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ブッダという男:初期仏典を読みとく( 2023/12/07)/清水俊史【読書ノート】

佐藤哲朗先生:動画内容要約
インドのアングラニカヤのテキストには、男女の関係に関する記述がある。そこでは、男性と女性がそれぞれお互いに強い魅力を感じると述べられている。この点において、どちらかが劣っているとは書かれておらず、男女が同等に惹かれあうと解釈される。しかし、修行の場で男女が混在すると、互いの性的魅力に惹かれてしまうリスクがあるため、男女は分けるべきだとも記されている。これは、修行において注意すべき点として指摘されている。

また、インド社会における女性の役割については、家庭内に限定されるような狭い視野の生き方を批判的に見ている。そして、多くの問題の原因が女性関係にあるとして、女性に注意を促す記述もある。一方で、仏教の経典の中には、女性を劣った存在とみなすような差別的な表現も見られる。

最近は対話型AI、例えばChatGPTのようなものが普及しています。これらAIにブッダの言葉を読み込ませた場合、女性についてどう思うかという質問に対して、AIが仏教経典に基づいて差別的な回答をする可能性があります。これは大きな問題を引き起こし、ブッダが差別的なことを説いていたという誤解を生む可能性があります。

ブッダは世俗の生活を捨てて出家し、出世間の道を歩むことに関しては、男女差別は存在しないと説いています。しかし現実には、女性の出家には多くの困難が伴い、その身軽さを売りにするビクシュニー(出家した女性)にとっては、追加の負担となる可能性があります。シャクヤ族の中では、女性の出家に対して否定的な見方が存在していたかもしれません。

ブッダの実母であるマハープラジャパティー・ゴータミーは、出家を望んでブッダのもとを訪れますが、ブッダは最初これを拒否します。彼女は、強い意志で出家を求め続け、最終的にはブッダに受け入れられました。このエピソードは、仏教初期の女性出家者として重要な意味を持ちます。

ブッダという男に関する現代の神話やその背後にある研究は、キリスト教のイエス研究と類似しています。西洋でイエスの人間像を新約聖書に基づいて復元しようとする試みがあり、それを参考にして日本の仏教学者たちもブッダの像を新しい方法で再構築しようと考えた可能性があります。この本では、ブッダの平和主義者としてのイメージ、輪廻を否定したか、階級差別を否定したか、男女平等を主張したかといった通説を否定しています。
しかし、ブッダの新しい神話によってインド社会に大きな変革がもたらされたことも指摘されています。特に、アンベードカル博士によるカースト制度の否定や男女平等の主張、科学的精神に基づいたブッダ像がインドの仏教復興に影響を与えたことが述べられています。

このアンベードカル博士の例は、新しいブッダの神話が社会を動かした事例として挙げられており、現代の神話が歴史を動かす力を持つことを示しています。この本は、通説を否定することに重点を置いており、読む際には深い理解が必要です。

第8章では、仏教誕生の背景としてバラモン教とシラーマナ宗教について触れられています。約2600年前のインドでは、伝統的なバラモン教に対抗する形で多くのシラーマナ宗教が生まれ、仏教もその一つとされています。第9章では、仏教と他のシラーマナ宗教の教えがどのように異なるかについて詳しく論じられています。特に、仏教は他のシラーマナ宗教と明確に異なる特徴を持っていると指摘されています。

第10章では、「ブッダの宇宙」というテーマで、仏教のコスモロジーについて説明されています。これには、仏教がどのようにしてバラモン教や他の宗教の教えを取り込み、独自の解釈を加えていったかが述べられています。また、アガニャスッタなどの初期仏教のコスモロジーに関するテキストについても触れられています。

ブッダの教えや仏教の背景を詳細に解説し、読者に深い理解を促しています。仏教学者にとっては、参考文献リストが特に興味深い部分であるとも述べられています。

この本では、ブッダという男に関する通説を批判的に検討しています。特に、ブッダが男女平等を主張したかどうかについての議論が注目されています。仏教学者たちの間で、ブッダの教えに関する解釈が様々であり、それぞれの立場や背景に基づいて意見が分かれていることが示されています。学者たちは、自分たちの所属する宗派や思想に合わせてブッダの教えを解釈し、それが女性差別などの現代的な倫理観に反する場合でも認めることが難しいとされています。

