火傷とお灸と我慢の話。

うちのじいちゃんは、ものづくりが得意だった。何か壊れても自分で直すし、大工仕事のようなことも自分でしていた。具合に影響はなかったけれど、腰が昔から曲がっていたんだが、それをもろともせずに。パワフルだった。特に脳みそがパワフルだった。

ある日、何がこわれたかもう覚えていないけれど、電気系統のものが壊れて、電気回路を修理してくれていた。

僕はハンダゴテというものを初めてみて、ハンダ付けするのを横から覗いていた。じいちゃんが少し離れた時に、何かが溶けないように、ガラスの灰皿でにハンダゴテを立てかけていたのだが、何を思ったか、僕はハンダゴテを手にしてしまったのだ。

しかも、先の方を。

一瞬よくわからなかったけど、手がジュッといった。気がした。

次の瞬間、信じられないくらい手のひらが熱くて泣いた。小さかったのだ。まだ、可愛らしいさかりのころだったのだ。泣いた。

それを覗いたおばあちゃんが、びっくりするくらい、今でも残像が焼き付いているくらい、、速いスピードで庭に走り、アロエを切って、手に張り付けてくれた。痛くて染みて嫌だったけど、アロエのおかげか、今はもう跡形もない。綺麗な手になっている。ばあちゃんダッシュのショックが強かったのか、病院に行った記憶がない。アロエで治ったと未だに信じてる。でも絶対病院も行ったと思うけど。

時は経って、僕が小学生の頃、兄と一緒に怒られた。これも何故怒られたかなんて覚えていない。小学生なんて、週の半分は怒られるでしょう?

おばあちゃんが、お灸ば据えるぞ!と言った。いつものことだ。はい、すみませーん。って感じだったのだが、ばあちゃんがゴソゴソして帰ってきた左手には、もぐさがあった。塊の百草だ。

え、まじ??

モノホンのお灸を据えられた。せんねんきゅうとか、そういうやつではない。モグサダイレクトオンザハンドだ。ダイレクトだ。

ばあちゃん的にはちょっと熱い思いしたら懲りるだろうという思い。

案の定、兄はあっつ!っとすぐに振り払った。

僕は何を思ったのか、我慢した。

いや、ほんとうに熱かった記憶がある。でも、じっとお灸を見つめて耐えた記憶が鮮明にある。熱かった。だって、ダイレクトでっせ。

その証拠は今も右手にある。だいぶ薄れたけれど、20年以上経った今も右手にあるのだ。今だと体罰になるのだろうか。笑

たまにぼーっとしながら、その火傷跡を触っている時がある。これもまた、今となっては想い出のひとつ。おばあちゃんとの笑える想い出。

でも、一つだけ言っておく。我慢しすぎるのはよくない。程々で十分。

#エッセイ #長崎 #家族 #じいちゃん #ばあちゃん #兄ちゃん #想い出

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