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飲み会に行かないと壊れる人間関係なんて、もういらない。

私は、下戸だ。

けれど、前の職場でそのことを知る人はほとんどいなかった。
上司に誘われた飲み会を断る勇気も、「私はウーロン茶で」と言う度胸も、なかったから。

前の職場は、お酒が大好きな人たちの集団で、飲み会がとても多かった。飲み会に参加するのは当然という空気があって、あまり参加しない人や飲めない人はノリが悪いよね〜と言われてしまうような傾向があった。

だから、仕事を円滑に進めたくて、場の空気を壊したくなくて、誘われた飲み会にはきちんと参加したし、本当は1〜2杯が限界地点なのに、そこそこ飲める人のふりをしていた。

私は下戸な上に、賑やかな場所が苦手で、コミュニケーション能力が著しく低い。仕事終わりにあまり接点のない上司とエレベーターの前で鉢合わせると、何を話せばいいのか悩みに悩んで、この世の終わりかのように絶望するレベルに。

最強の飲み会弱者だったので、これはまずいと思い、いかに飲み会の場を問題なく乗り切るか、脳内会議を開催した。

会議の結果、①会話を盛り上げる知識及びスキルを身に付ける、②社員一人ひとりの特性を詳細に把握して会話の糸口を見つける、③二次会で行くカラオケで皆が盛り上がる曲を歌えるようにする、という策に辿り着き、入社から約半年間でこれを実行した。

以下、詳かに記す。
 
①時間を見つけては、雑談・気遣い・質問術・傾聴力・ホステスの愛され力・接待・ツッコミ・出来る秘書…とにかく飲み会で使えそうな情報が載っている本を多々読み漁った。ハウツー本は元々好きじゃなかったけど、とにかく貪るように読んで、重要事項には付箋を貼って、ノートにメモを取った。

②社員一人ひとりの出身地・経歴・従事してきた案件・家族構成・趣味等のプロフィール、今まで一緒にお話した内容、飲んでいたお酒の種類、次に飲みの席で一緒になった時にする質問事項等を一冊のノートに取りまとめて、暗記した。飲み会の帰途の電車の中は、大抵いつも死んだ顔をしてスマホのメモ帳に覚書を打ち込んでいた。

③二次会で行くことの多いカラオケに備えて上司世代にウケのいい昭和のヒット曲を調べ、ピンクレディー・松田聖子・プリンセスプリンセス・広末涼子等のラインナップを聴き込み、ヒトカラで練習に励んだ。

飲み会にそんなに神経削ることないやんと今では思うし、周囲ももしこんな私の事情を知っていたら、正直に話してくれればよかったのにときっと言ってくれたと思う。

でも、あの頃の私はいっぱいいっぱいで、飲み会で上手く対応すること=この仕事で生き残ること=下戸でコミュ力底辺の私が今全力を注ぐべきこと、なんていう勝手な方程式に苦しめられていた。

本当は飲み会へのお声がかかるたび(この飲み代があれば、文庫本が6冊買えるなんて幸せが掴めるし、喫茶店で珈琲とケーキのセットが5回楽しめるなんていう贅沢を手に入れられるし、二次会まで含めたらマンガ20巻分の大人買いなんていう冒険も出来るのに…というかお金の問題抜きにしても早く帰りたい…)と思っていたけれど、上手く仕事を進めるために行かなきゃ、頑張らなきゃと自分に言い聞かせてた。

幸か不幸か、自分らしさを捨てた陰の努力は報われて、私は相当お酒が強くて(下戸なのに)、ノリが良くて(根暗なのに)、いつも笑顔で(心からは笑えなくなってたのに)、幹事キャラ(端っこに座って、注文と片付けと会計という役割がある特権はありがたいと思ってた)だと周囲に認識されていった。
それに加えて、社内で仕事ぶりを褒められることもどんどん増えていった。

でも、私はどんなに褒められても、なんでだろう、情けなくなっていた。
これは仕事じゃなくて、飲み会要員としての評価なんだろうなって気付いていたから。



そんな私が、褒められて涙を堪えるのに必死になるほど嬉しかったことが、一度だけある。

それは、常日頃飲み会には参加せず、ベテランで、凄腕で、若手からは恐れられている女性上司が「あなたはこういう仕事が得意で、きちんと勉強していて、いつも頑張ってくれているから、今回も仕事を任せたい」って言ってくれた時。


嬉しかった。

飲み会要員としてじゃない、私の仕事ぶりをみてそう言ってくれたんだと心から思えて、本当に、本当に、嬉しかった。

今の日本には、やむを得ず仕事関係の飲み会に参加しなければならなくて、下戸でもその場の空気に合わせて飲まなければいけなくて、嫌なことを言われても愛想笑いで乗り切るしかなくて、そんな理不尽に耐えて頑張っている人たちが沢山いることを、私は知っている。無碍にすると、今後の仕事に響いてしまうから、我慢するほかない人たちがいること、分かってはいるつもりだ。

これから書くことは、そんな人たちにとって凄く嫌な言葉だと思うから、最初に謝らせていただきたい。ごめんなさい。

でも、声を大にして、言いたい。




飲み会に参加しないと得られない評価なんて、きっと大したことない。

飲み会に参加しないと壊れる人間関係なんて、きっとさほど重要じゃない。




評価のためとか人間関係を壊さないためとかそういうのじゃなくて、純粋に飲みたいっていう人たちだけが飲み会に参加して、そうじゃない人たちは参加しなかったり、参加してもソフトドリンクを堂々と頼めたりする、そんな自然な空気が漂う社会になったらどんなにいいかって、強く、強く、思っている。

誰かと一緒に食事をしたり、お酒を嗜んだりするのって、本来はとても楽しいことなはずだから。自分を苦しめるようなことであってはならないって思うのです。

長い間続けられてきた日本のこの慣習は、そう簡単に変わらないって分かっているからこそ、ゆっくり、少しずつでいいから、"付き合い"の飲み会が減って、皆が本当に一緒にいたいと思える人と、ごはんやお酒を楽しめる時間が増えますように、と願ってやまないのでした。



おまけ話。

私が、狂気の沙汰のようにこなした飲み会対応スキル向上策の①と②はキャリアコンサルタントの資格取得に大いに役立ったし(次の仕事にも活かせそう)、③は祖父母とカラオケに行った際にとても喜んでもらえたから、人生何がどう役に立つか、何がどう繋がっていくのか分からないな。

一見無駄のように感じてしまうことも、きっといつか「あの時のこれは、こんな意味があったんだ」って伏線を回収する日がくるって信じて、物語を読むように楽しく生きていけたらいいな、とも思うのでした。

おしまい。

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