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時間の神様との対話【オンガク猫団コラムvol.26】

会社の中で特にやるべき仕事がなくなった時、持て余した時間をやり過ごさなきゃならないってことがある。ずっと以前に勤めていた会社ではそういうことがしょっちゅうあった。
そんな手持ち無沙汰な時間をやり過ごすことに関しては、オイラは得意なタイプなんだと自負している。そんなの大した自慢ではないが、ということを一応付記しておく。

やることないときは、ホントは読書がベストな選択だと思うのだけど、一見地味に思えて何故か読書ほど目立って、顰蹙をかう時間の潰しかたはないように思うのだ。それじゃあ読書以外で、誰からも見咎められずに時間を潰すには、どんなことが考えられるだろうか。ネット、日記を書く、机周りの整理整頓、資料整理…。けれどもね、丸一日時間を内職的に潰した日は、ぐったりするんだよね。閑職ってのは意外とツラいものがある。

現在の職場でも同じようなことが起きている。どうしてなんだろう。前世の因縁から生じる祟りなのか。それとも社会人1、2年はブラックな会社に挺身し、忙殺的勤務で自分の時間が悪戯に奪われたという過去に由来する因縁なんだろうか。気の毒に思った時間の神様が、帳尻を合わせてくれているのかもしれない? そんな、まさかね。

「アンタさぁ、若いとき苦労しとったからねぇー」
「でも神様、ちょっとやりすぎなんじゃありません?閑職は結構キツイですよ」
「いささかラディカルじゃったかのうー」
「ですねぇ。神様、どうかお手柔らかにお願いします」

何事も程々がよろしいもので、こういつも時間をもて余すのははっきり言って苦痛だし、精神衛生上あまりよろしくない。

時間といえば、少し前、オフクロさんに腕時計を買った。いや正確には買わされたワケだが。時計店で多くの時計を眺めていたら、元々腕時計が好きだったという忘れかけていたパッションが呼び覚まされてしまった。

腕時計といえば、オイラはアパラタスな時計つまり、機械式時計が好きなのである。クォーツに比べたら当然正確さでは劣る。けれども仮に正確無比な腕時計をしたところで、オイラの性格上、5分針を進めてしまうだろうから、日差30秒、いやたとえ1分狂いが生じてもたいした問題じゃなくなるワケだ。機械式時計は、電池もバッテリーも使用しない極めてエコな時計であるし、大事に使えば半永久使えるところも魅力である。

オイラが20代の頃、ゼンマイ式のラケタの時計を買った。ラケタというのは、時計好きの人なら大抵知っているロシアの時計メーカーだ。ソビエト物産展というイベントが都内某所で開催された時、衝動買いをしたのだった。アンチックカーのスピードメーターのような佇まいの文字盤に、一目惚れをしてしてしまったのである。買った当時は嬉しくて、毎日腕にしていたのだけど、傷がつくのが惜しくなって引き出しにしまっておいた。

ある時その引き出しをあけると、お気に入りのラケタは、無残な壊れかたをしたのだ。ガラス製だと思い込んでいた風防が、硬質プラスチック製だったことはおろか、一部が反り返って文字盤から剥離していた。じり貧の時になけなしの金で買った大切な腕時計だったので、ショックは大きかった。そんなことがあって機械式時計のことは考えないように生きてきたのだが、オフクロの時計の一件で機械式時計愛の炎が再燃したのである。

AIがプロ棋士を打ち負かしたり、ITの進化には目を瞠るものがあるが、その反動からかシンプルでエコでアナクロな世界に、どこか心の平穏を求めてしまうことがある。オイラはいてもたってもいられず、ネットショップを物色して安価で形のいい国産の機械式腕時計を買ってしまった。時計の裏側はスケルトン仕様になっていて、小さな歯車がまるで生きているようにカチカチと動くところがキュートでシビレルのだ。

最近その時計を日中ずっと腕にはめている。一日の中で細切れに存在する、時間の有り難さをその時計は教えてくれるような不思議な一時がある。オイラは元々何をするにも億劫なので、多少規律があった方が日々の諸々の効率がアップするような気がするが、まあそんな気がするだけかもしれない。

ところで、ぐうたら主義のオイラには、切羽詰まると自分に言い聞かせる魔法の言葉がある。「明日のことは、明日の自分がやってくれる。だから、今日のことは今日の自分がきっちりやるのだ」と。これはオイラが今まで生きてきた中で、自然に培われた自分の言葉だ。今日偶然にも、新訳聖書のマタイ伝に、同じようなことが書かれていることに気が付いた。

明日のことを思い煩うな。
明日のことは、明日自身が思い煩うであろう。
一日の苦労は、その一日だけで充分である。

なんと哲学的で文学的なんだろう。
ちなみに、ロシアの時計「ラケタ」は、ロケットのことだそうだ。ポンコツのロケットじゃあ、宇宙には行けっこない。オイラの買ったあのラケタの腕時計は、きっとバッタもんだったんだろうな。なんともお茶ラケタお話である。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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