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コモディティ化のほろ苦い事情【オンガク猫団コラムvol.31】

吉野家が現在のPOSシステムを導入する以前の店員は、客が注文した物を全て暗算で対応していたように記憶している。駅のキオスクの店員も、レジで精算するシステム以前は、客が買った商品を瞬時に暗算をして、電光石火の手際の良さで、正確に客に釣り銭を渡していたものだ。接客に向いている資質と、頭の中の計算能力がものをいう技能職だった。彼らの仕事を見るのは楽しいものだったし「こんな芸当とても真似できねえ。オイラには絶対無理だよ」と感心したものだ。また彼らも自分らの仕事に誇りを持っていたんじゃないかなあ。

そんな昭和の時代が過ぎ去って、レジは目まぐるしい進化を遂げ、接客商売には計算能力不要となってしまった……。こういう現象を最近の意識の高い言い方では、ITによるコモディティ化とか言うらしい。「ケッ、何がコモディティ化だよ!」って突っ込みたくなるが、コモディティ化の広がりのスピードの速さにオイラは日々驚愕している。そもそもコモディティ化とは「あなたにしかできなかったことが、誰にでもできてしまう」ということらしい。

つい最近、古い小説を読んでいたら、江戸時代の「地紙売」なる商売を知った。団扇の紙を張り替えるという、のどかな商売があったとか。現代では団扇は夏になると駅前でポケットティシュのようにばらまくように渡されて、後はゴミ箱直行で捨てられる運命だけど、昔は随分と物を大事にしてたんだな、と感慨深いものがある。調べると江戸時代には、現代では失われてしまった幾多の職業があったようで、興味をそそられるので時間があったら掘り下げてみたいなあ、と思っている。

そういえばオイラが子供の頃(昭和40年代)には、羅宇屋という商売がまだ成り立っていて、数ヶ月に一度、わざわざ千葉のド田舎まで行商が来ていたものだった。羅宇屋とは、刻み煙草を吸う煙管の掃除をしてくれる商売である。当時、オイラの近所に親戚の叔父さんの家があって、その叔父さんが時折、刻み煙草を吸っていたのだ。叔父さんは羅宇屋の掃除したての煙管で、旨そうに煙草を吸っていたのを思い出す。あの羅宇屋のおっちゃんは、一体どのタイミングで廃業したんだろうか。そして廃業後には、どんな仕事についたんだろう。ああ、なんだかノスタルジックな気分になってきた。

オイラが以前に在籍していた会社では、電話のクリーニングというのを頼んでいた。最近ではあまに耳にしなくなったが、20年くらい前は、電話のクリーニングを頼む会社は珍しくなかった。電話なんか使う人が各自で拭き取れば済む話だが、わざわざ頼むには理由が2つあったように思う。1つは、会社に体力がまだ残っていて、多少無駄なことに金を使っても問題にならかったこと。あと1つは、仕事を欲しがる人に抵抗なく応じてしまう、人情味溢れる太っ腹な経営者が多かったからだ、とオイラは回想する。要するに今より財布の紐が緩かった。

腰の曲がりかけたその辺にいそうな普通の婆ちゃんらが2・3人で、月1回くらいのペースで会社にやってくる。「失礼します、電話のクリーニングにやってきました」とか言って愛想だけはいい。婆ちゃんたちは、仕事で使うデスクの全ての電話をシリコンの雑巾で丁寧に拭いて回るのだ。受話器のカールコードの汚れを液体の中性洗剤で落とし、コードの捩れを元通りにする。仕上げに受話器の通話部分に、ほんのりといい香りのする「匂いシール」ーそれがまたなんとも昭和チックな匂いなのだけどーを貼り付ければ作業は終わりである。電話一台につき5分もかからない。

普通に考えて、婆ちゃんたちはクリーニング会社にピンハネされているわけで、傍観者目線ではどこか割りきれない部分もあるが、小遣い程度の稼ぎになったのだろうか。その辺りの事情は分からないが、婆ちゃんたちは生き生きと仕事をしていたように思う。現在、どこの会社でも無駄を嫌ったり、コスト削減に血道を上げている。今、このご時世に電話のクリーニングを頼む会社がどれだけあるんだろうか。

昨今のコモディティ化の反動なのか、最近じわじわとクラフトブームが起きている。ロハスとかスローフードの延長線上の出来事なのかもしれないが、クラフトビール、クラフトチョコレート、minne(ミンネ)を始めとする手作り作品の通販等、他にも沢山あるようだ。コモディティ化のベクトルに抵抗する手仕事の復権というか、草の根ラッダイト運動なのかもしれない。ただ皮肉なことに、せっかくの手仕事なのに、情報収集はネットがメインのようで結局盗作や盗用が横行しているらしい。つまり、コモディティ化に喧嘩を売っておきながら、その実、コモディティ化に毒されているという格好悪い現象が起きている。

週刊現代によると、世界のトップ62人の大富豪が、全人類の下位半分、すなわち36億人と同額の資産を持っているらしい。このまま格差が拡大し続けると、すでに地位を得た富裕層だけが世の中のルールを作るようになっちゃうとか。これ考え出すと、なんだかやりきれない気分になってくる……。近々、気分転換にDANDELION CHOCOLATEに行きたいなあ。まだ混んでいるのかなあ。ほろ苦いクラフトチョコレート、一度食べてみたい。

オンガク猫団(挿絵:髙田 ナッツ)

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