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国家公務員採用総合職試験 法律区分専門試験 行政法


問 題

次の事例について、以下の設問(1)~(3)について答えよ。

[事例]

A県に所在する一石沼は、冬場に多数の渡り鳥が飛来することで有名で、数年前にラムサール条約(注)登録湿地になった。地元では、渡り鳥の飛来地としてこの沼を将来世代に残そうと考えた有志が「一石沼を守る会」を結成し、ゴミ拾い、アクセス路の管理、観察会の実施等の活動を行っている。最近、同会は、特定非営利活動促進法に基づきA県知事の認証を受けて、NPO法人となった。その定款の第1条には、「本会は、一石沼を渡り鳥の飛来地として将来世代に残すために、沼の生態系について調査研究を行い、得られた知識の普及啓発に努め、生態系の破壊につながるような行為を極力防止することを目的とする。」と記されている。
ところが、最近、この沼のすぐ近くで温泉開発を使用とするBが現れた。Bは、既に色々下調べをして土地を購入し、先頃、温泉法第3条第1項に規定された掘削許可の申請をA県知事に対して行った。
その頃、A県の担当部局では、課長P、課員Q及び課員Rの間で次のような会話が繰り広げられていた。
P「やっかいな案件が舞い込んだな。」
Q「一石沼はラムサール条約の登録湿地ですから、何としてもこれを守らねばなりません。」
P「本件で掘削を認めると一石沼にどういう影響が出るのかね。」
Q「掘削予定地は沼のすぐ近くで、排水は沼に直接なされる計画になっています。熱をもった水が流れ込めば、そこに生息するプランクトンの種類に変化が出る可能性があります。」
P「しかし、それで渡り鳥が来なくなるというわけでもあるまい。
Q「県立大にH教授という先生がおられて、一石沼を守る会のメンバーでもあるのですが、その先生にこの間伺ったところでは、沼に排出される水の成分には問題はないものの、水の熱が問題なのだそうです。沼の水温が上がってプランクトンの種に交代が起こり、生態系全体が変化して渡り鳥が採餌できなくなる可能性もあるそうです。東京のI大学のK教授もその説を支持しておられるそうです。
何でもK教授は湖沼生態学の世界的権威だそうで、A県知事が許可を出すようなことがあれば国際世論に訴えると息巻いておられると聞きました。
P「そんなことを言われても、我々は法治国家の公務員だ。法律上できないことはできないと言うしかない。本件の掘削を認めると、他の温泉の湧出量、温度、成分に影響が及ぶのかい。(机上の六法を指しながら)ほら、温泉法4条1項1号の要件のことを聞いているんだよ。」
Q「いや、それは心配ないと思います。もともとこのあたりは温泉地じゃありません。最近の技術進歩で大深度掘削ができるようになったので、こんな所でも掘ってみようという人間が出てきたのです。」
P「それじゃあ、君は、『一石沼の生態系を維持し、渡り鳥の生息環境の保全を図る上で支障があるため』という理由で4条1項3号で不許可にできると考えているのか。それは、(ア)法律の目的に照らすとちょっと苦しいんじゃないかい。」。
Q「私はできれば不許可にした方がいいと思っています。(イ)一石沼を守る会の人達は、Bの掘削をやめさせるために行政訴訟を起こすと叫んでいますから。それで4条1項3号で不許可にできるのではないかと考えたのですが・・・。
R「今のやり取りを聞いていて思ったのですが、(ウ)生態系に悪影響を及ぼさないよう排水方法に工夫することを条件として許可してはどうでしょうか。

(注)ラムサール条約:正式名称は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」である。特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地及びそこに生息・生育する動植物の保全を促し、湿地の適正な利用(賢明な利用)を進めることを目的としている。

[設問]

(1) 下線部(ア)でPが「ちょっと苦しい」と感じる理由を考えよ。
(2) 下線部(イ)に関して次の小問に答えなさい。
① 掘削許可に関して、誰を相手にどのような類型の抗告訴訟を提起すること
が考えられるか。それに対応する仮の救済も答えよ。担当部局で議論がなされている現時点から、掘削許可処分が出された後の時点までを視野に入れて考察すること。
② 一石沼を守る会のメンバーであり、一石沼のほとりに居住するXの原告適格は認められるか。
(3) 下線部(ウ)でRは条件を付けることを提案している。この提案に関して次の小問に答えなさい。
① 温泉法第4条第3項に基づいてRが想定しているような条件を付すること
ができるか。
② かつての温泉法には、現行法第4条第3項に相当する条文は存在しなかっ
た。その場合でも、Rが想定しているような条件を付すことができるか。

