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ふたりの晩餐

受付の女性。
 
鈴木様。
 登録手続き完了です。
 
 簡単にこの施設について、
 ご説明します。
 
 ここは…
 あの世へ行く前の、
 準備をする場所になっています。
 
 ここであなた様には…
 
 いくつか、
 やっていただかないと、
 いけないことがございます。
 
 そのひとつとしてこれから、
 最後の晩餐の選択をして頂きます。
 
 あなたの人生の中で、
 最後に食べておきたい…
 これを食べれば、
 心置きなくあの世へ旅立てる…。

 
 それを今から選んで頂きます。
 
 そこに記述用紙ペンがございます。
 
 記入次第…
 あそこの食堂のおばちゃんに、
 お渡し下さい。
 
 ただしお残しには厳しい方ですので、
 食べ残しなどしないよう、
 量にはご注意を。
 
 以前、調子にのられ、
 キツイ罰を受けた方々●●がおらます。
 
 最後の晩餐、実食後は、
 あの世へ持っていきたい
 エピソード選びとなっております。
 
 それは創作室で行いますので、
 2階へお上がり下さい。
 
 ここまでで、
 ご質問ございますか?」
「だ、大丈夫です」
 
「では、そちらの席でご記入下さい」
 
記入用紙とペンを取ると、
テーブルに座り…思いにふける男性。
 
(何にしようかな~。
 
 私って…何が好物だった?
 
 若い頃年を取ってからは、
 違うんだが…それは大丈夫なのか?
 
 この状態って、
 脂っこいものも食べれる?
 
 ここ数年ずっと…肉を口にすると、
 のど拒絶きょぜつするんだが…。
 
 気持ちとは裏腹うらはらに…。
 
 でも、もう1度食べたいという、
 願望がんぼうはある。
 
 しかし…
 若い頃、あんなに好きだった焼肉も…
 もう10年も口にしてないしなあ…。
 
 注文しておいて、
 食べれなかったっていうのは、
 失礼な話だし…。
 
 いや、待てよ。
 
 そんなギャンブルをしなくても、
 シンプルに子供の頃から好きなもので、
 いいんじゃないのか?
 
 で?
 私は何が好物なんだっけ?
 
 ………
 元に戻ったなあ…。
 
 あれ?
 
 そういえば…
 家で最後に食べたのは、何だ?
 
 倒れたのが確か…
 朝だから前日の晩…
 何を食べた?
 
 ……あ~あれだ!
 いつもの、魚のあんかけ!
 
 スーパーのお惣菜そうざいの!
 
 あれは安くて、美味かった!
 あの甘じょっぱさが…。
 
 あんかけに野菜がたっぷりで、
 健康的な感じがして…よく買ったなあ。
 
 ……待て待て。
 あれはもういいんじゃないか?
 
 最後に食べたんだから。
 
 じゃあ、他に…
 お惣菜コーナーで、
 何があったかなあ……。
 
 思い出した!
 
 そういえば冷蔵庫に、
 まだ買ったばかりの……
 
 いやいや、考えが迷走してる…。
 
 そうじゃなく最後なんだから、
 もっと高級なもの…頼むべきだな。
 
 高級なもの?
 
 ん~~高級なもの高級なもの…
 
 待てよ…)
 
「すいません」
「はい、どうなさいました?」
 
「この最後の晩餐って、
 食べてみたかったものでも、
 いいのかな?」
「すいません。
 こちらはその方の、
 記憶からお食事をお作りしますので、
 口にしたことのないものは、
 ご提供できないことになってます

 
「そうなんですか…
 わかりました」
 
………。
 
松野寿司…
 すきやばし次郎…
 食べておけば…。

 
 何で生きてるうちに、
 行かなかったんだろう…。
 
 まあダメなものを考えても仕方ない。
 
 じゃあ、無難ぶなん寿司か?
 でも、どこが美味かった?
 
