『ボトルネック』米澤穂信
ボトルネック。
大学生のときに読んで、夢中になったけれど読み終わった後、一週間落ち込んで立ち直れなくて、以来ずっと読み返すのを避けていた作品でした。
アニメ氷菓が放映されていた頃、他の米澤作品を読みたいというひとにおススメしたことがありますが「メンタルが大丈夫なときに読んでね」と念押ししてたなあ(笑)。
ふつう、つくりものである小説を読んでヘコむ、というのはあまりないのだと思うんですがそれだけこの本の描いているものがクリティカルヒットだったんです。
この度、読み返していろいろ考えました。
当時は書いてあるままに受け取っていたけれど、今回考えたことを残しておきます。
以下、ネタバレ。全部ただの妄想です。聖地巡礼したときの画像のまとめと共に……。
<三つ目の選択肢>
この小説のラストでは主人公は結局どちらの道を選んだのかわからないままに終わります。
提示される道はふたつ。
① 真っ暗な海で失望のまま終わらせる(自殺ルート)
② 曲がりくねった道で絶望しながら続ける(家に帰り生き続けるルート)
最後のおそらくお母さんからのメールで帰ってこなくてよいと言われた、自分で決められないでいたリョウに①のルートを選ぶきっかけがもたらされた。だから主人公は「うっすらと笑っ」た。
そうかつては解釈していました。
だけど示された道は本当にそのふたつだけだったのか?
サキではなくツユと名乗る電話、その人物が言った内容。終章の「昏い光」はどうにもちぐはぐな印象が拭えません。
「あの娘が本当に望んでいるのは何?」
「イチョウを思い出して」
ツユはそう問い、懇願します。
イチョウの話をした日、白いベンチで会う前、ノゾミが誰かを模倣する前、本当の「ノゾミ」だったときの会話。
そこで「ノゾミ」が言った「死んじゃえ」。
だからリョウはノゾミは本当は金が欲しかった、と解釈しましたが……これ、間違っているんじゃないでしょうか。
だってリョウの想像力は貧困だと、何度も何度も描写されてきました。
どんなに頑張って想像しても、このとき急に想像力を働かせられたとは思えないんです。
それに、実際にイチョウのときのリョウとノゾミとの会話を読み返してみると金の話なんて出てきてないんですよ!
市が交渉した、というだけ。
よく考えれば交渉=金の話かな、とはわかる。後に交わした会話でノゾミは死んじゃえと言った理由を金に絡めて話していたけれど、このときのノゾミはリョウの模倣をしたノゾミでもう「ノゾミ」じゃない。
理由を話すのにも時間をかけています。リョウならどう考えるか、鏡像として考え考え話している結果なんじゃないかな。
金が欲しかったのはリョウの方。世帯が持つお金ではなく彼自身が使えるお金が(新聞配達してるし、金の話多いし)。
では本当の「ノゾミ」の望みとは?
同じ場面で実はもうひとつ、ノゾミは望みを言っているんです。
それは「青空が見たい」。
でも青空を見るのは雨の多い金沢にいてはムリなこと。じゃあ青空を見るためにはどうしたらよいか。
金沢を出るしかない。
(正確には金沢というか天気の悪い北陸ですかね)
ツユは第三の道をリョウに示したかったのではないかな。
金沢から出る。つまり、親の元から離れる。家に帰らず生き続けるルート。
劇中、ちょこちょことそのルートは示されていると思うんです。
まず、ノゾミの母親。
ノゾミの家族は借金を抱えながらも「金沢」に来るまで、横浜ではうまくいっていた。
横浜。北陸とは逆の太平洋側の都市。
ノゾミを置いていった母親は、どこに行ったかわかりません。でもわからないということが、「金沢」以外のどこかに行ったということなんじゃないかな。
また、兄のハジメ。
サキのいる世界ですがハジメは横浜のオープンキャンパスに行っています。
自分探しの旅に出るのも、「金沢」から抜け出すためなのでは?
