【短編小説】女の子が大好きな男の子の話

「女の子のことが凄く好きなんだ!」
「へー」
 何度も聞いた翼のその告白に、隆は気の抜けた返事をした。
 土曜日の昼過ぎ、ティータイムのファミレスで2人はテーブルに向かい合いながら話をしていた。
「おいおい、何だよ。気の抜けた返事だな」
「もう1年以上、全く同じことを延々繰り返し聞かされている俺の身にもなってくれ」
 2人は高校入学と同時に出会い、漫画やアニメが好きというオタク趣味で意気投合した。そしてその時から翼はずっと同じことを隆に繰り返し話している。
「可愛い彼女でも作ればいいじゃないか」
 隆はそう言ったが、これも何度も繰り返されてきた光景だ。もう翼からの返事も聞く前に分かっていた。
「違うんだよ。そうじゃないんだ。なんて言うかこう、3次元の女の子は俺の理想の姿じゃないんだよ!」
 同級生の女子に聞かれでもしたら総スカンを食らいそうな発言である。
「女の子はいい匂いがして、柔らかくて、笑顔が眩しくて、可愛い服を着て……うまく言えないけど、それこそが女の子なんだよ!」
 拗らせ童貞だ。
 隆は声に出さずにそう言った。とはいえ隆も人のことを偉そうに言える立場ではない。
「はっきり言うけど、そんなのは2次元の世界だけだ。現実にいるわけないだろ」
 その隆の発言に、むぐぐ、と翼は言葉を詰まらせた。言い返したいが言い返せないと言うところだろう。
「もういい加減、現実を見ようぜ。無理なものは無理だって」
 いつもはここまで隆も言わないのだが、あまりにもしつこいため今日は口が滑ってしまった。
 だが、どうやら翼はこの言葉で闘志を燃やしてしまったようだ。
「いいや、諦めないね! 何としてでも理想の女の子を見つけてやるよ!」
 言いすぎたことを謝ろうと思った隆だったが、翼の瞳にはメラメラとした炎が宿っていた。
 これはこれで諦めがつくかもしれない。そう考えた隆は特にフォローを入れるようなことはしなかった。
 それじゃあ、お手並み拝見といこうじゃないか。

 3ヶ月後。

 あのファミレスでの会話から、隆と翼は2人で遊びに行くことがなくなっていた。
 夏休みに入り時間はあったはずなのだが、なぜか翼が会うことを避けていたようだ。
 今日は久しぶりに翼と2人で会うことになっていた。
 待ち合わせ場所は最後にあったのと同じファミレスである。
 店内を見回したが、まだ翼は来ていないようだ。隆は窓際のテーブル席を取り、座って一息つく。
 しかし、この3ヶ月間会おうとしなかったということは、本気で可愛い彼女を探していたのかもしれない。
 もし本当に可愛い彼女が出来ていたとしたら、どんな子なのか隆も会ってみたかった。
 そんなことを思いながら翼のことを待っていたその時である。
 店内に入ってきた女の子がキョロキョロしたかと思うと、明らかに隆の方を見た。
 白いフリルのブラウスにネイビーのスカート、髪は黒のロング。肌は白く透明感を感じる可愛い女の子だ。
 その女の子は隆のことを認識すると、ツカツカと歩いて近寄ってくる。
 (……ん?)
 隆はこの女の子に見覚えがない。
 言ってはなんだが、生きてきて約17年間で女の子と話したことなど片手の指で数えられるほどである。
 その中の誰かなら忘れるはずがないのだが。
 しかも、その女の子の表情は明らかに固い。近づかれていきなり頬を引っ叩かれるなんてことはないと思うが、流石にこちらも警戒する。
 ついに女の子は隆の目の前まで来た。
「こんにちは」
 女の子は隆に挨拶をする。声をかけられても誰だか分からない。
 分からないのだが……なぜか違和感を感じるのは何故だろう、と隆は疑念を抱く。
 隆もこんにちは、と挨拶を返すが、まず確認しないといけないことがある。
「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
 その問いを聞いた女の子は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「うん、あるよ。よく知ってる」
 おかしい。そんなはずはないのだが。
 記憶の中を引っ掻き回しながら、必死に隆は思い出そうとする。
「まだ分からない?」
 クスリと女の子が笑う。その仕草はいかにも女の子という感じだ。そして女の子はテーブルを挟んで隆の対面に座る。
 その時、隆の脳裏に1つの可能性が浮かんだ。
 いかにも女の子。理想の女の子。
 いや、まさか。
「まさか、翼か?」
「うん、正解だよ」
 女の子……いや、翼は笑顔でそう答えた。
 隆の頭脳は事態を理解するために回転し始めたが、完全に空転している。そのうちに煙でも出てきそうだ。
「たぶん、なんでこんな格好してるのかが最大の疑問だと思うけど」
 翼は隆の内心を察したのかそう語り始める。
「女の子が好きすぎて、自分が女の子になっちゃった♪」
 ニコッと笑いながらそんなことを言ってのけた。
 軽い。何とも軽い言い方だ。ちょっとそこのコンビニまで行ってきた、くらいの感じである。
「理想の女の子になるために、この3ヶ月たくさん頑張ったんだよ。ダイエットして、ファッションの勉強をして、化粧を勉強して、喋り方とか仕草とかも女の子っぽくなるようにして。声だって女の子の声になるように発声を練習して、そうやってようやく女の子みたいになれたんだ」
 翼のその言葉を証明するように、隆はしばらく翼だと気づかなかった。演技も完璧だったと言えるだろう。凄まじい努力をしてきたに違いない。
「でも、もちろん本当の女の子になれたわけじゃない。あくまでもボクは男でしかない……やっぱりこんなのおかしいよね」
 翼はそう言って苦笑する。その仕草まで女の子のそれだ。
 隆は思わず息を呑んだ。

