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ヴェネツィアへ、ヴェネツィアから


リド島の海岸

 8月末から9月初旬の10日間ほどのこの時期、SNSの「過去のこの日(On the Day)」機能で顕著な傾向が現れる。夏の終わりの、穏やかで人もまばらなビーチ。海と空がどこまでも青い。朝、あるいは深夜の、水上バスから見たヴェネツィアの風景。そしてレッドカーペットと、映画館の中で拍手を受けるスターや監督たち。SNSを始める前から10年ほど、ヴェネツィア映画祭に通っていたのが、ほんとうに懐かしい。この時だけ忽然と現れるレッドカーペット(普段は海岸沿いのフツーの道路)を中心に、スターの登場を待ち受ける人々、パスを首から下げて忙しなく彼方からこちらへと移動する関係者やジャーナリストたち。会場になっているヴェネツィアのリド島はこの時期、まだまだ日差しが強くて昼間は暑いけれど、空気が澄んで気持ちがいい。ヴェネツィア本島からの水上バスを降りて、時間があれば会場行きの混雑するバスには乗らずに、運河沿いの住宅街の中の道を歩いていくのがいい。

リド島には車も走っている
が、運河もある

 昨夜、ローマの自宅で、ヴェネツィア映画祭の授賞式の中継を途中から見ていた。オリゾンティ部門に出品していた、塚本晋也監督の「ほかげ」は、前日に「最優秀アジア映画賞」を受賞していたものの、公式賞では残念ながら無冠に終わった。

 コンペ部門の表彰に入り、まず最初の「最優秀新人俳優賞」にSeydou Sarr の名が発表されると、セネガル出身の、明らかに戸惑いともうその時点で泣きそうな表情の本人と共に、隣の席にいたマッテオ・ガッローネ監督の驚きと、これもまた明らかに戸惑いの混じった表情が映し出された。

 今年のヴェネツィア映画祭は、ハリウッドの俳優らのストライキの影響を受け、アメリカからの映画の招聘が厳しく、その分(とはっきり言っていいだろう)イタリア映画が、コンペ部門23作品のうち6作品を占めていた。が、その中でも、ダカールからヨーロッパを目指してアフリカ大陸を横断する2人の青年の姿を、彼らの目を通して描いたマッテオ・ガッローネ監督の「Io Capitano(仮題、我、キャプテン)」は、イタリアのメディアにとって、今年の金獅子賞(最優秀作品賞)の大本命であったし、監督もその気十分だっただろう。ガッローネ監督は、イタリア・マフィアの暗部を描いた「ゴモッラ」で2008カンヌ映画祭でグランプリを獲得したほか、2012年にも同賞、またイタリア国内の映画賞であるダヴィデ・ディ・ドナテッロ賞は何度も獲得しているが、ヴェネツィアではこれまで無冠だった。

 自らの監督作品で、主演俳優が受賞するのは、喜ばしいことであるのは間違いないのだが、同時に、その時点で大賞を逃したことを暗に示唆する。厳密には、(本年のルールでは)最優秀新人俳優賞、最優秀男優、女優賞は、金獅子賞(最優秀作品賞)、銀獅子賞の2つ(最優秀監督賞、及び審査員大賞)、審査員特別賞とは被っても良いことになっているものの、例年、ほぼお約束のように、イタリアは一応地元だけに出品作品が多く、期待もふくらむ割に、受賞が俳優賞1つのみ、ということが多くてがっかりさせられている。ガッローネ監督の脳裏にも疑いなく、まさかまた・・・の思いがよぎっただろう。

 結果として・・・ガッローネ監督は、銀獅子賞を得た。その発表の際にもまた、今度はより明らかな、晴れやかな喜びと共に、やはり再び、ちょっぴり戸惑いの表情を見せた。ここにいるからこそは、そして少なくとも前評判からすれば、金獅子賞への期待が膨らんでいたであろうから。もう一つ、これはうがった見方かもしれないが、以前はこの銀獅子賞が最優秀監督賞として、名実ともに銀、金に次ぐ第2位の賞であったのが、2016年から「審査員大賞」も銀獅子賞と称することになってから、銀なのに、なんだか2.5番手くらいの、妙なことになってしまっている。その「銀獅子賞・審査員大賞」は、濱口竜介監督の「悪は存在しない」が獲得した。

 ガッローネ監督は、受賞によってこの映画がより多くの人に届くことへの期待、そしてこの賞を、ヨーロッパを目指しながらそれを果たせなかった人々に捧げると語った。また最後に、この映画がモロッコでも一部撮影をしたことに触れ、大きな震災を受けて苦しむモロッコに心を寄せた。

10 set 2023
(写真はいずれも2016年のもの)

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