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SFドラマ 『1899』監督:バラン・ボー・オダー

物語のはじまり

始まりは、エミリ・ディキンスンの詩が読み上げられながら、雲の上の風景から物語のキーとなる場所を映し、海の底へと飲み込まれていきます。

そして、"Wake up" という声で目が覚めると、手首に縛られたアザ、"プロメテウス号行方不明から4ヶ月"と書かれた新聞が床に落ちており、テーブルに置かれた書物にケイト・ショパンの『目覚め』が見つかります。そして、ヘンリーからの手紙には、「父さんが何をしたか突き止めた NYで待つ 誰も信用するな - 兄より」と書かれてあります。

その人物は、自分の名前(モーラ・フランクリン)と今日の日付(1899年10月19日)を確認し、自分が狂っていないと言います。そして、カメラは彼女がいるのがドアの「1011」と書かれた札から引いていき、大型客船の姿の全体像を映し出します。

物語は、アドベンチャーゲーム風に始まります。船上の閉ざされた空間、乗客は様々な国の言葉を話しているため、会話が通じない場面が多く出てきます。

事件は、行方不明となっているプロメテウス号からの電信が入ったところから始まり、物語は次第にまるで「エイリアン」のようなホラー要素が加わり、更にミステリーやパズル的な要素も絡み合っていきます。

エミリ・ディキンスン(Emily Dickinson)

脳は空より広い
2つを並べれば分かる
脳は空を簡単に飲み込みー
あなたのそばに達する

脳は海より深い
青へと染まっていく
脳は海を吸い込む
スポンジのように

エミリ・ディキンスンの『脳は空より広い』の1連から2連までが、主人公のモーラの声で流れてきます。

この詞は全部で3連まであり、全体は以下の通りです。

The Brain -- is wider than the Sky
For -- put them side by side
The one the other will contain
With ease -- and You -- beside

The Brain is deeper than the Sea
For -- hold them -- Blue to Blue
The one the other will absorb
As Sponges -- Buckets -- do

The Brain is just the weight of God
For -- Heft them -- Pound for Pound
And they will differ -- if they do
As Syllable from Sound

Emily Dickinson "The Brain- is wider than the Sky"

ディキンソンは、人間の内面的なもの「心」を「脳」という言葉で現しています。しかし、彼女の言う「脳」は、物質的なものだけではなく、生きることの本質であり、真実、自由、喜びなど全てでした。「脳」は「青」であり、広大さの色です。

ドラマでは最後の連は切られていますが、恐らく意図的であり、 語らないことで更に強調していると思われます。

そこに書かれているのは、詩人は空想的な測定方法("Heft them - pound for pound")を用いて、脳が”ちょうど神の重さ”と等しいことを発見します。さらに、もし両者に違いがあるとすれば、それは "Syllable from sound" のようなものだと宣言します。

この興味深い比喩は、広さ、深さ、重さの単位を超え、神は「音」の連続体であり、脳は音を分割した「音節」の1つであるとしています。

ディキンスン (1830-1886) は、アメリカ史上最も偉大で独創的な詩人の一人です。鋭い観察眼で、抽象的なものを具体化しています。彼女は多作な作家でしたが、生前に出版されたのは1800編近い詩のうち10編と手紙1通でした。彼女の死後、1890年に最初の詩集が出版されると、驚くべき成功を収め、わずか2年で11版を重ねました。

彼女が7年間学んだ、アマースト・アカデミーは、アマースト大学との繋がりがあり、19世紀の科学重視の時代を反映して、天文学、植物学、科学、地質学、数学、博物学、自然哲学、動物学といった講義を定期的に受講することができました。ディキンスンの詩や手紙には、丹念な植物の描写や「科学的な力」への関心などが現れています。また、科学研究の宗教的性質や、神とのつながりに付いての講義も行われました。

その後、マウント・ホリヨーク女子神学校を1年でやめ、アマーストの実家に戻り、人生の大半を孤独に過ごしました。地元の人々からは変わり者とみなされ、一度も結婚せず、交友関係のほとんどは文通によるものでした。晩年は、寝室から出ることさえ嫌がったと言われています。

ケイト・ショパン (Kate Chopin)

ケイト・ショパン (1850-1904) は、繊細で大胆な女性の内面を描いた作品で知られるアメリカの作家です。彼女の小説『目覚め』や短編集は今日、世界各国で読まれており、アメリカを代表する作家の一人として広く知られています。

物語は、19世紀、豊かな中産階級のエドナが夫と子どもたちとグランド島に避暑に訪れた時から始まります。そこで彼女は、良き妻・母であるたおやかな美女アデル・ラティニョルと交流する中で、自分の生活に疑問を抱き、自分が一人の人間であり、夫や子供に束縛されることなく選択ができるのだと自覚し始めます。

エドナは自分の性的な欲望に目覚めつつあり、再会したロベールに対して真実の愛を抱いていることに気付きます。しかし、彼は人妻との許されない関係を続けることを拒み、去ってしまいます。

当時、この小説が不倫や非道徳的な女性を扱っているとして非難され、何度も発禁処分を受けています。1960年以降は、多くの読者や学者は、ケイト・ショパンを「真剣で率直な小説の正当な題材として情熱を受け入れた、自国初の女性作家」と考えるようになり、アメリカにとって不可欠な作家の一人とみなされています。

100年以上もの間、この小説のテーマについて議論されてきましたが、その見解はさまざまです。ドラマの中ではとても印象的に扱われているので、物語のテーマと深く関わっていると思われます。

彼女が乗っているケルベロス号は、4ヶ月前に消息を絶ったプロメテウス号と同様、ヨーロッパからアメリカへ、多数の移民たちを乗せて大西洋を航行していました。

どちらも4本の煙突がある大型客船で、乗客は1,400名、船員は550名を乗せています。1899年の豪華客船といえば、オーシアニック号で、乗客定員1,710名ですが、煙突は2本です。

4本煙突といえば、モーリタニア号で、1907年竣工です。その姿の美しさは海の貴婦人と呼ばれ、タイタニック号も3本煙突なのに、わざわざダミーの煙突を1本つけて、姿を真似ているほどです。また、モーリタニア号は乗客定員も2,165名でした。

ケルベロス号の船の規模としてはオーシアニック号のほうが近いのですが、船の姿はモーリタニア号あるいはタイタニック号に寄せたと思われます。

メイキング

最後まで見ないと、どこがSFなのと思われるドラマですが、シーズン2、3では、もっとSF要素が盛り込まれたはずです。残念ながら、シーズン2以降の制作は打ち切られてしまいましたが、シーズン1だけでも十分見ごたえがあります。

そして、ドラマを見終わった後には、必ずメイキングを見てください。更に驚きと感動が待っています。みんなシーズン2の制作に向けて、やる気満なのが悲しいですが。

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