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アイムソーリー【オンガク猫団コラムvol.37】

ついこないだの昼下がり、オイラは某ファストフード店へ行った。
なんだか休憩をしたくなったのだ。オイラの前に並んでいた、小太りでハゲ頭のおっさんは、小声でバニラシェークのSをオーダーした。体型から邪推するに、ホントはLサイズにしたいのに、遠慮したように見えなくもなかった。少しは、健康に気を遣っているのかもしれない。焼石に水の健康法って、思わずやってしまうことがある。

おっさんは、肩に大きな皮のショルダーバッグをかけ、仕事中なのかインディゴのスーツを着ていた。肌寒い日だったのにおっさんはびっしりと額に汗をかいていて、右手に持ったヨレヨレのフェイスタオルでしきりに顔を拭いていた。オイラはそのおっさんと少し距離をおいて後ろに並んでいた。体臭が匂ってくる気がしてね。というかオイラだって、フルボディれっきとしたおっさんなのだけど、得てして一般的なおっさんは自分のことをおっさんだと認識していないことがある。まあ困ったもんだ。

おっさんのシェークが出来るまで、オイラは店のキッチンをボーっと眺めていた。するとよれよれのゴキブリが激しくびっこをひきながら、秒速1cmで這ってフロアを横断しているのが見えた。ソイツは、もう泥酔したように千鳥足で、深夜害虫対策で一服盛られたのか、余命あと数分も持たないような体だったのだ。ゴキブリの誉れ高い敏捷さと逞しさの欠片もないし、憎まれ者たる益体もない。

そのゴキブリを目撃したときは、発作的に店員にゴキブリがいる旨を進言したくなったが、ゴキブリがあまりにも憐れだったので見逃してやることにした。必死で瀕死のヤツには、なにか底知れない訴求力があった。武士の情けである。というか、最近、武士の情けって言葉を聞かなくなって久しい気がする。頑張れよ。オレも頑張るぜ。ゴキブリのびっこが、なんだか胸を打った。

そういえば、缶詰のゴキブリ混入騒動があったけど、あれはどう収拾つけるんだろうか。自分があの会社の社員だったらどうなんだろうか?などと想像するだけでサブイボが出る。今、世間一般の人は、自分の買った缶詰にゴキブリが入っていたらどうしようと自分のリスクの事ばかり注視しすぎているような気がするが、それはオイラの偏見で杞憂かもしれない。

最近、『淋しいのはアンタだけじゃない』という漫画を読んだ。
以下公式サイトからの本の紹介の一部を転記:【新感覚のドキュメント漫画です。あの佐村河内守氏の騒動の奥、聴覚障害をめぐる知られざる真実に、漫画ならではの、かつてない表現で迫ります】

オイラは突発性難聴の持病があって、聴覚障害の情報にどうしても注目してしまう癖がある。漫画の中になるほどそうなのかあ、と妙に得心することがあった。
―耳が聞こえないひとは、外見からは理解されにくいため平気で声をかけられることがあるという。―

なるほど。心の傷を負った人が、外からでは全く分からないのと同じようだ。心の傷もあのファストフード店のゴキブリみたいに、グロテスクにはっきりと、しかもどこか剽軽に誰の目にも見えるなら社会はもっと温かいものになるかも。まあ、大体、オイラはそういうことがいいたい。

マンション内ではあいさつをしないというルールが話題になっている。なんだかこまったことだ。以下、11/4付神戸新聞夕刊より転記:【住んでるマンションの管理組合理事をやってるんですが、先日の住民総会で、小学生の親御さんから提案されました。「知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください」。子どもにはどの人がマンションの人かどうか判断できない。教育上困ります、とも。すると、年配の方から「あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう」と、意見が一致してしまいました】

世の中が、相当めんどくさいことになってるなあ、と痛感する。やれやれ。。。

そういえば、アメリカには、アイムソーリー法というのがある。
【以下:http://www2.netdoor.com/~takano/english/colloquialism.htmlより。
2001年、カリフォーニア州で「アイム・ソーリー法」と呼ばれる法律が発効しました。交通事故の際、まだ当事者のどちらが原因か分らない時点で、片方が"I'm sorry."(こんなことが起きて残念だ)と云っても、それは自分の方の非を認めた証拠にはならないという趣旨です。これまで、そうした言葉を発すると裁判で不利になるため、どちらも歯を食いしばって"I'm sorry."を避けて来ました。しかし、交通事故訴訟ばかりでなく医療過誤訴訟などにおいても「相手が謝罪してくれるだけでいいのだ」という原告の理由が多いことが明らかになり、潤滑剤としての"I'm sorry."を奨励する意味で「アイム・ソーリー法」が出来たというわけです】

あいさつもごめんなさいも、普通に言える世の中は、贅沢なことなんだろうか。。。今朝、そんなことを考えながら、オイラはワイフと朝の散歩を楽しんでいた。ワイフはポケモンGOに夢中で、朝からテンションが高い。すると突然ワイフは「あーっ!」と悲鳴を上げたのである。驚いて振り返り、「どうしたの?」と訊くと、スマホ対応手袋にムクドリの糞が見事に投下されていた。電線を見上げるとムクドリは涼しい顔をしながら、朝日に向かって何か歌を歌っている。どこ吹く風。謝ろうなんてこれっぽっちも思ってない。鳥は自由だな、と思った。帰り道、通りのゴミ箱に買ったばかりの手袋を捨てたことは言うまでもない。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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