 翼は隆が何というか返事を待った。おかしいと言われるだろうとは思っている。でも、この気持ちに歯止めはかけられなかった。
「翼、お前……」
 隆が一呼吸置いてから、翼に語りかけた。
「めちゃくちゃ可愛いな! 凄い、どう見ても女の子……そうか、これが男の娘ってやつか」
 目をキラキラさせながら隆がそう言った。
「え?」
 思わぬ賛辞の声に翼は不意を打たれた。
「あ、あれ? 気持ち悪いとかそういう反応じゃないの? というか可愛いってどういうこと。ボク男だよ?」
「気持ち悪い? そんなわけあるか。俺が今まで会ってきた人間の中で一番可愛いぞ。声も完全に女の子だから気づかなかったしまるで魔法みたいだな。可愛い、綺麗、美しい、可憐、とにかくなんかそんな感じだ!」
 褒めまくられたことで翼の顔はみるみる赤くなっていく。
 もしかして隆は「男の娘」が好きだったのだろうか。そんな素振りは今まで見せなかったが、そうとしか思えない。性癖を隠していたということか。
 この姿を見せるまでに悩んだ時間を返してほしいと翼は内心でため息をついたが少しホッとしたのは確かだ。
 そして余裕が生まれてきたことで、隆をちょっとからかってやろうという気持ちが芽生えた。
 翼は隆の両手を自らの両手で握り込んだ。テーブルの上でその手を握る。
 そのまま目をウルウルさせて隆の目を見つめながらこんなことを言った。
「何度も言うけどボクは男だよ。その証拠に、男にしか付いてないアレもついてるんだよ。それでもボクのこと可愛いって言ってくれるの?」
 ちょっとやりすぎたかもしれないと翼は内心で思ったが、ここまで来たら突き進むのみである。それにしてもアレとか、言い方というものがある。
 これで隆が冗談を言うなり慌てたりすれば、それで寸劇は終わりになるという寸法だ。
 だが、隆は思いがけない行動に出た。
 翼の両手を握り返し、やはり翼の目を真っ直ぐ見つめてきた。その表情はいたって真面目である。
 翼は思わずドキリとする。そしてそのまま隆は翼に語りかけてきた。
「何言ってるんだ翼。男の娘がそれを捨てるなんてとんでもないぞ。むしろあった方が二度美味しいじゃないか」
 真剣にそんなことを間近で言われてしまい、またも翼の顔が真っ赤に染まる。二度美味しいってどういうことだ。
 恥ずかしすぎて慌てた翼は何も言い返せずにそのまま固まってしまった。そしてドンドン顔は俯いていく。まともに隆の顔が見られない。いったい自分はどうしてしまったのだろうか。
 そのまま時間が流れていく。すると隆が声を発した。
「……翼、そろそろ手を離さない?」
 手を握ったままだったことに気づいた翼は慌てて手を離した。
 そして隆の顔が赤くなっていることに気づく。
 隆は周囲チラチラ見ているようだが、翼もふと周囲を見回すと周りの客が自分達に注目しているのが見えてしまった。
 よく考えたら、客観的に見ると若い男女が両手を握って真っ赤になりながら真剣な顔で話をしている状況である。周りの注目を集めない方がおかしい。
 は、恥ずかしい!
 さすがにこのままこの場にいるのは居た堪れない。
 まだ注文をしていなかったのは幸いだった。お店の人には申し訳ないがここは退散させてもらおう。
 翼と隆はすぐさま店を出る準備をし始めたのだった。

 お店の人に事情を説明して店を出た。
 2人ともさすがに恥ずかしかったので全てを話したわけではないが、店員さんもどうやら一部始終を見ていたようで理解してくれた。
 ありがたいことであると同時に、周囲の人もやっぱりそう言う目で見てたのだと分かってしまい、2人の恥ずかしさは倍増である。
 今日は帰ろうということで駅への道を2人で歩く。何とも気恥ずかしく会話はない。
 だが、翼が意を決したかのように、隆へ話しかけた。
「あのさ、こういうことを言うのは恥ずかしいんだけど……またこの格好で会いに来てもいいかな?」
 不安そうな翼の表情。どう見ても女の子にしか見えない。
 隆は情緒が壊れそうになるのを懸命に抑えながら、何食わぬ風を装って翼に答えた。
「もちろん。翼がそれを望むなら」
 その顔がパッと明るく輝く。男には見えない。これが「男の娘」か。
 これが新しい概念を目の当たりにしてしまった人間の感情か。怒濤の如く押し寄せる波のような感情に隆は大きく揺さぶられる。脳みそが爆発しそうだ。
 2人はその後は会話もなく駅へ向けて歩いていた。
 だが、両名とも内心では色々な感情が湧き起こっていて大混乱である。でもそれを表には出さない。
 2人の関係は今後も続いていく。
 その先にあるのは「友人」の関係なのか、それとも別の何かなのか。
 今はまだ誰もそれを知らない。
 翼と隆は駅への道を、そして明日への道を1歩ずつ歩いていった。


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