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『サンクラウンの花嫁〜学び舎の街〜』前編

前作:『サンクラウンの花嫁〜薄明の街〜』、
『サンクラウンの花嫁〜薄明の街〜』後日談


 季節は春の少し前、霜の吐息がほどけそろそろ小さな花が地面から顔を出す頃。私たちサンクラウン一家は親子揃って光の街にあるフィンメル邸を訪れていた。
魔法使いも魔術師も古くは神々への感謝に生贄を捧げていたけど、現代ではご法度になってしまうからお茶を頂きに来たの。
一人前になった息子のイヴァンは魔法使いのニコラさんが三百年以上かけて育てた邸宅に感動し、着いてからはしばらく彼を質問攻めにしていた。
 イヴァンの高揚も落ち着きお茶を楽しく頂いていて、ニコラさんとイヴァンが昨今の魔術協会に関して色々と話しているのを眺めていた私とレイヴンは同じタイミングで視線を交えた。
「学び舎の話は聞いていて新鮮だな」
「そうねえ」
「あ、ごめん。二人で盛り上がっちゃって」
「うふふ、いいのよ」
「母さんは学校……行ったことなかったよね」
「ないわねえ。故郷では牧師様が週に二、三回読み書きを教えてくれてたから、それが学校の代わりだったの」
そう言ってどこでもない場所を見上げる。結婚前大学に行きたいなーなんて思っていたっけ。
「通っても構わんぞ」
「え?」
「大学なら大人でも通えるだろう?」
レイヴンの言葉に私は思わず身を乗り出し両手を握り締め、目を輝かせた。
「大学! 行きたい! どうせなら魔法の学校がいいわ!」
「ええっ!?」
ニコラさんとイヴァンは目を丸くし、レイヴンは周りの顔を見てニンマリした。イヴァンは両手をあたふたさせる。
「ちょっと父さん! 母さんは仮にも女神だよ!? それも花と薬草と! あと!」
「太陽の光の女神だな」
「それ!」
「あら、ダメ?」
「ダメじゃないけど、女神が人間の学校に通ってどうするのさ!」
「だって神様の世界には学校がないもの」
私の言葉にイヴァンはぽかんとして、頭を抱える。
「ああ、うん確かに学校はないか……いやでも女神を指南するなら神様の方が絶対いい……」
「確かに女神のまま学校へ行っても学校側が断るだろうな」
レイヴンは一度目を伏せて、右の瞼だけを持ち上げて私を見た。
「つまり神でなければ良いとそう言う話だ」
「なるほど! 人に化けるのね! 頭いい〜! レイヴンさっすが!」
私は上がったテンションのままレイヴンの顔に何度も口付けた。
「ええ……絶対ややこしくなる……」
「女神として忙しくもあろうが、何、我が伴侶は人と関わっていた方が嬉しいだろうからな」
「まあ優しい」
いつか光の街で夜空の下レイヴンと交わした言葉を思い出す。
野山に住みたいなら広い家だって買ってやるし、人の中にいたいなら街に住んだっていい。お前の保護者として見守っている。
レイヴンの真心に感謝し、私はきゅっと彼を抱きしめた。
「子供の頃の夢がまた一つ叶いそうだわ」
「その口振りだと、一つは叶ったの?」
「ええもちろん。願いはもう叶って、いま目の前にあるわ」
思わず頬が緩む。年の違う友人と、母さん以外の新しい家族。彼らと同じお茶を飲む穏やかなひととき。
「幸せってこう言うことを言うのね」
「もー、母さんったら……」
レイヴンはまたニンマリして紅茶に口を付けた。

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