 行った店で、
 高くて美味かったとこ…
 
 ………。
 
 全然、思い出せん…。
 
 会社の会食で何回か行ったけど、
 緊張きんちょうしてて覚えてない。
 
 結構なお味です
 とても美味しいです…って、
 口では言ったが、口だけだからなあ…。
 
 私って…味覚音痴みかくおんちなのか?
 
 どうする…最後の晩餐。
 
 何か思い出せ……。
 
 あっ…おふくろの味。
 
 …ダメだ…
 おふくろ料理…下手だった。
 
 逆にあの味を思い出すってのは…
 危険なことだな。
 
 あれは止めておこう…。
 
 何度言っても、
 塩と砂糖を間違ってたな…必ず。
 
 今…
 ちょっと…思い出した…。
 
 もしかしたら、
 あの味のせいで私は…。
 
 おっ、そうだ!
 
 学校給食!
 この手があった。
 
 給食いっつも楽しみだったなあ。
 
 カレーも美味かった…
 唐揚げもカリッとしてて最高だった。
 
 コッペパンも種類があって…
 きなこのやつが私は大好きで…。
 
 フルーツポンチ…おかわりしたなあ!
 いっつも何人かでジャンケンして!
 
 ………
 ……全部だな。
 
 ひとつにしぼれんぞ。
 
 しかも最後の晩餐が、
 学校のカレーって…。
 
 いいのか?
 私の人生、それで…。
 
 もっと色々、食べてきたはずなのに…。
 
 ………。
 
 私の味の記憶って、
 こんなもんなんだなあ…。
 
 ………。
 
 私…生きてる間…
 何してたんだろう…。
 
 ………。
 
 あっ……)
 
………。
………。
………。
 
1時間後。
 
「では鈴木様。
 お食事が終わったようなので、
 2階の創作室へどうぞ。
 階段上って右手の奥になります」
 
男性は階段を上がっていく。
 
「ねえ、ちょっと。
 久しぶりじゃない?
 あんなに選ぶのに時間かかった人
「そうね。
 ずっと机で頭を抱えた…。
 でも、最後の晩餐…
 とっても美味しそうに食べてたわ
 
「結局、なに注文したの?」
グラタン
 
「グラタン?」
「鈴木さんがまだ新入社員だった頃、
 帰宅しようとしたら、
 都心が大雪に見舞われて、
 電車が全線ストップして、
 帰れなくなったらしいの。
 
 当然…
 帰宅難民が考えることは一緒で、
 近くのホテルはどこも満室。
 
 困っていたところに、
 付き合い始めたばかりの、
 当時の奥さんから連絡が来て、
 よかったらに来ないかって、
 声を掛けられたらしいの。
 
 こごえる体で何とか辿り着いた、
 彼女の部屋はとても暖かく…
 
 その時に彼女が作ってくれた、
 グラタンがとても美味しかったって…。
 
 体の芯からホカホカと…
 幸せな気持ちが体中に広がったそうよ

 
「へえ~」
その時…
 この人だって思ったんですって

 
「そういう一品ひとしななんだ。
 鈴木さん、胃袋つかまれちゃった」
「まあ、そういうことね。
 でもね…
 実は奥さんも、
 同じようなものを選んでたのよ

 
「そうなの?」
奥さんがここに来られたのは、
 もう15年も前のことね。
 
 奥さんも、
 お付き合いしてた頃の食事を選んでたわ。
 
 自分が体調をくずした時に、
 旦那さんが作ってくれた、
 野菜たっぷりのおかゆを選んでた

 
「お粥?」
料理をしたことない旦那さんが、
 レシピを見ながら、
 一生懸命作ってくれたからって。
 
 ニンジンの皮を、
 かずにすりおろしてにがかったり、
 卵のからが入ってたりしたそうよ。
 
 でも奥さん…
 これよこれ!って…
 少女のような笑顔で召し上がってたわ

 
「素敵ね…
 夫婦って…」

「そういうものなのよね…夫婦って…」
 

このお話はフィクションです。
実在の人物・団体・商品とは一切関係ありません。 

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