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死人の宴

 これは警備員のアルバイトをしていた頃の話。他言無用でしょうけど、まぁ、時効でしょう。

 欠員が出て、それで代わりにそのホテルに出向いたんですね。東京には珍しく、12月はじめの雪の日で。夜勤で入りは深夜零時。都下は都下でも西の端の住宅地にある駅を降りると、バスはとうに終わっていて、タクシー乗り場は長蛇の列。仕方なく国道沿いを延々三十分と歩いた。歩くにつれ沿道は空地が目立つようになり、いよいよ吹雪いて、心細い道行だった。誰がこんなところのホテル、と悪態つきながら、いや、こんなところだからこそ、と納得するのでもある。

 ラブホと思ってたらそうじゃなかった。まず外観でそう判じられた。受付から漏れる明かりでかろうじて営業中とわかるが、それにしても吹雪のなかを来て、あの寒々しい明かりは心底嫌だと思った。

 こんなところでビジホ、と失礼ながら思うわけです。半信半疑でカウンターのベルを鳴らすと、四十がらみの、バーテンみたいな格好をした小柄な男が現れて、自分が支配人だと言う。

 夜廻不要。客が来たら、端から順に黙って鍵を渡してくれたらそれでいい。見ると、カウンターの端に部屋番号を記したコーヒーシュガー色のプラスチックの角柱のついた部屋鍵が、整然と並べられてある。帳面とか書いてもらわなくていいんですかと聞くと、もってのほかと頭上で手を振った。何かあったら呼び出して、とケータイの番号を渡すと、内階段を上りはじめた。

 やっぱラブホみたいな使われ方してんだろうな、と思いながらカウンター前に座っていると、ほどなくして最初の客が来た。

 年配の、というよりは老人で、名のある企業の重役然とした身綺麗さがあった。カシミヤのコートの肩に、うっすら雪。いらっしゃいませ、とつい挨拶して、睨まれる。怯んだこちらを素通りして、自ら鍵を取り、エレベーターのある引っ込みへ消えた。

 やはりビジネスホテルかと思っていたら、白髪をなでつけたまたしても品のいい老紳士が現れた。寒いなかご苦労、とねぎらわんばかりの笑みを浮かべ、鍵を差し出すと、重々しく頷く。

 それからは連綿と客が来て、判でついたように皆老紳士だった。どうやら明日はどこぞの業界が重要な会議をするらしい、そんなふうに思っていた。最後の鍵が捌けて、それからは暇になった。

 二時過ぎ、ふいに冷気が舞い込んで、顔を上げると、雪まみれの客が立っていた。宿泊したいという。小便の匂いが鼻をついた。同じ老人でも、こちらはホームレス。
「満室です」
 嘘ではなかった。それなら暖を取らせて欲しい、ゴミ置き場でもなんでもと老人は食い下がった。これは呼び出し案件と察して受話器を取ると、今行く、と支配人はいかにも頼もしい。
 エレベーターが、チン、と鳴って、扉が開くなり、つかつかと老人に近づいて、突然なにやら頭に振り下ろした。鈍い音と同時に鮮血が飛び散った。倒れた男を引き摺りながら、綺麗にしておいて、と支配人は言った。

 カウンターについた血と脳漿を雑巾でぬぐい、血の筋を追う形でモップで床を拭いていくと、血痕は内階段の地階へ続いていた。地下の扉が薄く開いていて、なかを覗くと、そこは八畳ほどの薄暗い室になっていて、支配人が先ほどの老人を中央に据えられた金属製の寝台に押さえつけ、首にチューブを差し込み、腿の辺りにも差し込んで、機械のスイッチを入れると唸りを上げ首からなにやら注入され、腿から血が吹き上がった。
 なにこれ、ホラー映画の撮影? って、まぁ、なりますよね。しかも部屋の隅に何かが堆く積み上げられていて、目が慣れるに従ってそれが死体であることが判然とする。それも若い女ばかり。
 そっとロビーに上がりましてね。そのままずらかろうと思えばできたわけ。ところが気になって気になって。上が。よせばいいのに内階段をそのまま駆け上がって二階の廊下に躍り出た。

 驚いたね。誰かがカラオケなんぞ歌っている。ドアノブを回すと施錠されておらず、年寄りが全裸でマイク持ってマイウェイなんか歌ってて、足元にこれまた全裸の女が丸太のように転がって、ぴくりとも動かない。また別の部屋では全裸の老人が横たわる女に覆い被さるように跪いて、何やら切々と訴えて号泣している。あるいは抱きついて顔じゅうを舐め回す者、ホトを仔細に調べる者、おのれも全裸の死体であるかのように隣に仰臥する者……と、それこそ狂気の博覧会。

 それでどうしたって?
 カウンターとロビーに裏手にあった石油をぶちまけてね、火を放ってホテルをあとにした。

 ホテルがどうなったかなんて、知りませんよ。郊外のホテルが一棟燃えたくらいじゃ、いまどきニュースにならんでしょう。いや、なるって? **市のホテルじゃないかと? いかにも。四十体もの身元不明の焼死体が出た有名な事件があると。ほう、そいつは知りませんでした。余計なこと話すもんじゃありませんねぇ。

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