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個性とコミュニケーション2

解体屋の大食い社長と詐欺社長は21時の消灯後、23時頃にはぐっすり眠って、起床7時の少し前には起きて談笑している。彼らは睡眠剤も求めず騒がない。心の強さというかやるべきことをするしかないと考え、日々穏やかな表情で淡々とこなしている。感情が安定していることは間違いない。
 スーパー万引き常習のガリ男は、あり得ないぐらい丁寧丁重なんだがタイミングも自分勝手で酷いのである。
「茶ちょーだい」
「本替えて~」
と子どものように発言する。 一番驚いたのが、昼食時に早朝のNHKラジオを録音したものを流すのだが、盗撮のニュースが流れて、焦ったのか、
「映画を携帯で撮影したら実刑なり罰金、どれくらいになるんですか?」
と迫ってきたのである。相当焦っていたので、多分実際に自分の携帯電話で、何かしら映画を録画し、携帯電話にデータが残っているのだろう。思わず、お灸を据えようと、
「詳しくはわからんな~取調官に聞いてみたら?証拠品で携帯押収されてるもんな」
と伝えておいた。何の焦りやねんと思わず心で突っ込んでしまった。少しの雑談でガリ男から聞いたが、彼は就労支援B型で働き、グループホームに住んでいる。何故万引きを何度もしたのか、そんな事よりも保釈は大丈夫なのか、弁護士とのやりとりも大丈夫かと少し不安がよぎった。実際その後ガリ男が少々苦労するのだが、それは別途またお話する。
 そんな事を少し考えながら10時のお茶配りを負えて、数名取り調べ、検事面談と活動がスタートしていた。留置場の出入口の解錠時の声だしは大声で
「解錠ヨーシ!!」
と叫ぶのだが、意外と回数が多いので、疲れるのである。
 そして正午から昼食を配るのだが、また一つ象徴的な事が起きた。基本的に取り調べは11時半頃に終えて被疑者の面々は取調室から留置場に戻ってくる。留置担当員は順にお茶、手の消毒、食事の配布と分担して行う。順番当番で、11時頃、弁当の中身もチェックするのだが、今日に限って一つの弁当セットにビニールの破れた端が入っていたのだ。留置場職員で少し相談して、モノ分かりの良さそうな詐欺社長に新しい弁当が届くようにしたから少し遅れるが、待って欲しい旨を伝えることにした。弁当を渡す際、誠司が事情をなるべく丁寧に穏やかに依頼してみた。詐欺社長は、
「全然いいですよ~むしろ丁寧にありがとうございます。取り調べも午後15時頃からと聞いてます~」
と何のストレスもないような声で笑顔で答えてくれた。
正直、被疑者たちはこういう“他人との違い”“区別”には過剰に反応することが多い。何なら言いがかりとなりかねない。
 誠司はこの詐欺社長は何でここに入ったのか?とやはり疑問を抱いていたのである。3年前の事案で被害届は2件らしい。特に取り調べ側の何も重い雰囲気でもなさそうである。そもそもほとんど解決している状態なのか、詐欺社長も堂々としているので、着地が見えているのかもしれない。
 詐欺社長の隣で弁当の件を聞いていた解体社長も笑いながら、
「俺の半分あげよか~!あ、規則違反なるか。でもちょっとあったかいご飯食べれるんちゃうの?」
と明るい声で話題にしてくれたのである。
誠司はほっと肩をなでおろし、お礼と黙礼をし、その場を去った。その後、12時45分頃に巡回ついでに
「もうすぐ到着すると思うので、申し訳ないが待っててください」
とフォローをいれておいた。
 昼食セットの片づけも終えて、自分たちの昼食を順番に取り、終えると、午後から取り調べに出る面々の解錠ヨーシ!の声だしである。
 14時頃、少し業務が落ち着いた所で、また一つアクシデントというか笑うとしかいいようがない事案が発生した。


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