[参考]

○温泉法
(目的)
第1条 この法律は、温泉を保護し、温泉の採取等に伴い発生する可燃性天然ガスによる災害を防止し、及び温泉の利用の適正を図り、もつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条 この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
2 この法律で「温泉源」とは、未だ採取されない温泉をいう。
(土地の掘削の許可)
第3条 温泉をゆう出させる目的で土地を掘削しようとする者は、環境省令で定めるところにより、都道府県知事に申請してその許可を受けなければならない。
2 前項の許可を受けようとする者は、掘削に必要な土地を掘削のために使用する権利を有する者でなければならない。
(許可の基準)
第4条 都道府県知事は、前条第1項の許可の申請があったときは、当該申請が次の各号のいずれかに該当する場合を除き、同項の許可をしなければならない。
一 当該申請に係る掘削が温泉のゆう出量、温度又は成分に影響を及ぼすと認めるとき
二 当該申請に係る掘削のための施設の位置、構造及び設備並びに当該掘削の方法が掘削に伴い発生する可燃性天然ガスによる災害の防止に関する環境省令で定める技術上の基準に適合しないものであると認めるとき。
三 前2号に掲げるもののほか、当該申請に係る掘削が公益を害するおそれがあると認めるとき。
四 申請者がこの法律の規定により罰金以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった日から2年を経過しない者であるとき。
五 申請者が第9条第1項(第3号及び第4号に係る部分に限る。)の規定により前条第1項の許可を取り消され、その取消しの日から2年を経過しない者であるとき。
六 申請者が法人である場合において、その役員が前2号のいずれかに該当する者であるとき。
2 都道府県知事は、前条第1項の許可をしないときは、遅滞なく、その旨及びその理由を申請者に書面により通知しなければならない。
3 前条第1項の許可には、温泉の保護、可燃性天然ガスによる災害の防止その他公益上必要な条件を付し、及びこれを変更することができる。

関連条文

行政事件訴訟法
3条2, 7項(1章 総則):抗告訴訟(処分の取消しの訴え、差止めの訴え)
9条1, 2項(2章 抗告訴訟 1節 取消訴訟):原告適格
11条1項1号(2章 抗告訴訟 1節 取消訴訟):被告適格等
25条2項(2章 抗告訴訟 1節 取消訴訟):執行停止
37条の5第2項(2章 抗告訴訟 2節 その他の抗告訴訟):
 仮の義務付け及び仮の差止め
38条1項(2章 抗告訴訟 2節 その他の抗告訴訟):
 取消訴訟に関する規定の準用

一言で何の問題か

設問1 「公益を害するおそれがあると認めるとき」
設問2① 
訴訟選択
設問2② 
原告適格
設問3①
 附款(条件)
設問3② 
附款(負担)

つまづき・見落としポイント

設問2②については、2つの立場(守る会のメンバー、ほとりの住人)からそれぞれ考察

答案の筋

設問1 
4条1項3号の「公益」とは、同項1,2号や1条の趣旨に照らすと、あらゆる公益を想定してはおらず、温泉の利用の適性や掘削に伴う災害にかかわるものであることが必要であり、本件理由は該当しないため
設問2①
許可処分の前後に応じて、差止めの訴え・仮の差止め、取消訴訟・執行停止を適宜選択する。
設問2②
生命や健康が極めて重要な個人的法益であることからすれば、法は一石沼の周辺に居住する住民の生命・身体を個別的利益として保護する趣旨を含むと解されるため、Xは原告適格を有する。
設問3①
あえて3項を設けた趣旨は、広く掘削に伴う問題を解決することであると解され、条件の内容に合理性が認められる場合には、温泉の利用の適性や自然災害の防止に無関係な条件であっても付することができるといえる。この点、自然環境保全の必要性は大きく、排水方法を工夫することは合理性が認められるため、条件として付することができる。
設問3②
本件は許可制であり、要件を満たした場合には原則として許可をすべきであり、許可するか否かに効果裁量を認めることは妥当でなく、A県知事の裁量の範囲内であるとは言えず、かかる条件を付することはできない。

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