何処までもやせたくて(89)約束なんて、

「じゃあ、今、冷蔵庫から出すわね。
飲み物は、何がいいかしら」
「あ、いただけるなら、コーヒーを、ブラックで」

さすがに、カロリーのある飲み物は避けたい。
体は何か甘いものを、欲してる気もするけど。
ちょっとだけ体重を増やして、とりあえず元気になるのが、今の目標なのだから。

伯父さんも参加して、三人でお茶会みたいになった。

久しぶりに食べたスイーツは、信じられないほど美味しくて、これならいくらでも食べられそう。
えっ、やばいよそれ、まさか、本格的な過食の始まり?

「私、食べ過ぎちゃったかな。
ごはんのあとで、デザートまで食べるなんて」
「大丈夫だよ、伯母さんの半分も食べてないんだから」

伯父から、期待通りの答えが帰ってきて、少し安心できた。

正直いうと、実家には帰りたくない。
伯父や伯母と一緒にいたほうが、安心できるから。
でも、私が病人みたいにしてたら、母に連れ戻されそうだから、この家にいても、元気になれること、ちゃんと証明するんだ。

「ごちそうさま」を言って、自分の部屋に戻り、
明日の夜か、明後日の朝には来るはずの母に、何て言おうか考えてみる。

頑張って体調よくするから、東京にいさせて。
一人暮らしがダメなら、伯父伯母に頼んで、ここにいて努力したいの。

母の困惑した顔が目に浮かんで、考えがまとまらない。
ふと、さっき食べた、白米とプリンのことが思い出されてきて…

なんで、食べちゃったんだろ。
いくら、少しは体重増やしたほうがいいからって、一気に食べ過ぎだよ。
せめて、運動して、カロリー消費しなきゃ。

「家の中だけにいると、体がなまっちゃうから、ちょっと散歩してきます」

リビングのテーブルに、伝言を書いた紙を置き、ケータイだけ持って、外に出た。

こっちに来てから、しっかり食べてるせいか、一時期より体力が戻ったみたい。
これなら、1時間くらい歩けるんじゃないかな。

でも、10分ほど歩いたところで、ケータイが鳴り、
「あ、いきなり、ごめんね。お母さんだけど」

どうしたんだろ、なんか、声が暗い。

「あのね、今度の週末、そっちに行けなくなっちゃったの。
今日会うはずだった人の予定が変わって、日曜にしてくれ、って言われて。
仕事の都合上、それ以上遅らせられないし。
ごめんね、あんなに約束したのに…」

「……うん、いいよ。
私となら、いつだって会えるんだしさ」

ガッカリした気持ちと、逆にほっとした気持ち。

「本当に、ごめんね。
あ、でも、伯母さんには、さっき電話して、あなたのこと、あと一週間置いてください、ってお願いしたから。
頑張って食べてる、って聞いて、お母さん、安心したわ」

え、なんで、伯母に先に電話するの?
あ、そうか、まず家に電話して、私が留守にしてたから、ケータイにくれたのか。
でも……
私の意向も聞かないで、自分で勝手に、上京しないって決めて、あと一週間置いて、って、お母さん、前と全然変わってないじゃない!

なんか、胸が苦しい。
頭の中が、パニクりそう。

「うん、なんとか頑張ってるから、あまり心配しないで。
それじゃあ、またね」
「そう、あ、それとね…」

これ以上しゃべってると、おかしくなりそうだから、あわてて電話を切った。

こうなったら、お母さんなんて、頼らない。
伯父伯母の家で、体重を少し、元気をいっぱい増やして、すぐに一人暮らしを再開してやる。
約束なんて、信じるもんか。
特に、あの人の約束は。

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