新しい世界の資源地図  エネルギー・気候変動・国家の衝突

ダニエル・ヤーギン Daniel Yergin

原油価格はなぜ激しく変動するのか? 米中関係はどうなるのか? 地政学とエネルギー分野の劇的な変化によって、どのような新しい世界地図が形作られようとしているのか? 地政学リスクから第一人者が読み解く『ウォール・ストリート・ジャーナル』ベストセラー(アマゾン紹介文より)

目次
第1部 米国の新しい地図
第2部 ロシアの地図
第3部 中国の地図
第4部 中東の地図
第5部 自動車の地図
第6部 気候の地図


著者等紹介
ヤーギン,ダニエル[ヤーギン,ダニエル] [Yergin,Daniel]
「米国で最も影響力のあるエネルギー問題の専門家」(『ニューヨーク・タイムズ』紙)、「エネルギーとその影響に関する研究の第一人者」(『フォーチュン』誌)と評される。ピューリッツァー賞受賞者。ベストセラー著者。世界的な情報調査会社、IHSマークイットの副会長を務める

紀伊國屋ウェブの著者紹介より

※下記は「第6部 気候の地図」からの引用

「競合」と題されたIHSマークイットの未来のシナリオでは、現在約14億台である世界の自動車の保有台数は、2050年までに30億台を突破すると予測されている。その20億台のうち、およそ3分の1に当たる6億1000万台が電気自動車だ。自動車はすぐに買い換えられる商品ではない。総保有台数に占める新車の販売台数は年間6~7%ほどでしかない。保有台数の大半は100年以上前に購入された車で占められている。米国の車の平均使用年数は11.8年だ。ただし電気自動車の販売台数がエンジン車の販売台数に並ぶ。このシナリオでは、2050年までに、新車の販売台数の5%が電気自動車で占められるようになると予測されている。

これはかなりの変化だが、それほど極端な予測というわけではない。もっと急速な変化の予測もある。2020年の経済停止による経済的な苦境や失業を考えると、規制当局は、電気自動車への移行を促進している厳しい炭素の排出規制を緩和するかもしれない。実際、石油で走る車の数は2050年になっても、世界全体では今とほとんど同じだろう。しかし燃費は向上する。人々がガソリン車で走る距離は増えても、走行1マイル当たりのガソリンの消費量は減る。これは結果として、ガソリン車からの切り替えを進めようという気持ちを弱めることになるかもしれない。オートテック界隈の大胆なシナリオでは、気候対策のための厳格な規制や大規模な刺激策によって、車の数や種類はもっと急速に変化すると予測されている。

「電気自動車は石油時代の終わりを意味しない」という見方をしているのは、国際エネルギー機関の事務局長ファティ・ビロルだ。たとえ世界で販売される車が今後すべて電気自動車に切り替わったとしても、石油の需要は伸びるだろうと、ビロルは言う。乗用車とライトトラック(SUVやピックアップトラック)による石油需要は、前に述べたように、世界の石油需要の35%を占める。乗用車だけで約20%だ。運輸部門ではそのほかに、大型トラック、船舶、鉄道、航空機によって石油が消費されている。民間の旅客機の数は、機体の燃費の向上が進む一方で、2040年までに倍増するとコロナ前に予測されていた。昨今の航空旅客数の伸びの鈍化を受け、これは数年あとにずれ込むかもしれない。しかし需要はやがて戻るだろう。世界の人々の90%以上はまだ航空機を一度も利用したことがない。「飛び恥」が人口1,000万人のスウェーデンで社会の風潮になるかもしれないが、人口1億人の中国では、新しい空港が年間8つ建設されている。難題の1つは、量の少ないバイオ燃料以外に、いかにジェット燃料の代替燃料を見つけるかだ。また、たとえいい燃料が見つかったとしても、既存の航空機の耐用年数や、新しい航空機の設計から就航(認可も得なくてはいけない)までに要する時間を考えると、排出量に実際に変化が出るまでには相当の時間がかかる。大型トラックは、その重量ゆえ、幹線道路を疾駆するには石油のエネルギー密度を必要とする。ただし、中国では大型トラックにLNGも使われ始めている。

