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空間の配置,構造─『ゲームデザイナーのための空間設計 歴史的建造物から学ぶレベルデザイン』を読む3

他分野からの建築への視点を見てみよう,ということで読み始めたクリストファー・トッテンによる『ゲームデザイナーのための空間設計 歴史的建造物から学ぶレベルデザイン』.

今回は3章「基本的な空間配置とゲーム空間の種類」について触れていきます.
両者に共通する特徴の中でも特に重要になる「空間」について.その基本的な部分を簡単にさらっていきます.


現実とゲームの「空間」の違い

両者には共通して私たち(プレイヤー)が息づく「空間」という基盤が存在していますが,その違いをきちんと理解することでより現実の建築の知見をゲームへと応用することが可能になるでしょう.
その違いとは,当然のことと言えば当然ではありますが,ゲームでは現実世界のルールに従う必要がない,ことが大きな違いと言えます.

ルールとは安全や安心,秩序のために設けられた法規的なルールももちろんですが,もっとも顕著なのは物理的制約を受けないことでしょう.天候や土地の状態,構造的制約など現実の物理環境に即した制約をゲームの中の空間は受けることはありません.
また,現実の建築には内側と外側がありますが,ゲーム内の建築においては内側と外側は便宜的なものでしかありません.
建築家フランク・O・ゲーリーは彫刻と建築の違いは窓があるか(内側と外側があるか),と言ったそうですが,そういう意味では内側と外側が便宜的なものでしかないゲーム内の建築は明らかに既存の建築とは異なるものなのでしょう.

そうした違いがなにを提示するか.
本書ではそのひとつの例として「Second Life」内に渡邊英徳氏が制作した「Oscar Niemeyer in Second Life」が挙げられています.

これはオスカー・ニーマイヤーの「散策可能なデータベース」として制作されたものであり,垂直運動をも自由に行いながら建築のアーカイブを体験する,という新しいアーカイブの事例として挙げられたものでしょう.

また,最近ではVR上で体験することを前提にされた空間も登場しています.バーチャル建築家・番匠カンナ氏が制作した「ニュートン記念堂」はもともとアンビルトのプロジェクトとして構想されたドローイングをVR上に空間として実現したものです.映像を見る限りではここでも現実の物理的制約に縛られない行動が許容されています.

「宇宙を表現する」ことが意図された元のアンビルトドローイングから鑑みると,その意図を「体験」のレベルにまで引き上げることのできる,こうした試行は制作者の思考を追体験するものとして有用でしょう.

このようにゲーム内の空間は現実の制約に縛られることはありません.
それは下手したら私たちに現実との飛距離を感じさせることになり,しらけさせる要因になりうる危険性もあります.しかし,そのことを理解し,むしろ現実では実現できないことをうまく実装することにより,その空間は唯一無二のものになります.


空間の配置

現実の建築を設計する時には当然のことながら「図面」が必須となります.第2章では建築における設計図面とゲームにおける設計図面の共通性が指摘されます.
空間の考え方において現実の建築設計では(厳密に言えば異なりますが),ひとつの方法としてはどのような空間があり,それをどのように組み合わせていくか,という思考で設計が進められていくことがあります.

同じようにゲームの空間設計においても空間と空間の配置の組み合わせをしっかりと考えることで,よりゲームのプレイ性が高まります.
本書で紹介される配置の組み合わせについて,例のひとつである「到着」について簡単に紹介します.

物語と密接に関わりあうゲーム内の空間においては,プレイヤーの情動をより引き出すために「コントラスト(対比)」が必要となります.
その時に「到着」(ある場所に初めて足を踏み入れる体験)のデザインがとても重要になります.
広大な空間の前には狭い空間を,明るい空間の前には暗い空間を.こうした「コントラスト(対比)」が非常に効果を持ちます.

