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すぐ使えて、すぐ心理的安全性が高まるフレーズ集『心理的安全性をつくる言葉55』

『心理的安全性をつくる言葉55』という本の原稿をレビューしたのだけど、自信を持ってお薦めできる良書だったので紹介する。

この本には、心理的安全性を高めるセリフが55個書かれている。
そのセリフを言うだけで、チームの心理的安全性が高まり、気持ちよく仕事ができるようになり、人間関係がよくなり、チーム全体の生産性が上がる、という、なんとも都合の良い本である。(※1)
「お経を唱えるだけで誰でも極楽浄土に行ける」という、なんとも都合のいい教えが昔流行ったことを思い出した方も多いと思う。
あれによって仏教が日本に普及したように、この都合の良さによって、心理的安全性が日本に普及するかも知れない。
歴史を見ていると、革命を起こすのは、小難しい理論よりも、「お手軽なのに御利益の大きいシンプルなツール」の方だったりするのは、よくあることだ。

「いや、心理的安全性を理解しないまま、口だけ心理的安全なセリフを言っても、心理的安全性は実現できない」
と思う方も多いと思う。
しかし、物事には優先順位というものがある。
以前もツイートしたが、学習は、以下の優先順位でやるとうまくいくことが多い。

心理的安全性も、これと同じ。
最初の2つ、「好きになる」と「感覚をつかむ」をやるのに、この本はうってつけだ。

この本は、いわば、心理的安全性のレシピ集だ。
料理をろくにやったことがない人が料理を体系的に学ぶ本を読んでも、なかなか頭に入らない。
それよりも、まずはシンプルなレシピを見ながらその通りに料理を作ってみて、「簡単に旨い料理が出来たぞ!」という体験をすれば、料理が好きになるきっかけとなりやすい。

何度もやってるうちに料理が好きになれば、ステージ1(好きになる)をクリアである。

好きになれば、いろんな料理を作ってみる気になりやすい。
そしていろいろ料理を作っているうちに、「料理をする」ということが、感覚的に分かってきたりする。
ステージ2(感覚をつかむ)をクリアである。

料理を体系的に学ぶのは、その後のステージなのだ。

ただし、この本のレシピには、心理的安全性の概念を全く理解していないと実行できないものもある。
たとえば、会議の冒頭で、その会議のリーダーが「この場の心理的安全性は私が担保します」と宣言する、というレシピがある。
ようは、この場では、問題をさらけだしても叱責されることはないし、責任を追及されることもない。気になっている問題、言っておいた方がいい問題を指摘しても険悪なムードになったりはしないので、気軽にどんどん言い合える。変なことを言ってもバカにされたり、あざ笑われたり、否定されたりすることはないので、安心して自分のアイデア・提案・企画を言うことができる。それを、その会議のリーダーが責任を持って保証する、という宣言をするのである。
田中角栄が総理大臣に就任して、最初に官僚を集めた場で行ったスピーチを彷彿とさせるかっこいい宣言だ。

(wikipediaより引用)

……今日ただ今から、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言ってほしい。上司の許可を取る必要はありません。できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上!

この、「この場の心理的安全性は私が担保します」というのは、メンバー全員が心理的安全性の概念を全く理解できていないと、意味のない宣言だ。
そこで、この本では、最初の数ページで、心理的安全性について最低限理解しておくべきことを簡潔にまとめてある。
逆に言うと、「心理的安全性は、最初は、この程度の簡単な理解だけで始めてしまってよい物だ」というのが、この本のスタンスだ。
心理的安全性を実践する敷居を極限まで下げてあるのである。

