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祖父の死で人生に深みが出た話

2月3日 じいちゃんが亡くなった。

1月2日におなかが痛いと病院に連れていきそのまま入院。
あっというまの1っか月だった。

そして今日(3月17日)納骨前にこれを書いている。

検査の結果、大腸がんステージⅣ 肺と肝臓に転移していた。

昔から大きな病気はなかったけど、病院が嫌いで
ばあちゃんの介護をずっとしてたからきっと自分のことは後回しにしていたんだろう。

じいちゃんっ子


じぶんはじいちゃん子で
小さいとき、日曜日の教会が終わった後、黒崎のそごうに連れて行ってくれて、屋上の遊園地で遊び、レストランでちびっこカレーを食べ、今度は室内のゲームセンターで遊びマックを食べて帰る。

小・中学校の時はよく送り迎えをしてくれた。

多趣味なじいちゃんで、カラオケ、大正琴、彫刻、グランドゴルフなど。

ゴリゴリの技術職だったので、作れるものは何でも作る。
家の整理をしていると、手作りの本棚やテレビ台なんかも出てくる。

本もとにかくたくさん読んでた。
ブックカバーも器用に包装紙で作ったり、
新聞に載っている連載小説も切ってきれいに保存していた。

分からない

そんなじいちゃんだけど、一つだけわからないことがある。

ばあちゃんが亡くなって、葬儀場に安置して、自分たちは夜遅かったので帰ったのだけど、朝来たら、じっとばあちゃんの前に座っていた。その後ろ姿が今でも忘れられない。

きっと、いや絶対に一睡もしてないのだ。

ばあちゃんが病気になって介護が必要になって
それまでの趣味を全部やめて、
ずっとばあちゃんのそばにいた。
たぶん自分の病気もほおっておいたのだとおもう。

なんでそんなことができるのか。
僕にはわからなかった。

これをというんだろうけど。

僕にはとうてい理解できなかった。

だけどこれは誉め言葉だよ。

最期


さいごに病院に行ったとき、
タブレット越しだったけど、
最後に目を開けてくれ、
わずかに反応を見せてくれて、
もっと話しとけばよかったとか、
思ったけど、
人生ってそんなもんだよね。

だよね。じいちゃん。


最後病室に入ったら、もう息はしていなかった。
大好きだったばあちゃんの誕生日の2日後だった。

いいんだよ。
じいちゃんは僕なんかより
ばあちゃんに会いたかったと思うよ。
寂しかったね。

そんな気持ちで送り出してあげた。




P.S
最後病室の片づけをしていたら、
じいちゃんの靴から
大嫌いなクモが出てきた。
驚いたけど。
なんかこっちを見ていたので、
あれはきっとじいちゃんだと思う。
そういうことにしておこう・

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