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思春期ワールド ~落とし物~

授業中。
 
男子生徒。
 
顔は正面を向いたまま、
視線しせんだけを左に送る。
 
(可愛い…
 佐藤さんって…彼氏いるのかな…。
 そういううわさ…聞かないなあ…)
 
しなやかな人差し指が、
タブレットをなぞる。
 
「あっ!」
 
彼女は使っていなタッチペンを、
ひじで机の外に押し出した。
 
床でねるタッチペン。
 
そして…
それは起こった。
 
(まただ!
 これは急に起こるんだ。
 
 この瞬間、
 僕以外の人は誰も動いてない。
 
 時が止まってる。
 
 いま、僕だけが動いている。
 どういう原理かは分からない。
 
 脳内で何かが分泌ぶんぴつされてるとか、
 ゾーンに入ったとかそんなことだろう。
 
 いつ起こるか分からないから、
 解明のしようもない現象。
 
 止まっている時間は、
 体感で約30秒程度。
 
 いけない!
 
 こんな説明しているうちに、
 時間が経過してしまった。
 
 いつもそうだ。
 
 流れ星を見て願い事が、
 できない人と同じだ。
 
 いつも気付けば終わってる。
 
 ダメだ!
 弱気になるな!
 
 いつ終わるかわからない時間を、
 有効に使わないと。
 
 佐藤さんは相変わらず、
 先生の方を見ている。
 
 タッチペンが落ちたことに気付いてない。
 
 で…どうする?
 
 授業中。
 人の目もある。
 
 不用意なことをしてる最中に、
 時間が動き出したら…
 もう学校には来れなくなる。
 
 じゃあ、どうする?
 
 佐藤さんにさわり……ダメだダメだ!
 そんなの危険すぎる!!
 
 イエローカードどころか、
 一発退学だ!!
 
 ここは…
 素直にタッチペンを拾ってあげよう。
 
 そうそう。
 真面目が一番なんだよ。
 
 待て!!
 
 そこによこしまな感情はないのか?
 
 なぜ拾う?
 
 彼女のものだから、
 拾うんじゃないのか?
 
 他の人のものなら、
 こんなに積極的じゃないだろ?
 
 いやいや、そんなことは…あるよ!
 
 そりゃ、そうだろ!
 これはスーパーチャンスタイム!
 
 この小さなイベントの積み重ねが、
 やがて大きな実りになるんだ!
 
 拾って…良い奴だと思われたい…。
 あわよくば渡す時に手に触れたい…。
 
 邪念じゃねんかたまりじゃないか僕は?!
 
 …ということは、
 僕はあのタッチペンに、
 触れるのが目的なのか?
 
 彼女が毎日使っているあの●●
 タッチペンに触れることで、
 間接的に彼女に触れたと、
 自己満足させたいのか?!
 
 キモい…
 
 いいや、そんなことはない!
 
 僕は落ちたから拾う。
 
 困ってる佐藤さんを助けるという、
 純然じゅんぜんたる気持ちで拾うんだ。

 
 気付いてない佐藤さんのために…
 
 ハッ!!!
 
 佐藤さんがこっちを見てる!!
 明らかに僕を見てる!!
 
 なぜだ!!
 
 あれ?!
 さっきは先生の方を向いて…
 他の人も動いてないのに…
 
 まさか!!!
 
 佐藤さんも僕と同じ能力が!!
 止まった時間の中で動けるのか!!

 
 やばい!!
 
 ぼ、ぼ、ぼ、僕、
 ま、まだ変なことしてないよね?!
 
 うわ~ず~っと、
 こっち見てるよ~!
 
 どうすんだよ、この状況~!!
 
 これ見えてたら、
 下手なこと出来ないよ、絶対!!
 
 うわ~でも可愛いなあ~。
 
 ず~っと、見つめられてるよ~。
 
 ほんと、可愛いなあ~)
 
「ちょっと、タッチペン落としてるよ」
「え?!
 あ、ありがとう、あゆみちゃん」
 
時間が動き出した。
 まただ。
 
 また僕は、
 何も出来ないまま終わった。
 
 いつもそうだ…
 いつもそうなんだ…僕って男は…)
 
「はい、では授業終わりま~す」
 
いつの間にか授業も終わっていた。
 
隣の佐藤さんを横目で見るが、
何事もなかったように、
友達と楽しそうに話している。
 
そこにひとりの男子生徒。
 
「佐藤、悪いけど充電ケーブル貸して。
 家に忘れてきてさ。
 もう充電1%なんだわ」
「いいよ。はい」
 
僕には…
 あの1秒が…
 ……
 ……
 とても長く……遠い……


 このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。

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