たとえ、「ヤダ」も「イヤ」も「やめて」もいわなくても。
#20240127-348
2024年1月27日(土)
習い事で同じクラスの子どもたちが5人、ロングシートに並んで座った。
帰りの電車でのことだ。
日はとうに暮れ、窓ガラスには子どもたちの後頭部が映っている。電線に身を寄せてとまるスズメの姿が重なる。
ノコ(娘小4)はロングシートの端から2番目だ。
一番端に座っている3年生の女子の肩に頭をのせ、その子の手にあるスマートフォンの画面にぼんやり視線を落としている。動画好きのノコは前のめりになって他人のスマホ画面を覗きこむことがあるが、今はそうではない。甘えたいらしい。
「重い」
〇〇ちゃんが肩を揺らして、ノコの頭をのけようとした。
ノコは一瞬頭を浮かせたが、またすぐ頭を〇〇ちゃんの肩に置いた。
「重いってば」
先ほどより少し強めの口調で〇〇ちゃんがいった。〇〇ちゃんは顔をしかめて、肩でノコの体を押した。
「ノコさん、〇〇ちゃんが嫌がっているよ」
ノコがギロリと私を睨んだ。
「あっちの端っこに行けばいいじゃん」
〇〇ちゃんが斜め向かいの空いているロングシートを見ていった。この車両は最近増えてきたタイプで、ロングシートの端は手すりではなく、大き目の仕切り板になっている。〇〇ちゃんはその仕切り板に寄りかかることをノコにすすめている。
ノコは〇〇ちゃんと私の顔を交互に不機嫌な目付きで見やると、席を立ち、斜め向かいのロングシートの端へ移動した。
〇〇ちゃんはノコにそういったものの、悪いと思ったのだろうか。
「ノコちゃんがひとりになっちゃう」
そういうと、慌ててノコの隣へ移り、ほかの子どもたちにも声を掛けた。
「ノコちゃんがひとりになっちゃうから」
ほかの3人は、2人のやりとりを気にしていなかったが、呼ばれたため素直に席を立った。スズメの列がパッとほかの電線へ移った具合だ。
ノコはそれに対していい顔をせず、頭をぐいぐいと仕切り板に押し付けていた。
隣に座った〇〇ちゃんに少しでも触れてたまるかという顔付きで仕切り板に身体を寄せている。
口をへの字にゆがめ、腕を組み、絶対に子どもたちのほうを見ないよう、あらぬ方向を睨んでいる。
私たちの下車駅は次だ。
ノコはハリネズミのように針を立てたまま電車を降りた。
〇〇ちゃんに甘えたかったのを無下にされ、淋しさのあまりに怒っているのはわかる。ノコの気持ちをないがしろにするわけではないが、〇〇ちゃんは肩に頭をのせられることを拒んでいた。
「人が嫌がっていることをしてはいけないよ」
駅のホームにノコは仁王立ちになった。
「ヤダっていってないし!」
「重いっていってたよね。頭をどけてほしそうだったでしょ」
「ヤダもイヤもやめてもいってないし!」
確かに、〇〇ちゃんは「ヤダ」も「イヤ」も「やめて」もいっていない。
でも、明らかに肩にのせられたノコの頭に不快感を抱いていた。
「そうだね。いってないね。でも、重いって二回もいったし、ノコさんの頭をどけようとしたよね。嫌でなかったら、しないことだよね」
ノコが荒々しくため息をついた。
「どうせ、みんな私のことなんて好きじゃないし! どうせ、みんなから嫌われてるし! もう一生寄りかからないから!」
こうなったノコはどんな言葉にも怒りをぶつけ、道理が通らない。
「そんなこと、誰もいっていないよ。ほら、もう遅いから帰ろう」
「ママだって、私にいいたいことがあるんなら、そんな怒った顔しないでいえばいいじゃん!」
駅の階段を下りはじめた私に向かってノコが叫んだ。
「別に怒ってない。早く帰ってご飯食べて、お風呂入って、寝ないとな、と思っているだけ」
「怒ってるし! さっきからいうこと全部キツイじゃん!」
急いで帰りたいのはやまやまだが、苛立ってはいない。
今のノコには何をいっても無駄だという諦めはある。
ノコは私が「怒っている」ということを認めないことにも納得がいかないのだろう。
「私のこと、嫌なら嫌っていえばいいじゃん!」
このハリネズミはどうすれば針を立てている体の筋肉をゆるめるのだろう。
「ママも、誰も、ノコさんのこと嫌いなんていってないよ」
私は静かにそういうと、改札に向かって階段をおりはじめた。
ノコが慌てて、私を追い越していく。
少しだけ針が寝たように見える。
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