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140字小説

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【駅】
出会いと別れが交錯する場所のこと。
ホームで一人佇む。電車は数分前に行ってしまい、僕以外に人気はない。電車が走り去った先を眺めて溜め息を吐く。結局最後まで言えなかった。静かに後悔が募っていく。
「    」
漸く口から溢れた伝えられなかった言葉は空気に溶けて消えていった。

【海】
広くて深くて大きくて果てが見えないもののこと。
波打ち際で彼女が遊んでいる。靴を脱いで素足を水に晒していた。ボンヤリ眺めていると太陽が水面で乱反射する。一瞬、彼女の姿が見えなくなって背筋が冷たくなった。
海よ、どうかまだ彼女を連れていかないで。僕には祈るしか出来なかった。

【石】
道端に転がっている歪な形をしたもの。
蹴飛ばすと軽い音をたててコンクリートの上を転がっていく。後を追いかけて、また蹴飛ばす。車道に出ないように気を付けて繰り返し蹴りながら帰宅する。
昨日までは彼女も一緒だったのに。今は僕一人だ。
「さびしいな」
溜め息を吐いて石を蹴った。

【青】
色鉛筆で一番初めに短くなる色のこと。
全部同じように使っているはずなのに何でだろう、と持つのもやっとこになった青色鉛筆を眺める。ふと浮かんだ彼の姿に苦笑した。そうだ、彼だ。彼が青の似合う人だから。彼を描くと背景を青く塗りたくなる。だからこれは視界を占拠する彼のせいなんだ。

雨が降ったり止んだりを繰り返している。これでは外に洗濯物を干せないではないか。灰色の雲と隙間から射し込む太陽を見上げ、溜め息を吐く。睨み付けたところで天気が安定する訳でもない。諦めて中に干し、天気の機嫌がいいうちに買い物に出かけることにした。
「もう少しもってください、なんてね」

スカートを翻して彼女は駆けていく。振り返ると廊下の角を曲がっていく彼女の後ろ姿が見えた。元気だなと思っていると角から彼女が顔を出した。首を傾げていると少し間を置いて小さく手を振って勢いよく引っ込む、という小動物みたいなことをしてくれたのだ。
「可愛い」と口に出た僕は悪くないはず。

夕焼けが綺麗だった。スマホを取り出し、カメラを起動する。少し考えてカメラを閉じ、代わりに電話帳を開く。履歴の一番上にあった君の名前をタップして発信する。数回呼び出し音が鳴った後、怪訝そうな君の声が聞こえた。くすりと笑って僕は改めて空に視線を向け手を呟いた。
「ねえ、空が綺麗だよ」

風が頬を撫でた。秋の気配を乗せて来た風は優しい。目を細め、眼下に広がる景色を眺めた。橙に染まる町並みは見慣れたはずなのに別世界みたいに見えて新鮮だった。
有線では童謡が流れている。五時をまわった合図だ。友人に手を振り「また明日」と散り散りに帰宅する様が目に浮かび、小さく微笑んだ。

バケツをひっくり返したような雨が降っている。絶え間ない雨音の激しさに溜め息がこぼれた。折角の休日。やりたいことは沢山あったが、この雨では何も出来ない。
「予定狂っちゃったな」
文句を言った所でどうにもならない。諦めて動かずに出来ることをしよう。手始めに、とゲーム機に手を伸ばした。

ふわりとカーテンが舞い上がる。半分程開けられた窓の隙間から入り込む風は水分を含んでいた。雨が降るのも時間の問題だろう。頬杖をついて空を見上げる。
今日は授業が終わったらさっさと帰ろう。不幸にも傘を忘れてしまったから。
早く授業終わらないかな。溜め息を飲み込み、視線を黒板に戻した。

電車の揺れが心地よい。混雑する時間帯を避けているお陰で車内は空いている。座席に腰掛け何をするわけでもなく、 流れ行く景色を眺めていた。
やがて目的の駅への到着を告げるアナウンスが流れた。ゆっくり意識を現実に引き戻して立ち上がり、電車を降りる。
この後、慌ただしい一日が始まるのだ。

隣の教室から彼女が出てきた。涼しい顔をしながら内心でガッツポーズをする。声をかけると顔があがった。長い黒髪がさらりと揺れる。
「かわいいなぁ」
「え?」
心の声が漏れてしまったらしい。彼女が首を傾げている。
ああ、この後の一言が僕と彼女の関係を変えるんだな、と頭をフル回転させた。

友達と談笑しながら彼が階段を昇ってくる。一番上の段にいた私と目があった。それだけでも嬉しかったのに、彼は笑顔で小さく手を振ってくれた。
(そういうところが好きなんだ)
にやけそうなのを必死に押さえながら手を振り返す。横にいた彼の友達が怪訝そうな顔をしていたが、知ったことではない。

“今日はバイトなので帰りは九時過ぎになりそうです。夕ご飯は冷蔵庫に入っています。では気を付けて行ってらっしゃい”
ホワイトボードに書かれた彼女からのメッセージ。文字だけのシンプルで味気のないものだが、僕のやる気を出すには十分だった。
「行ってきます」
今日も良い一日になりそうだ。