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【小説】ヒノチの目覚め#6



「まさか自分が作ったロボットに襲われるとは思いもしなかった。ロボット三原則のコードにエラーが起こったのか?」

 エリケはベッドの上で仁王立ちの状態でナギザを見下ろしながら独り言のようにつぶやいた。

「コーヒーメーカーのAIを流用したのがいけなかったのか?」
「…コーヒー…メーカー?」

 ナギザの疑問を聞いたエリケは再びその表情に嘲笑を浮かべる。

「そうだ。お前はコーヒーメーカーのAIだった。あの人が…ナギザはお前の淹れたコーヒーが好きだったからね。ナギザが死んで、あの子にはまだ父親が必要だった。だからお前を作ったのさ」
「…作った…僕は…ロボット…」
「まさかあの子までナギザと同じ未知のウイルスで死んでしまうなんて…。このテラフォーミング装置もとんだ欠陥品だ」

 エリケは怒りをぶつけるようにナギザの体を蹴飛ばした。だが急に何か面白い事を思い出したかのように微笑みを浮かべる。

「そういえばお前、私の墓を庭に作ったね。くくくく。お前には庭にある墓は二つに見えてただろう?あそこにはね、墓が三つあるんだよ。お前が作った私の墓。娘の墓。それと私が作ったナギザの墓だ」
「…庭に…墓は二つしか…」
「お前にはナギザの墓が見えないようにプログラムしたんだ。くくくく。自分をナギザだと思い込んで本物のナギザの墓の横に、ひひっ、私の偽物の墓を作るお前の滑稽な姿を見たかった」

 エリケはひきつけを起こしたように笑いながらナギザを足蹴にし続ける。

「だが、お前は!あろうことかあの子の遺体を冷凍した!私が信仰するオルフェウス教の教義で『死者蘇生』はご法度だというのに!私に無断でぇぇぇぇぇぇ!」

 エリケの強烈な蹴りでナギザの体はベッドから床に転がり落ちた。

「しかも冷凍ポッドを見つけた私を襲って記憶を奪うとは!忘れたとは言わせないぞ!何が『君が死んでしまうと思っての苦肉の策だったんだ』だ!お前は娘が冷凍保存されているのを見つけて激怒した私を大人しくさせる為に薬を使ったんだろうが!」

 エリケは金属棒を振りかぶりナギザの首に突き刺した。ナギザの体は一瞬ビクリと痙攣しその後完全に機能を停止した。
 ナギザの首には体部に内臓されている電源系と、頭部に内臓されている演算処理機構をつなぐ電源ケーブルがある。それを切断してナギザの機能を停止させたのだった。
 電源系の破壊は危険を伴うし、金属製の頭蓋骨格は破壊が難しい。なので一番手っ取り早く機能停止をするならば首を狙うのが一番良い。
 一応背中の一部分を長押しする事で強制シャットダウンする事も出来るが、それよりも暴力的な手段をもって『このポンコツ』を破壊したかった。
 エリケは胸がすく思いで金属棒から手を離した。棒はナギザの首に突き刺さったままだ。
 荒くなった呼吸が落ち着いてくると共にエリケの心は曇天が晴れ太陽の光が降り注ぐような爽快さに満ちていた。


「ブランデーを頂戴」
「かしこまりました」

 キッチンでアルコールを注文したエリケの前にすぐにグラスが提供される。
 エリケはそれを一気に煽り、すぐにおかわりを注文した。
 さらに2杯のグラスをカラにして人心地がついた。
 エリケはリビングのフォトフレームに近づきそれを覗き込む。
 フォトフレームに映し出された本物のナギザの美しい顔を指先でなぞった。
 エリケとナギザは星間移民船のクルーだった。エリケは船長でナギザは機械エンジニアをしていた。
 長い航行の間にエリケはナギザに恋をしたのだ。
 エリケは産まれも育ちもエリートで、今まで順調にキャリアを積み重ねていて、心身経済共に順風満帆で欲しいと思ったものはある程度はなんでも手に入った。
 しかしナギザは移民船が植民星に着くと同時に職務が『宇宙船勤務』から『植民星勤務』に切り替わる事が確定していたのだ。
 エリケはこれからしばらくは宇宙船の船長としての契約が残っている。
 エリケはどうしてもナギザが欲しかった。
 どうしてもナギザの美しい顔を自分のものにしたかった。
 その為の手段を選ばない事にしたのだ。
 エリケは船に破壊工作を行い、上手くナギザを誘導し自分と二人だけで緊急用脱出ポッドに乗り込む事に成功したのだった。
 未開ではあるが星系記録に載っていた、脱出ポッドに搭載されているテラフォーミング装置が十分機能可能な星に不時着する試みにも成功したのだった。
 救難信号用ビーコンの部品を破壊し、予備の部品を紛失した事にして隠した。
 絶望するナギザを慰め甘い言葉を囁きたぶらかし、ついに思いを遂げたのだった。
 それから後の二人きりの甘い生活とエリケの妊娠、娘の出産はエリケの人生での最高の出来事の連続だった。
 しかしそれは唐突に終わりを迎えた。
 未知のウイルスによってナギザが急死したのだ。テラフォーミング装置の大気循環装置に不備があったようだ。この星に存在していたウイルスをドームの中に引き込んでしまったらしい。
 エリケはひどく落ち込んだ。だが娘が心のよりどころとなった。
 娘の為にロボットのナギザを作り、父親の死を偽装した。
 しかし娘もそれからすぐに急死したのだ。
 エリケは絶望し狂乱し、アルコールを大量に摂取しながら娘の墓を作った。オルフェウス神の腕に娘が抱かれるよう強く強く祈りをささげた。
 それから数日、意気消沈し自死すら選択に入れ始めたエリケは、ふと目に入ったテラフォーミング装置のパラメータを表示しているモニターに気をとられた。
 数日前から急激に電源の消費量が増えている。
 そういえばロボットのナギザが何かしているのを、今更ながら気になり始めた。特に何かコマンドを入力した覚えはないのだが。
 ロボットナギザが今どこにいるのか施設内の監視映像をモニターの表示を次々に切り替えて見ていく。
 何故か表示されない箇所があった。リビングにある落し戸から行けるコールドスリープ装置の内部映像がオフラインとなっていたのだ。
 ナギザの姿は施設内のどこにもなく恐らくコールドスリープ装置のある部屋にいるようだ。
 エリケはそこに向かった。
 アルコールで足元がおぼつかなかったが、自分が作ったロボットが勝手にこそこそと動き回っているのは気分が悪かった。
 エリケが落し戸を開き、地階のドアを開くと奥からナギザが走り寄ってきた。

