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綺麗な人生

 キッチンから見える中庭に、フリージアが咲いている。花びらには、さっきまで降っていた雨の水滴が残っている。そこに太陽の光が反射して一面が輝いていて、嘘のように美しい。

 私の人生のようだと清美は思った。日曜の昼下がり、リビングで自ら宿題を始める息子、家の目の前の公園に犬と散歩に行く夫。それを見ながら、紅茶をいれ、クッキーを用意する。広々とした家に、キャンプ道具の積まれた車。社会課題を解決する企業に務め、浮気もしない夫。子供からも保護者からも職員からも慕われる教師である自分。これ以上があるだろうか。この中庭に咲くフリージアより美しい人生であるはずだ。そう考えながら、清美はまたあの頃を思い返す。

 高校一年生の二学期が始まってすぐ、清美へのいじめが始まった。陰湿で差別的で汚い言葉を浴びせられる日々に、清美は耐えた。言い返せば自分も同じように汚いものになってしまう。自分だけは綺麗なままでいようと、卒業までひとりで耐え続けた。当時清美を虐めていた一人が最近結婚したらしい。

「くそ! くそっ! 絶対に人生を最高なままで終えてやる! あいつらとは違う、もっともっと美しく、とんでもなく美しい生活を送ってやる! あいつらにはできない綺麗な人生!」

 フリージアに強い風が吹き付けて、水滴が飛び散った。

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