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留置場の日常~その2~

どこからともなく、将棋の指し声がするのである。
「四ー三ー歩」「三ー二ー桂馬」
留置場にもちろん将棋セットはないのである。いきなり頭ごなしに注意しても良くないので、係長のゲンに相談した。
 ひとまず様子を見て、巡回の際に何をやっているか見てくることになった。
 なんと、2つの隣どおしの部屋で、ノートをお互いに切り、将棋の駒を作り、指しあっているのだ。
   思わずその執念は別の所に使ったら良いのにと言いそうになったけれど、その想像力には脱帽した。一旦現状をあるがまま、ゲンに報告した。
 しかし指しあっている2人の組み合わせがややこしい。窃盗余罪大量のルパンとオレオレ詐欺余罪ありのツーブロックなのだ。30代20代と世代も近く検事面談の待合で仲良くなり、ひげそり時間等でもよく喋っている。最近は夜な夜なクイズも出し合っている。頭ごなしに注意したら後々ややこしくなりそうだったので、騒ぎ過ぎないなら一旦静観する方針となった。
 本人たちは取り調べもない中でお菓子を食べながら真剣に思案をめぐらし、何なら生き生きと楽しそうに取り組んでいた。誠司は内心、「夜にはやるなよ」と思いながら、部屋の前を通り過ぎたのである。周りも怒る訳でもなく、あれやこれやとワイワイしていた。数人からお茶やお菓子の依頼の対応をしつつ、気づけば間もなく夕食の時間であった。そう18時から夕食なのである。17時頃から夕食の中身チェックを当番制で行い、17時半にはお茶のカップ回収、カップ洗浄、18時前にはお茶を提供し、順に夕食を配る。いつも決まったメンバーになるのだが、17時半頃に「お茶~」と依頼があるのである。あと30分で新しいお茶になるのだが、せっかちというか喉が乾いているのを我慢できないのか、性格とはと考えさせられる。数名のスタッフで追加のお茶も対応しつつ18時の配食まで無難に終えた。もちろん留置者にとって、夕食は楽しみの一つであるのであろう、皆ほんの10分程度で食事を終えるのである。少し留置場がなごむ時間でもある。午後に取り調べや検事面談が入ると、午後の楽しみであるお菓子も食べれずという状況にもなりえるので、お菓子を食べつつ、夕食を穏やかに食べている姿を見れるのもあながち悪くない。勿論お菓子も購入可能な物品も決まったルールがあり、上限数も決まっているので、皆それなりに慎重に考え、購入し、食べている。娯楽も限られている中で、食べることが楽しみになることも理解できる。せめて気持よく過ごしてもらえたらと誠司も日々思っている。


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