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青春と古橋

サタデーナイトフィーバーを観たのでメモ。
ネタバレあり。


1 ブルックリンのイキる若者


イキる若者、トニー。19歳。労働者の町ブルックリンでペンキ屋として働いている。職場の店長は意地悪だし、はたらけどはたらけど給料は良くならない。家に帰れば失業した父親が母親を怒鳴り散らしている。その反動もあってか、母親は神父としてお勤めをするトニーの兄貴をえこ贔屓。お前も兄さんのようになりなさい!父親からの圧力を避けるように、母は兄を崇拝する。トニーが唯一心を許せるのは慕ってくれる小さな妹だけ。家庭にいるのも職場にいるのもしんどいトニーは、週末に夜な夜な、悪友とディスコへ通い詰める、ただそれだけの日々を過ごしていた。

トニーにも良いところがある!ずばりダンスが上手いことである。ディスコへ行けばビートに乗れる。華麗なステップを踏むことができる。ここでは一番になれる!ここではみんなが俺を認めてくれる!女だってたくさん寄ってきてくれる!パッとしない人生でも、ディスコでは主人公になれるトニー。満たされぬ思いをこの痛々しいユートピアにぶつけてきたのであった。


2 空っぽの女、野心家の女

そんなトニーの周りには幾人かの女が現れる。ひとりはトニーの大ファン、アネット。トニーが大好きすぎる故に、脈がなくてもアタックするわ、コンドームを手のひらに広げて誘惑してみせるわ、気を引きたい一心でトニーの悪友どもに自らをレイプさせるわ(それであんまりにもみじめで情緒がおかしくなる)、とにかくあたま空っぽな女である。しかし古橋的にはこの後紹介する良い女よりもこっちの方が好きなのである。なぜなら一番人間らしいので。恋をすると空っぽになるんだよ。どんなことをされたってアネットにとってはトニーがいちばんで、手ひどくやられて、ようやく自分が大切にされる存在だって気づくんだよな。頑張れアネッサ。作中では救われない女である。

もう一人はできる女、ステファニー。もうステファニーって名前自体ができる女風である。生まれはブルックリンだが、上昇志向の強い彼女は今はマンハッタンでバリバリ働いている。もちろんトニーは社会的にもダンスの技術的にも申し分ない、この年上の女に一目惚れ。とにかくアタックをするが、キャリアウーマンの賢いあたしはきったねえ街のペンキ屋とは違うのよーんと跳ね返され、なかなか思うように進まない。時間をかけてようやくダンスコンテストのパートナーとして承認してもらえたけれど、付き合う人間も生活する環境も異なる二人は衝突してばかり。


3 青春はいつも苦い

ひそかに練習してきたダンスコンテストが近づいてきた!トニー・ステファニーペアーは大トリで練習の成果を発揮する。そしてとうとう優勝!最も良い成績を収めた。……しかしながら、なぜかトニーは不満顔。

「あいつらの方がおれたちよりも上だった!
おれたちが地元の人間だから、忖度されて優勝できたんだ!こんなの実力じゃない」

トニーは自分たちの前に踊ったプエルトリコ人のダンスに圧倒されていたのである。結果はどうであれ、「自分が唯一誇れると思っていたダンス」「自分の居場所、いわゆる存在意義であったダンス」で、「プエルトリコ人(=移民)」に負けたという事実。トニーは打ちひしがれ、乱暴にステファニーを犯そうとするが、手ひどく拒否されてしまう。(あまりにもイタい、それゆえに苦しい)

乱暴に走り出した車、仲間内で犯されるアネッサを横目に、物思いに耽るトニー。悪ふざけのすぎる悪友たちは橋のもとに車を止め、手すりに身を委ね、スリルを味わう。すると、運転をしていた友人、ボビーも橋へ出てゆき、トニーに向かって「どうして電話に出てくれなかったんだ? 俺はこんなに悩んでいたのに」と言い残し、自殺のようなかたちで転落してしまう!実は信仰深い娘を妊娠させていたボビー。知っていたのにも関わらず、仲間の異変に寄り添わなかったトニーたち。トニーは車を降り、地下鉄をふらふらと放浪する。おぼつかない足取りでたどり着いたステファニーの家で、自分は人生をやり直すこと、友人として見守っていてほしいことを、彼女に伝える。


4 フィーバーという病

挫折を受け入れた時、人は初めて大人になれる。フィーバーとは熱狂。痛々しいユートピアから目覚めた時、人は一段と深くなるのかもしれない。誰かのせいにせず、言い訳もせず、静かに受け入れていかなければならないのだ。ふがいない自分のことも、家族のことも、貧しさのことも人種のことも友人の死も何もかも。痛くて苦い。そして世間を知らないがために、何よりも輝いているアツいティーンエージャーの世界から降りる時期がやってきた。ぼろぼろの列車に乗るトニーは、まさに発達課題を乗り越えてようとしている!

けれども、そう簡単に見つめなおせるかな?捉え直せるかな?マンハッタンでばりばり働けるような男になれるかな?

現実は甘くないけれど、もがいて前に進んでいけ。受け入れて少しずつ前進していけ。いろいろなことを理解して、少しずつ大人になっていけ。そういうふうな意図を読み取れる、少しほろ苦い青春映画だったと思います。


ほし3.5。


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