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『第二ボタン』 A面とB面

第二ボタン A面

俺が生涯で一番嬉しかったことは中学生の頃好きな松田に第二ボタンをあげたこと。
あれって結構、男子の中では卒業式1ヶ月前くらいからソワソワしてたんだよ。
隣のクラスの女子と付き合ってる健二みたいに彼女がいる奴なんてなかなかいないからさ。彼女いない俺たちは卒業式に誰かにくださいとか言われるのかなーって女子のいないところで喋ったりしてたの。

もし誰かが俺のボタン欲しいって言ってきてもあげたい子がいるからって断る台詞も用意して、でも自分からあげるのもなんか尺だなとか。
っていうかクラスが松田とは1組と7組で離れてて遠いのに第二ボタンをあげるチャンスなんて普通にないよなって思ってたんだよ。

卒業式が終わって、校庭で部活のみんなで写真撮ってたら「向井!!」って後ろから声かけられたんだ。振り返ったら松田結衣と友達の池崎沙紀がいて二人で卒アルにメッセージ書いて欲しいって話しかけてきた。

1,2年二人とは同じクラスだったから「え、いいよー」って普通を装って言ってたけど内心すげー嬉しくて卒アルに全然似てない松田の似顔絵とか書いちゃったら松田に「えーこれ私?なんかすっごいブスなんだけど!!」って肩叩かれて「ごめんごめん」とか言いながら肩叩かれたんだけどってすげー嬉しくて。

卒アル書き終わった後にどうにか第二ボタン渡したくて、でも友達もたくさん近くにいるしみんなの前でそんなことできる勇気もなかったら「みんなで写真撮ろうよ」って言って大勢の奴ら巻き込んで親のカメラで松田とかみんなで写真を撮った。

その後、松田と池崎が二人でコソコソ話して出して「向井の第二ボタン人気ないならもらってあげてもいいよ」って急に松田が言い出した時はびっくりしたよ。

本当は嬉しくてどうしようもないのに「は?まだもらわれてないけだけで人気ないわけじゃねーよ」って強い口調で言ってみたけど二人はゲラゲラ笑ってた。

しまいには池崎が「いいから第二ボタンこっちに渡しなさいよ!!ないほうがモテる男っぽいよ?」と言ってきたから、池崎のナイスパスに上手く乗って「しょーがねーな、わかったよ。

別に俺ボタンとか興味ないし」と言って勢いよく第二ボタンを学ランからぶち取って松田に乱暴に差し出した。

池崎はニヤニヤして松田に目配せをしている。

「じゃあもらってあげる」って笑いながら松田は受け取ると二人で「向井、またねー!!」と言って飛ぶように校庭を走り去っていった。

あの時の松田すっごい可愛かったし第二ボタンあげられてすげーラッキーだったな。
結局、第二ボタンなかったのクラスで俺と健二だけみたいだった。

それが俺の生涯で一番嬉しかったこと。



第二ボタン B面

制服を着た子たちが胸元にピンクの造花のブローチをして、リボンに結ばれた一本のガーベラの花を持ち、おしゃべりをしながら下校している。

今日は卒業式だったのかな。

この季節になるとあの日のことを思い出す。
中学1,2年まで同じクラスだった向井のことがずっと好きだった。

3年でクラスが離れてから廊下や下駄箱でたまたま会った時に喋るくらいになったけど、それでも話せばいつも冗談とか言い合ったりしていつも楽しかった。

受験が終わると向井は私立の男子校が決まってて、私も部活のために進学した高校に行くことになったから、その時は付き合いたいとかそんな欲もなくてただちゃんと中学校生活の恋を笑顔で終わらせたかった感じ。

卒業式1ヶ月前から沙紀と相談をして、どうやったら向井の第二ボタンを手に入れられるかの作戦を練った。学校の休み時間、帰り道の公園、休みの日にはマックで。

真面目に言って笑われたり断られたりするのが一番辛いよねって話になって、これは勢いで行くのがいいんじゃないかって話になり最後に校庭でみんながワイワイやってる時にノリに任せて行こうってことになった。

第二ボタンもらえた時はすっごい嬉しかった。しばらくお守りみたいにバックの中に入れてたな。

20年経った今でもちゃんとボタン持ってるよ。
高校も違って会うこともなくなったけど、19歳のときたまたま地元の駅前でバイクに乗って信号待ちしてる向井見つけて(今思えば、ヘルメットかぶってるのに分かる私すごいよね)声かけて立ち話したよね。

「バイクの免許とったんだよ。上手くなったら松田のこと乗せてやるな。」
そう言ってくれたよね。

あの約束からかなり時間経っているけどまだ果たされてないよ。
バイクの後ろ乗せてどこでも連れてってくれるって言ったんじゃん。
何、勝手に先に死んじゃってんのよ。しかもバイク事故で。

次会った時は目を閉じてる向井だったのすごい嫌だった。
いつもふざけてばかりいた向井が静かに黙って眠っている。

黒い服を着た沙紀は黙ってる向井にいつもみたいに話しかけた。
「向井〜結衣との約束、忘れてないでしょうね!!向井!!起きてよ」
沙紀は気丈に振る舞っているように見えたけど唇が震えていた。

斎場の中には向井の子供の頃から最近までの写真がいくつも飾られていたね。
その中に中学の卒業式に校庭で撮ったあの写真があった。
この写真、焼き増しして向井が送ってくれた奴だ。ちゃんと持ってたんだね。

私だけ生きておばちゃんになって、向井はあの頃のカッコいい向井のままでいるのはなんかずるいなぁ。
あの時、「バイクの運転気をつけてよ」とか言えたらよかったのかな。

この季節になると思い出すよ。

きみの短い人生の中で生涯で一番嬉しかったことってなんだったんだろう。

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