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祖母の黒い服 #1

 祖母は年中、黒い服を着ていた。

 黒と決めておけば楽だからと、ブラウスもセーターも、スカートもパンツもショールも手袋も靴もカバンも、何もかも黒一色だった。
 例外的に、夏の薄手のブラウスに柄物があったが、それだってモノトーンの小さな水玉模様で、限りなく黒に近かった。
 冬になって駅前の繁華街へ外出するときは、真っ黒な毛皮のコートにふわふわの起毛の帽子を深く被った。それでいて、髪は白が潔し、と一切染めず、いきつけの美容院できつめのパーマをあて、ごく短く整えるのがお決まりだった。色白だったし、どこか寒い外国のおばあさんみたいな雰囲気があった。デパートでエレベーターを待っているときなど見知らぬ人から、「奥さん、お洒落ですね」と声をかけられることもあった。

 祖母の部屋で食事をするときは、正座と決まっていた。食後にお茶を飲みながら、祖母は私の顔をまじまじと見て、便所に行くたびに鼻をつまみなさい、そうすればその低い鼻が高くなるからと言ったことがある。そういう祖母も、子供のころに母親から同じように言われて実践していたら本当に鼻が高くなったのだと、すました顔でいうのだ。

    確かに祖母は鼻筋が通っていたが、やや鷲鼻だった。そのうえ、いつでも黒い服を着て、分厚いレンズのメガネをかけているのだから、ほとんど魔女みたいな容姿なのだった。 

 そんな祖母に好きな数字を聞くと、4と9と答えた。「死」と「苦」。みんなが嫌うから好きだと笑っていた。

 好きな動物を聞いたときは、黒猫、と答えた。一応、でたらめではないようで、むかし集めていたという小さな黒猫の人形を、機嫌の良いときに見せてくれることがあった。
   それは、竹か木製の、せいぜい10センチ程度の小さなこけしの類で、すべてしっぽの長い黒猫の形をしていた。箱の中に入れっぱなしだったから綺麗に保ってはいたけれど、何十年という時間を経て、ぼんやりと色あせていた。それでも、プラスチック製のおもちゃでしか遊んだことのない私には、質感もデザインも珍しくて新鮮だった。どれも人の手で細工され、似ているようで少しずつ違う。まだほんの子供だったから、レトロという感覚はなかったが、一列に並べて、いつまでも飽きずに眺めた。 

   一番好きな花を聞いた時は、椿、と答えた。椿は首からぽとりと落ちて縁起が悪いと嫌われるから見舞いの花にしないように、と教えてくれたのは祖母だったが、本人にはその潔さが好ましかったのだろう。

   祖母は、私がタイに来たばかりのころ、93歳で亡くなった。

「あんな重そうな石のお墓は嫌じゃ。おばあちゃんが死んだら、椿の木を一本だけ植えてくれたらええ」と、墓参りのたびに言っていたのに、その願いを叶えてあげることはできず、50年も前に先立った祖父と一緒に、石のお墓に眠っている。

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