あと、レシピによって、それぞれ前提となる理論体系がある。
その理論体系をある程度理解しておいた方が、ちゃんとレシピどおりの料理ができやすいし、応用も効く。
そういうレシピに関しては、コラムという形で、背景となる理論を解説してある。
たとえば、「いろいろありがとう」と言うより「○○してくれてありがとう」と言った方がいい、というレシピがある。
ようは、ありがとうには、理由を具体的に言い添えた方が、威力がはるかに大きいということ。
実際、理由付きでお礼を伝えられた人は、次回もより理想的な行動を取る確率が上がる。
この「確率」という言葉でピンと来た人もいると思うが、このレシピの背後には、行動分析学の知見がある。
なので、そのレシピの直前に「『きっかけ言葉』と『おかえし言葉』」というコラムがある。
この本には、こういうコラムが必要に応じて挿入されていて、レシピをちゃんと実行するのに必要な最低限の体系的知識も得られるようになっている。

実は、この本の背後には、けっこうサイエンス由来の知見があるのだけど、それによって人間の行動変容を促す手法を説明する本には、以下の2つの問題点がある。

(1)話が小難しくなる。
(2)「人を操る」ような、不遜で、嫌な感じがある。

たとえば、先ほどのコラムで、行動分析学の概念をそのまま説明すると、この2つの問題が生じやすい。

この(1)の「小難しくなる」はわかりやすいけど、(2)の「不遜」はわかりにくいので、説明する。

チームの心理的安全性を高めるには、チーム全員の行動が変わらなければならない。
だから、「みんなで自発的に行動を変えましょう」って話なんだけど、現実には、それだけでは十分な行動変容がなかなか起きなかったりする。
そこで、この本のレシピでは、「行動分析学の知見を使って、人々の無意識に働きかけて行動変容を促す」というやり方のものが混じってる。昔のコカ・コーラみたいに、ちょっとだけ麻薬が入ったレシピなんだ。
しかし、「他人に無意識に働きかけられて、自分の行動を変えられる」って、あんまり気分良くないと感じる人もいたりする。なんか、他人の手のひらの上で踊らされてるみたいじゃないですか。
そこで、先程のコラムでは、行動分析学の用語をそのまま使うのではなく、『きっかけ言葉』と『おかえし言葉』というように、人間に対する敬意を十分に保った言い方に変えて説明してあることで、人々が受け入れられやすいようにしている。

そういうわけで、この本は、サイエンスの知見を使いながらも、サイエンスの部分を上手く隠して、人間に対する敬意を損なわないように気を遣って書いてある。
科学的知見を広く一般に活用してもらうには、こういう気遣いが欠かせない。

僕がこの本を推すのは大体こんな理由。

実際、この本が何百万部も売れて、このレシピ集が日本中の職場に行き渡れば、日本の職場環境はけっこう良くなると思うし、国民全体の幸福度も上がると思うし、田中角栄の時代とまではいかないが、国全体の生産性も、それなりに上がるんじゃないかと思ってる。
これは、それぐらいのポテンシャルを秘めた本だと思う。


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※この記事は、文章力クラブのみなさんにレビューしていただき、ご指摘・改良案・アイデア等を取り込んで書かれたものです。

※この記事で紹介した本の原稿も、文章力クラブでレビューされました。



※1  本書には、「もちろん「言葉を呪文のようにただ唱えれば、どんな組織やチームでもよくなる」などと、荒唐無稽なことを主張するつもりはありません。相手をよく観察して、相手の状況に合わせて、適切な声のトーンと伝え方で、はじめて言葉は伝わります。だからこそ、この『心理的安全性をつくる言葉55』は、実践と学習の書として使っていただきたいのです。」と書いてあるが、現実には、たいていの人は、本書のセリフを現場で実際に使ってみると、「相手を観察し、相手の状況に合わせて、適切な声のトーンと伝え方で、伝える」ということは、多かれ少なかれ自然とやるものなので、「細かいことは考えずに、とにかく本書のセリフを使えば、多かれ少なかれ心理的安全性は高まる」と言って差支えないと思う。もちろん、意識的にそれをやった方が効果が大きくなるのは、言うまでもない。


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