【SS】真夏の夜のカレー

「暑いなあ」
「暑い暑い」
「暑いときには?」
「辛いもの!」
「だよねっ」
 と言いながら歩いていると、「炎のカレー」というカレー屋を見つけた。フランチャイズっぽいお安い作り。
 これは与しやすいとばかりに、店に入った。
 メニューはシンプル。
「カレー」
 これだけである。ただし、辛さは1倍、2倍、5倍、10倍、20倍、50倍、100倍と種類がある。入り口の券売機で購入する仕組みだ。
 私は「ふつうでも辛い」というコピーのついた1倍を購入したが、友だちは「バカになるほど辛い」100倍ボタンを押した。
「シャレだよシャレ」
「シャレで死ぬなよ」
 席についてすぐのことである。
 隣席の男が運ばれてきたカレーを一口食べるなり立ち上がった。体をぴんと伸ばして硬直した。涙が噴き出し、汗が滝のように流れ、「ひゃー」と叫んで走り出した。ドアに激突し、そのままどこまでも走っていった。
 われわれはその姿を茫然と見送った。
「あれは」と店員に声をかける。「100倍ですか」
「5倍だよ」と店員の答えはそっけない。
「5倍にしては大げさですよねー」
「あんなもんだよ」
 友人は震え上がった。
 カレーが運ばれてきた。
 色が違う。私のは茶色で彼のは真っ赤だ。
「どうする? やめといたほうがいいんじゃないか」
「一口だけ」
 こいつ、こんなに勇気があったかなあと思っているうちに、スプーンで真っ赤なルーを口に運んだ。
 もぐもぐ。
「どうだ?」
「んー、辛いねー」
「どのくらい?」
「これは辛いよ」
 目がうつろだ。まだ食べようとするので、腕を握って止めた。
「いやー、辛い辛い」
 友人の顔がどんどん真っ赤に染まっていく。そのまま病院行き。
 私は毎日見舞いに行ったが、三日たってもまだ赤鬼のようだ。
「どうだい」
「いやもう点滴が辛くて」
「点滴に味はないだろ」
「辛い辛い。からああーい、からい」
 いつ友人のバカは治るのだろうかと思って「炎のカレー」を訪ねてみたが、店は幻のように消えていた。

(了)

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