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黒馬物語

この本の面白いところは、主人公の黒馬が一人称で語る自伝であるところです。
もともと子ども向けではなかったようですが、道徳的な児童文学として扱われていることが多いです。たしかに弱いものを苦しめてはいけないこと、無知が罪になりうること、惨めな状況でも最善を尽くすことなどが説得力ある描写で書かれているので、子どもには道徳の教科書なんかよりずっとおすすめだと思います。
また作者は幼いころから身近に馬がいる環境で育っていたようで、鞍・ハミ・手綱などの馬具や、調教に関する記述も詳しく、19世紀のイギリスで馬がどんな風に扱われていたかよくわかるので、馬好きにもたまりません。

今読み返してみると、別の視点も見えてきます。
それは黒馬がペットでも野生でもなく、「労働者としての動物」であることです。
人間でいうと「生まれも良く立派な教育を受けた優秀な若者が、本人の意思とは無関係に何度も転職を余儀なくされ、そのたびに労働環境がブラックになって苦労する話」とみることもできます。特に貸し馬時代や辻馬車時代はつらそうです。ただ黒馬は真面目なのでどんなにつらくても全力で働きます。

黒馬が繰り返し「自分は若いころに決して無理をしなかったので、歳を取っても頑張りがきくし、体を壊しても回復が早い」といったことを述べているのは印象的です。たぶん働く動物と日々接している人は実感していることなのでしょう。
私は働く人間ですが、若いころにあまり無理をしなかったので(まあぬくぬくと生きてきたということですが)、この歳になってもとくに悪いところもないのですが、20代から過酷な長時間労働をしてきた同級生たちが、最近になって次々と腰だの膝だの内臓だのの不調を訴えて病院や整体のお世話になっているのを見ると、馬も人間も同じだと感じます。「若いから」と言って若者をこきつかうことは、その人を将来苦しめることになると考えてくれないものでしょうか。

黒馬物語 / シュウエル作 ; 土井すぎの訳 1987年5月改版 (岩波少年文庫 ; 2011)

※私が持っている岩波少年文庫版でも現在は入手困難らしいのですが、公共図書館ではよく所蔵しています。

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