01悪魔の集う酒場

 悪魔やヤクザどもが蔓延る街の一角に、その店はある。

「レイに会いに来た。ここにいるんだろ」
 そう言って俺の店に訪ねてきたのはでかいギターケースを抱えた眼光の鋭い少女だった。
「本来ならハイそうですか、と会わせはしないんだがお前さんの話は聞いてるよ。アンジェラだろう? あいつは奥で休憩してる」
普段は誰も通さない店の奥を、クイと顎で示してやる。彼女は軽く会釈すると、早々に奥へ入っていった。
 レイ ランドルフ ローランド。彼は俺の甥っ子で、去年魔法学校を卒業したばっかりの少年……とだけ言えばお前らは人間を想像するんだろう。けれども残念。俺たちは悪魔の家系で、つまり甥も悪魔ということだ。魔法学校の話は俺もよく知らん。聞きかじった話では、隔離されたところにあってイマドキ魔法使い達を育成している場所ってことだけだ。この店の常連にもちょいちょい学校卒業者がいるが、共通して学校の話はしたがらない。秘匿の義務でもあるのかね? その学校では、在籍している間ペアを組んで模擬戦などを行うらしい……レイのペア、それがあのお嬢ちゃんって話だ。あん? 俺? 俺はハドリー。ハドリー ヘイデン。白人どもの街であぶねえ酒場を経営してる悪魔だよ。
 しばらくすると、レイがにこにこしながらカウンターへやって来た。
「アンジェラをうちに連れてくから」
「そうかい。……頼むからいざこざはやめてくれよ」
「大丈夫だよー。そんな早々食べないよー」
俺の発言の意図を汲んだ返事をしながら、甥は裏のアパートへ相棒を連れ消えていった。

 俺の甥っ子は幼い時分から大変俺がお気に入りで、俺の店に前からちょこちょこバイトに来ていた。ここは法の目を盗んだ裏情報も売ってる店だ。俺は最初店にくる度追い返していたが……さすが悪魔の血筋というか、やはりこういう雰囲気が好きなようだった。そのうち、俺はバイトとして甥をこき使うようになった。
 学校に通い始める直前、レイは俺の店に挨拶にやって来た。
「ちょっと長くここを離れるから、挨拶に来たよー」
あいつはそう言ってヘラヘラと笑っていた。
「学校行ってる間はバイトは来ねえんだろう?」
「うん、長期休暇とかで帰ってきたら遊びに来てもいい?」
「……いいけどよ」
「ありがとー叔父さん」
そんなようなことを言って、奴は本当に学校に行ってしまった。人間がわんさかいる場所にあの食欲旺盛な――悪魔としての食欲だが――年頃の息子を突っ込む義兄の方針には驚いたものだ。そんでもって、本当に何事も起こさず卒業して帰ってきた甥にはもっと驚いた。卒業して帰ってきた彼は早々に、俺の店で正式な店員になり今はホールでお運びをしている……とまぁそういうわけだ。
 帰ってきた甥の口からは、アンジェラというお気に入りの少女の話がよく出た。学校でペアを組んだ相手で非常に好みの魂の色をしているとか。……魂の色ね。イマドキの悪魔は、もうすっかり人間社会に馴染んじまって悪魔としての本分は消え失せているもんだとそう思っていた。……少なくとも、俺の周りはそうだった。

 地獄から這い出して来た悪魔共が生き物と交じり、ヒトとして喜怒哀楽しやがて死ぬようになった今の社会で甥は異質だった。魂の色とにおいを判別し、あれは好きだとかそれは好きじゃないとか幼い時からそんなことを言っていた。確かに、悪魔としての機能は俺にも残っている。魂を見れるくらいには。けれど、甥のそれは太古の悪魔がやっていたような部類のものだった。俺たちの一族は、地獄の門を通過する魂の罪の判定をしていたそうだ。……いや、今もしている。だが、俺の周りには縁が薄い話だった。そんな古いしきたりを守っている連中が未だいるのか、と。数十年に一度、一族の上層部によってその”門番”候補が選出される。レイはその選出の式典に呼ばれたことがあった。だが甥は……式典には出なかった。能力が認められているんなら、顔を出した方が良いと言う俺に幼い彼は言った。
「式典なんて面倒なだけだし。あと、あんなところ楽しくないよ」
あんなところってのは、門番の仕事の話だ。地獄を見たことがある口振りで、俺はなんと返していいか分からなかった。

 話が逸れたな。結局、お気に入りが懐に舞い込んで来た甥っ子は俺と彼が住むボロアパートに少女を住まわせる方針で固めたようだった。年頃の男女が同棲ってどうなんかね。けれど、店に訪ねて来た少女からは二度と戻らない覚悟のようなものを感じた……。なにがあったんだか知らねえが、若いお嬢ちゃんのしていい顔じゃねえな、ありゃ。

「アンジェラとすむ家そのうち欲しいなぁ」
開店前、店のグラスを拭きながら甥は呟く。
「なんだぁ? 結婚でもする気か?」
「うん、まあねー」
おいおい、マジか。俺が呆気にとられていると、甥はにっと笑った。
「アンジェラが魂くれるって言うから、めいっぱい幸せにしてからもらおうと思って」
「……おめー、そりゃ……どこの映画のプロポーズだよ」
レイは、心底嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいた。

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ハドリー ヘイデン(Hadley Hayden)

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