「エリケ、ここにきてはいけない」
「…どけ」
「君は見ない方がいい」
「どけと言った」

 ナギザはエリケに道を譲った。エリケが部屋の奥に歩を進めると、そこには凍り付いた愛娘の遺体があった。
 エリケは茫然としてそれを眺めた。理解が追いつかない。

「いずれこの星に人類が探査にくるだろう。その時きっとこの子を見つけて蘇生してくれるに違いない。僕たちはその時には死んでしまっているだろうが、この子にはまだ未来が…」
「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 背後からごちゃごちゃと何事かをのたまうロボットにエリケは持っていたアルコールのグラスを投げつけ、自身も躍りかかった。
 しかし酩酊状態のエリケはすぐにナギザに取り押さえられ、ロボットが所持していた薬物注入器で薬物を投与され鎮静されてしまった。

 エリケはその時の事を思い出して不快に顔を歪めたが、当のロボットはすでに破壊済みである事を思い出して溜飲を下げる。
 ロボットによって『抗トラウマ用忘却剤』を注入されて忘却状態となってしまったエリケだったが、ロボットはその薬効をキチンと理解していなかったようだ。
 この薬物は今後トラウマになりそうな危機的状況が起こった場合にすぐに注射して近々の記憶を曖昧にして精神衛生を保つ為の薬だ。決して記憶喪失にする為の薬ではない。
 薬物の大量投入によって一時的に忘却状態となっても徐々にそれは回復していくのだ。
 娘の亡骸を見たショックでエリケは記憶をすっかり取り戻してしまった。
 ロボットは扉を開閉するためのエリケの生体認証機能をオフにする事ができなかったのだ。当然だ。たかがロボットにそんな重要な制御をする権限はない。そのおかげでコールドスリープ部屋にまた入る事が出来た。

 しかし『抗トラウマ剤』の影響か、エリケの精神はすっかりと良好な状態を取り戻していた。
 それどころか気分は爽快と言ってもいい。生きる力がみなぎるようだ。
 緊急信号用ビーコンを修理してこの星の脱出を決めた。
 死んだナギザと娘の代わりにより良い人生を送るのだ。
 フォトフレームに娘の画像が映し出された。
 膝の上に人形を載せている。3歳の誕生日に作った娘そっくりの人形だ。
 忘却状態だったエリケはこの人形を二人目の娘だと思ってしまっていた。
 墓が三つあったせいで違和感がなかったのだ。
 皮肉な話だ、とエリケは苦笑した。
 エリケは娘の部屋に向かった。
 彼女の部屋は、部屋の主がいなくなった事を思わせないほどそのままで、エリケとナギザが作っては贈った玩具がそこかしこに落ちていた。
 エリケは部屋の奥のベッドの横にある箱を開いた。
 そこには3歳の頃の娘そっくりの人形が納められていた。
 それを抱きしめて顔を埋め深呼吸した。
 娘の匂いがする気がする。

 ゴトン、と音がした。
 部屋の外、廊下で音がしたようだ。
 カロンが移動しているのだろうか?
 それにしては重量感のある物がぶつかるような音だった。
 エリケは人形をベッドに放ってドアの方へと向かう。
 ドアを開けた瞬間に何かがエリケに倒れ込んできた。
 衝撃に耐えられずエリケは後方に倒れ込む。
 激痛が走った。
 視界に金属の棒が見える。
 恐る恐る視線を下げると自分の胸のあたりに黒い髪が見えた。
 それがゆっくりと顔をあげる。
 エリケが好きだった顔だ。しかし同時にまったく違う顔でもある。
 エリケは叫び声をあげようとした。しかし体に走る激痛に声をあげられない。
 ロボットナギザの首に刺さった金属棒がエリケの腹部に突き刺さっているのだ。
 エリケは身をよじってその状況から逃れようとする。
 しかしロボットがしっかりとエリケに体に自身の腕を絡ませていた。

「あ・い・し・て・い・る・よ・エ・リ・ケ。ずっ・と・いっ・しょ・に・…」

 ロボットの口がそのように動くのをエリケは見た。
 出血が進み徐々に意識が遠のいていく。
 もがいてももがいても、ロボットから逃れる事は出来ない。
 どうにかならないかと視線を巡らせたエリケの視界に、先ほどベッドに放った人形が映る。
 人形の無機質な瞳と、目が合った。

 それがどんどんと遠くなっていく。

 もう痛みも感じない。
 


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 この物語はフィクションです。
 実在する名称、テクノロジー等とは一切関係がありません。



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