そして、「金沢」から出る前に事故に遭います。
ハジメはリョウから見たら薄っぺらい人間だけど、もしかしたら自分が生きていくには第三のルートしかないと知っていたのかも。
身の丈に合わない大学を受けたのも(リョウのハジメは東大や京大を目指している。もしかしたら横浜も受けてるかも、リョウが知らないだけで。富山の大学は受けなかったから受かってないんじゃないかな?)。
旅に出ようとしたのも。
とにかく「金沢」から、家から出たかったんじゃないかな。出られなかったけど……。
母からのメールの、帰ってこなくて構わないは、別に自殺しろという意味ではありません。帰らないとは、家出もあり、なんじゃないかな。
<緑の目は誰?>
そもそもこの現象、パラレルワールドだったのかなあ。
最初に読んだときから、風邪をひく描写が何度も挟まるのが不思議でした。
だから、リョウはただ東尋坊で夢を見ているのではないかと考えてました……ちょっと妄想の域を出ないんですが。
グリーンアイド・モンスターは死者。生者をねたみ、こころのどくをふきこみ、死者の仲間入りさせようとする。
サキの世界は東尋坊にひとりで訪れてしまったリョウにもたらされたこころのどく。死者がリョウに見せている夢。
じゃあ死者って誰かなと考えたとき、真っ先に出てくるのはノゾミ。
でも実はそれだけじゃないんじゃないかな。
生まれてくることができなかったサキ(ツユ)。
そして、バイク事故の後とうとう死んだ兄のハジメ。
彼ら彼女ら死者みんながグリーンアイド・モンスター。
サキのいる世界ではハジメは富山の大学にいました。金沢の実家にも気軽に帰ってきています。これは「金沢」から出られていないってことだと思います。
ノゾミの母もでていったけど戻ってくると娘に伝えています。
誰も「金沢」から出られない世界。それがサキの世界。
それは第二のルートはもちろん、徹底的に第三のルートを潰している世界です。
リョウはサキを「うらやましい」と思います。彼自身が緑の目になる。すなわち、死者の側へと誘われている。
だから夢は終わり、元の世界に戻ってきたのだと思います。
逆に川守や、最後にかかってきた電話の主はグリーンアイド・モンスターに対抗する者たちなのではないかと。
リョウにかかってきた電話、「歯切れの良い声」という描写があります。
歯切れの良い声と言われているのは実はサキじゃないんですよね。サキは「調子のいい声」。以前と歯切れが違う、と言われているのは、サキの世界のノゾミが姿を現したときなんです。
じゃあこの電話の主誰?
サキ?ツユ?ノゾミ?
やっぱり死者みんな、なのではないかな。
死者たちの、リョウを、生者をねたまない残された部分。ものすごく勢力は小さいけれど。
ツユと名乗ったけど、それはリョウにとってわかりやすかったから言っただけで。だからツユは「わたしたちの……」と「たち」と言ったんじゃないかな。
<で、結局>
つらつら書いてきましたが、でも。
だから?って話なんですよね。
三つ目のルートがどうした?
第三のルートにたぶん、リョウは思い至れない。
至ったとして、それを選べるか……。
こころのどくの効果は抜群。彼はもう十分絶望しているんです。
ただ……リョウは最後のツユからの電話に「待って」と言っています。
「待って」。
もう少し話を聞かせてほしいということかな?
もっと聞く気があったなら、少しは第三のルートを選ぶ可能性があるのかな。
最後に笑ったのは、母からのメールでもう帰らなくていいんだ、と悟ったからかもしれない。わからないなあ。
結局、選ぶのは彼なのです。
サキ(ツユ)は第三のルートを示したとして、それって彼女が生きている世界でもう高校卒業近かったから示せただけなんじゃないかな。
幸いリョウは成績は悪くない。進路を「金沢」以外にすれば、第三のルートを取れる。
でもまだ高校一年生のリョウには……それは。果てしないんじゃないかなあ。
以上、ただのこじつけでした。
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