石油と天然ガスは燃料に使われるだけでなく、化学製品やプラスチックの原料にもなる。近年、プラスチックのストローや使い捨てのビニール袋の利用を制限しようという動きが広まっている。背景にはおもに、海洋汚染や、砂浜に打ち上げられるプラスチックごみの問題がある。ワシントンDCでは、禁じられたプラスチックストローの利用を続けているレストランは、「ストロー警察」に見つかると罰金切符を切られる。使い捨てのプラスチックをリサイクル可能なものに切り替えていこうというのが、最近の流れだ。これは古くなった製品をごみ箱に捨てず、再使用したり、再生利用したり、あるいは作り直したりする「循環型経済」(サーキュラー・エコノミー)の一環と見なされている。しかしプラスチックごみの問題は、さほど先進国の問題とは言えない。海洋ごみのうち、米国から出されたものは1%にも満たない。河川由来の海洋プラスチックごみのおよそ90%は、ごみの投棄が横行しているアジアとアフリカの10の河川から流れ込んだものだ。それらの河川でごみの投棄がきちんと取り締まられれば、海洋ごみの問題は劇的に改善するだろう。ビニール袋やストローは日常生活の中で一番目にしやすいプラスチックかもしれないが、プラスチックの総量の中では2%弱しか占めていない。加えてコロナ危機で、衛生面では使い捨てのビニール袋のほうが、繰り返し使われる布製の買い物袋より望ましいことが知れ渡った。

プラスチックはどこでも手に入り、なおかつ汎用性が高いことから、現代世界はプラスチックでできていると言えるほど、ありとあらゆる場面で使われている。航空機の軽量化(ひいては燃費の向上)や電気自動車の製造にも、自動車のダッシュボードにも、フロントガラスやレンズの安全ガラスにも、防弾チョッキにも、カーペットや家庭用品やストッキングや衣服や靴にも、食品のパッケージ(ヨーグルトの容器など)や食品の保存(ひいては食中毒の防止)にも使われている。錆びる金属管の代わりに送水管にも用いられれば、太陽光パネルや、風力発電のタワーとブレードや、携帯電話の筐体にも利用されている。
医療制度にもプラスチックは組み込まれている。米公衆衛生誌『アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリックヘルス』が言うように、「石油化学製品が現代の医療には欠かせない」。「プラスチックが現代医療の衛生管理の根幹をなしている」。病院の手術室を思い浮かべてほしい。そこには手袋から、チューブ、点滴の袋、計器、心臓疾患の患者にステントを挿入する器具まで、プラスチック製品がずらりと並んでいる。それだけではない。「薬や試薬[の9%]は石油由来の原料でできている」。新型コロナウイルスの大流行の象徴になったN95マスクも、石油化学製品だ。

石油化学製品の需要はGDPの成長を上回る速さで伸びている。その速さはときにGDPの成長の2倍にもなる。これはつまり、この部門の需要の伸びによって、ほかの部門の石油需要の鈍化が相殺されるということだ。

では、石油需要はいつピークに達するのか。IHSマークイットの「競争」のシナリオでは、2030年代半ばと予測されている。政府の積極的な政策や、電気自動車への移行の加速、2020年のコロナ危機による経済的な打撃によって、ピークはもっと早まるだろうという見方もある。現実の答えがどうなるかは、国や自治体がどういう規制や刺激策を実施するかから始まって、経済成長、鉱物資源の供給量、自動運転車関連の法的責任と自動運転車を制御するサイバーシステムの安全性、ミレニアル世代の価値観と生活スタイル、ソーシャルメディア、航空旅客数、石油化学製品の増加、地政学的な紛争、社会の不安定化、新しいスタートアップの登場、科学や技術の飛躍的な進歩などまで、さまざまな要因がどう絡み合うかに左右されるだろう。また、コロナ危機をきっかけに通勤や移動の仕方に長期的な変化が起ころうとしていることも無視できないだろう。要するに、数多くの要因が関係するということだ。需要の「ピーク」のあとには「急落」が続くのだろうか。おそらくこれは緩やかな下り坂をたどるという公算が高い。数字で言えば、コロナ前に1億バレルだった消費量は、2050年に1億1300万バレル前後になると予測されている。これは決して石油の終焉とは言えない。思い切った気候政策が実施された場合でも、2050年の石油の消費量は日量6000万~8000万バレルまでにしか下がらないと予測されている。

(※文中強調は引用者)

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