ドンリン・リンドンとチャールズ・W・ムーアによる『記憶に残る場所』では,ジョン・ポートマンによるハイアットリージェンシーアトランタホテルのアトリウム空間が取り上げられます.
ここでは,天井高の低い空間を抜けた先に広がる22階分の高さの空間は訪れた人びとに驚きを与えたと述べられています.

しかしながら,あまりにも演出的な空間は現実の建築では歓迎されない場合もあります.程度の問題はありますが,その見極めは経験によるのでしょうか.
ただ,この演出の効果はたとえば『ゼルダの伝説』のような作品では盛んに取り入れられており,ゲームにおいては有効と言える手法だと言えます.


空間構造

また空間のタイプの中には,古来から存在する空間構造も存在しています.

その筆頭例として迷宮迷路があります.
迷宮はギリシャ神話が発祥であり,半身半獣の怪物・ミノタウロスを幽閉するため建築家のダイダロスがつくったと言われています.
また,迷宮と迷路は混同されがちですが,明確には異なる空間構造です.
ミノタウロス幽閉のため複雑な空間となっているという意味では迷路と似ていますが,一筆書きの空間であることが迷路との大きな違いとされています.一方で,迷路は空間が枝分かれになっている事が大きな特徴です.
ただ,実際にはダイダロスがつくった迷宮も構造としては枝分かれになっており,「迷路」であったそうですが.

ルネサンスから19世紀にかけての庭園では,庭が迷路のようにつくられている事例も存在しています.

また,六本木ヒルズなどにも関わった建築家ジョン・ジャーディは「人は直線的に歩くのではなく、うねうねとし歩く」という考えのもと,曲線を多用した枝分かれを多くつくり来訪者に豊かな方向体験を与える設計を行なっています.

迷いやすい空間構成は賛否の分かれるところだろう。何度来ても迷うのは、何度来ても新鮮であることの裏返しでもある。集客力のある店舗があるならば、長い目で見れば迷いやすい構成のほうが客が飽きにくいとも言える。

ゲーム内の空間においても,迷宮や迷路をベースにした空間は多く現れます.『ドラゴンクエスト』に『ゼルダの伝説』,『マインクラフト』など例を挙げればキリがないでしょう.

なぜそこまで迷宮や迷路が登場するのか.それは迷宮や迷路によりルートを複雑にすることで,ゲームプレイに捻りを与えることができるからでしょう.また,そこに「リスクと報酬」を加えることで,プレイヤーの能動性を引き上げることができます.
上述の六本木ヒルズの例を考えると,ショッピングモールの空間構成が複雑になるのはこうしたゲーム内の空間設計における「リスクと報酬」の考え方と相似性をなしてくるからではないのでしょうか.
このように古典的な空間構造もゲーム内の体験を豊かなものにしてくれる可能性を持ちます.


現実の建築とゲーム内の空間では目指す方向性が微妙に異なります.その違いをしっかりと認識することで双方で得られた知見を上手く共有し,応用していくことができるのではないでしょうか.序盤に挙げた「ニュートン記念堂」の例はその点について考えるよいきっかけになるかもしれません.


3章がだいぶ長くなりそうなので,続きは次回に譲ります.
次は実際にこれらの空間の組み合わせがゲーム内でどう実現されているのか,代表的なものとして「ハブ型の空間」と「サンドボックス型の空間」について触れていきます.



目次

はじめに
●Chapter1 建造物からレベルデザインを学ぶ準備
●Chapter2 レベルデザインのツールとテクニック
今回→●Chapter3 基本的な空間配置とゲーム空間の種類
●Chapter4 ビジュアル要素によるチュートリアル
●Chapter5 生存本能を利用したレベルデザイン
●Chapter6 報酬の空間でプレイヤーを誘い込む
●Chapter7 ゲーム空間におけるストーリーテリング
●Chapter8 インタラクティブ空間とワールドデザイン
●Chapter9 プレイヤーの交流を生み出すレベルデザイン
●Chapter10 サウンドによるレベルデザインの強化
●Chapter11 現実世界を舞台にしたレベルデザイン


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