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女は痛みに無自覚な社会で生きている【#読書の秋2022】

ある日の夕方、駅前で信号待ちをしていると、
「おいっ!」
と大声で怒鳴られた。

声がした方向に目をやると、その顔は、まったく見知らぬ中年男性。
べろべろに酒に酔い、赤ら顔をして私に向かって
「九州男児をナメるなよぉ!」
と唐突に叫んだ。

・・・何言ってんだ、このオッサン。

白けた思いで、私は無視を決め込んだ。
「馬鹿にしやがってぇ!」
まっすぐに立てない酔っぱらいは、ふらつきながら次々と別の女性たちに当たり散らしていく。
しばらくして信号が青に変わった。
私たち女性陣は、逃げるようにその場を立ち去った。

なんだろう、この気持ち。
とてももやもやする。

人によっては「そんな些細なことで」と言うかもしれない。
でも仕事に疲れて帰ってきて、なんで飲んだくれた見知らぬオッサンに、意味もなく怒鳴られなきゃいけないんだろう。

腹が立った。
訳もなく怒鳴り散らしてきた男性にも、何も言い返せなかった自分にも。

駅前には、他にもたくさん人がいた。
たとえば部活帰りの男子高校生や仕事帰りのサラリーマン。
でも彼は男性たちには目もくれず、明らかに女性を選んで当たり散らしていた。
相手が女だから、だと思う。

悔しかった。
でもこれまでにも、そんなことは何度もあった。理不尽な目にあうのは慣れている、ただ女というだけで。

家に帰って、上野千鶴子鈴木涼美・共著『往復書簡 限界から始まる』を開いた。

昨年、noteの#読書の秋2021にて推薦図書となった時に入手した。以降、事あるごとに繰り返し読んでいる。

女性学、ジェンダー研究の第一人者である上野千鶴子
元AV女優、新聞社勤務という経歴を持ち、作家であり社会学者でもある鈴木涼美
ふたりが1年に渡ってやりとりした手紙を、1冊にまとめた書籍である。

正直、1度読んだだけではふたりの言葉の応酬に圧倒されるばかりだった。でも繰り返し読む内に、イヤな思いをした時に開く、私にとってはお守りのような1冊になっている。

いわゆる"夜のお仕事"で、心も身体もハードな経験をしたにもかかわらず、

「ー私たちそんなにやられっぱなしじゃなかったじゃんー」

(P16)

と被害者の目線で語ることを拒絶する鈴木に対して、

「ご自分の傷に向き合いなさい。痛いものは痛い、とおっしゃい。ひとの尊厳はそこからはじまります」

(P58)

と、鋭く切り返す上野。

伯母と姪のような、あるいは師匠と弟子のようなふたりの手紙を読んでいる内に、鈴木の視野が広くなっていくのが読み取れる。

読者の私も同様で、これまで傷つく出来事があっても気がついていないフリ、「何を言ってもムダだよね」と諦めてきた自分の思考に気づかされるのだ。

女は痛みに慣れている。
毎月やってくる苦痛に、耐えているせいだろうか。傷の大小に関わらず、肉体的にも精神的にも、女性の多くは痛い時に痛いと言わない。もしくは痛いことにも気づかない。麻痺しているように感じる。

見知らぬ男性に、訳もなく当たり散らされた私は、あの時どうすればよかったのだろう。
どんなに考えても正解は見えてこない。

昔ならば、もやもやした気持ちを抱え込んだままだったろう。

でもこの本では、#MeToo運動やフラワーデモなど女性が上げた声をきっかけに少しずつ社会が変容している事実を、ジェンダー学の先人・上野の教えから学ぶことができる。

最近、元陸上自衛隊所属の女性自衛官が、訓練中に受けたセクハラを訴え、防衛省がその事実を認め、謝罪したのは記憶に新しい。

彼女が実名を出してマスコミに取り上げられはじめた当時、私はこの問題に感心をもっていなかった。
「男所帯の職場なら、よくあることだよね」
という勝手な諦めの気持ちがあった。
だが被害の実態を改めて知って、思わず絶句。
ここでは詳しく書かないけれど「これ、犯罪じゃん」、憤りと共にそう思った。

同じ憤りを感じた方が多かったのだろう。
彼女を支援する10万を越える署名が集まったという。この問題に関心をもってなかったことを恥じている。今からでも署名に参加したいくらいだ。

声を上げるのは苦痛を伴う。
実際、誹謗中傷も多いと聞く。それでも閉ざされた自衛隊という組織の中の問題が明るみに出て、一歩だけ先に進んだと感じる。
高い志をもって入隊したというのに、失意のまま辞めざるを得なかった彼女の心が、少しでも癒されることを願ってやまない。

少子化のもとで大事に育てられ、女が男より劣っているとはこれっぽっちも思っていない若い女性たちは、「こんなことガマンできない」「許せない」と、もっともな声をあげています。

P322

改めて読み返すと、1年前に刊行された書籍だけれど、今回の件を象徴しているようにも思えた。


社会は人の痛みに無自覚だ。
だから諦めずに声を上げる必要がある。

これからも、女というだけで不愉快な思いをするだろう。
女性差別は、そう簡単になくならないと思う。
痛みを感じる度に、きっと私はこの本を開く。

この本を読み終える頃には、さまざまな考え方を身につけ、痛みを覚えることがあっても希望をもらえるだろう。

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