの種が五月の連休までに庭の方々に植えられた。  母は通販で大甕を二つ手に入れた。いずれも丈は娘らの胸の高さにまで達

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-5

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-4

          Ⅰ-4. 束の間の一所定住生活。都下の家の庭、あるいは耕やされる黄金郷。そして黄金郷のエメラルドは栞となって書棚にしまわれる 🦇  姉のムゥが小学四年生、妹のクゥが小学三年生になんなんとする折、一家は東京に移住した。東京は初めてだった。東京、と一口にいっても、もちろん広い。彼らの移住先は二十三区外の、いわゆる都下に属していて、いまはどうでも、往時は住宅地の面積と生産緑地のそれとが半々といった、子どもの目にもたいそう鄙びた土地だった。「緑が多い」と褒めるのが、ここを初めて

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-4

          水顔

          1  天井に楕円の水影が映る。  水影とは、戸外に置かれたバケツに張られた水の面が陽光を反射して作る、光と影の綾。  それが、わずかな空気の動きに反応して、絶えず蠢く。右から縮緬皺が寄って幾重もの線が並行に走るかと思えば、たちまち均衡は崩れて斜め左上から細かい波が侵食し、一面魚の鱗模様に覆われ、それもまた雲散霧消すると束の間の鏡面状態を得、これも破れて今度は八方から波紋が走って中央に八芒星を作るや、たちまち八方へ逃れ去る。  かように綾模様は目まぐるしく変化する。しかし

          BGM conte vol.19《四角革命》

          運転するオジサンの横顔に街の光が張りついて七色に染まる。七色のオジサンを見ているとワタシはオジサンのことが心の底から好きなのかもしれないと思えてくる。愛してるのかも。 「なに」 オジサンは前を向いたまま訊く。零時を回った。トンネルを出たとたん渋滞にハマってなかなか抜け出せない。二台の深夜バスに二車線とも前を塞がれてオジサンは舌打ちする。カークーラーがちょっと寒い。 「オジサンは生まれる前は五十五歳ワタシの歳下だったんだね」 「どういうこと」 「オジサンが二十五のときワタシは

          BGM conte vol.19《四角革命》

          BGM conte vol.18 《Do you want to marry me》

          オヤジはヤクザだったんだ。 お袋は顔も知らねぇ。 ところでよぉ、オレと結婚しねぇかって。 My father was a gangster オヤジはヤクザだったんだ I never knew my mom お袋は顔も知らねぇ Anyway, do you want to marry me? ところでよぉ、オレと結婚しねぇかって When I drink too much whiskey ウヰスキーが過ぎると I unchain my bad instincts つい悪い癖

          BGM conte vol.18 《Do you want to marry me》

          BGM conte vol.17 《YAKITORI》

          たまにヤキトリ食べたくなるのよ。 あんたとさ。 まず匂いに誘われて、遠くでアセチレン灯の下、もうもうと煙の上がってるの見るなんか、もうたまらないのよね。そんなわけで、仕事帰りに駅前の鳥屋の前を通るたびにヤキトリがむしょうに食べたくなるんだけど、アラフォー女がおひとり様ってのもなんだかだし、それにあんたのことがさ、どうしても思い出されちゃうんだよね。カウンターに座って丸い背中を外に晒してさ、昔はあんたと場末でよく飲んだもんだよ。酔っ払ったあんたはさ、よくもまぁと思うくらい饒

          BGM conte vol.17 《YAKITORI》

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-3

          Ⅰ-3.ムゥとクゥの妄想サバイバル術、あるいは姉妹に施される英才教育について。そして姉妹は図書館にて無言で騒ぐ 🦇  幼稚園バスのドアが開くと、 「ただいまよりムゥ艦長、およびクゥ副艦長、任務につくでありまっす!」  そういって姉妹は、出迎えの副園長夫人および運転士の朝の挨拶に敬礼でもって応える。ステップを上がって乗り込むと、姉は周囲を睥睨し、すでになかで待機している十二名の園児らは、皆直立してきりりと口元を引き結び、同じく敬礼でもって迎えるのを確認して満足げにうなずき、

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-3

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-2

          Ⅰ-2. 父と母の秘密を知ろうと姉妹は夜更かしをする。とある吹雪の真夜中に姉妹は甲冑姿の両親を認め、妹は生首と対面するが、後年姉によってその事実を否定される 🦇  姉は妹の「トリセツ」をよく心得ている。自分からはいいにくいこと、しにくいことを実現するのに、妹の前でふと思いついたというテイで独りごちさえすれば、希望は必ずといっていいほど叶えられた。たとえばこんなふうに。 「ところでチチとハハのシゴトってなんなんだろう」  好奇心が人一倍強い上に、人の役に立ちたいという、承

          ヴァンピールの娘たち Ⅰ-2

          航海日誌♯2「井伏鱒二『普門院さん』試論、あるいは縁の下の神様」後編

           改稿後に世に出たのが昭和六十年で、作家御年八十七歳ですから、もはや多少の混同や矛盾は許される境地ではあったでしょう。私もそう思いつつ、こんな飄々とした語りをいつか手に入れてみたい、しかしまたいっぽうで、仮にこんなふうに私が書いたところで、編集者に無惨に校正されるのがオチだろうなどと砂を噛むような妄想をしたものでありますが、この度、ちょっとした偶然から昭和二十四年の初出稿を目にする機会を得て、私にとっては腰の抜けるほどの驚愕の発見があったのでした。  昭和二十四年版(以下「

          航海日誌♯2「井伏鱒二『普門院さん』試論、あるいは縁の下の神様」後編

          航海日誌♯2「井伏鱒二『普門院さん』試論、あるいは縁の下の神様」前編

           岩波新書から出ている大江健三郎の『あいまいな日本の私』を読んでおりましたところが、それに収録された井伏鱒二についての講演が出色でございまして。触発されて久しぶりに井伏鱒二の短編を二、三読むうちに、これが止まらなくなった。なるほど、大した作家だと改めて痛感させられた次第なんです。  新潮文庫の『かきつばた・無心状』をまずは書棚から引っ張り出してきて読んだんですけど、我ながら驚いたことに、これが初読でなかった。いえ、読みながら、ずっと初読みのつもりでいて、いっかな既視感も既読感

          航海日誌♯2「井伏鱒二『普門院さん』試論、あるいは縁の下の神様」前編

          ヴァンピールの娘たちⅠ-1

          Ⅰ-1. 人は生まれながらに亡命者である 🦇  娘たち二人に対する二親の教えとは、「人は生まれながらにエグザイルである」というものだった。 「エグザイル」と文字通りにいわれた姉妹は、かなり大きな勘違いをしばらくは生きることになる。彼らが幼少の頃、歌って踊れる同名の人気男性グループを、テレビで見ない日はなかった。だから姉妹は、歌って踊れることが、ヒト生まれながらの本性と心得たものだった。  遊びをせんとや 生まれけむ  遊びをせんとや 生まれけむ  ……  テレビでくだ

          ヴァンピールの娘たちⅠ-1