また、仏教研究においては研究者の主観が影響を与える可能性があり、そのため読者は研究者の背景を理解した上で研究書を読むことが重要です。仏教学の世界における人間臭い側面を浮き彫りにし、それに基づく問題点も指摘しています。特に、仏教学界における出版妨害やハラスメントの問題が取り上げられており、日本インド学仏教学会がこれらの問題に対して適切な対応をすべきであると主張されています。仏教の通説を批判的に再検討し、ブッダの教えを新たな視点から見ることを促しています。

最後の部分では、ブッダの教えとその実践に関する深い洞察が示されています。特に、ブッダが輪廻や因果の教えをどのように説明し、それらが仏教の核心部分を形成するかが詳述されています。また、ブッダの教えがインド古代の他の宗教や哲学とどのように異なるか、そしてそれらがどのようにブッダの独自の教えと結びついているかについても触れられています。

ブッダの教えを、伝統的な解釈や現代的な誤解から離れて深く理解することを目指しています。また、ブッダの教えが単なる宗教的教義にとどまらず、その時代の社会や文化に深く根ざしていることを示しています。仏教の研究において、学者たちの主観や所属する宗派による影響が大きいことが指摘され、それによって生じる問題にも光を当てています。

本書は、ブッダの教えに関する新しい視点を提供し、仏教研究の世界に新たな議論を呼び起こすことを目指しています。


はじめに

★第一部ブッダを知る方法

第1章:ブッダとは何者だったのか

  • ブッダに関する確実な情報は極めて限られている。

  • 初期仏典を読んでも、ブッダの生涯は一本の線としてはっきりしない。

  • 初期仏典は相互に矛盾する記述や神話的装飾、後世の加筆が見られる。

  • 生涯だけでなく、何を語ったかもはっきりしない。

  • 悟りを得たブッダの初めての説法について、資料によっては無我が説かれたり、四諦が説かれたりしており、内容が異なる。

「歴史のブッダ」を問い直す 

一部の研究者は、ブッダが輪廻や迷信を否定したことを発見、別の研究者は、男女平等を唱えたと主張、また他の研究者は、経験論者であり不可知論者としている。

「神話のブッダ」を問い直す

これからの「ブッダ」を問い直す

第2章:初期仏典をどう読むか

ブッダの生涯とその教えを訊ね、その先駆性を歴史のなかに位置づけるためには、初期仏典(三蔵)がその考察材料となる
第2章では、この初期仏典の概要と、それをどのように読むべきかについて検討していきたい。

初期仏典とは何か

批判的に読むということ

初期仏典を使ってブッダの姿を再現するのは、単純そうに見えて実は難しい。この本では、特に上座部仏教に伝わる初期仏典を中心に検討を進めている。しかし、その中には数えきれないほどの矛盾が存在する。このような矛盾に直面した場合、どのように解決するのが良いのかを検討する。
たとえば、初期仏典では、ブッダが悟りを得てから初めて唱えた言葉として次の二つの資料が残されていて、統一見解がとれていない。

第一の詩は、ブッダが菩提樹の下で縁起(すべての現象の生滅には原因が必ずあるということ)を覚知し、その結果、煩悩が断たれたということ。
第二の詩は、輪廻する心身(家)を生み出す根源は渇望(家の作者)であるが、一切智者となったブッダには、輪廻する身心(家)を構築する煩悩(梁)や無知(屋根)が破壊されており、再び輪廻しようとする渇望(家の作者)もないという。
批判的に仏典を読めば、「どちらかが事実でない、または両方が事実でない可能性がある」と考えるかもしれない。しかし、二十世紀になるまで、仏教者は仏典を調和的に読むことが一般的だった。彼らは「仏典は正しいに決まっている」という先入観から「仏典に間違いがある」という発想そのものがなかった。仏典に書かれていない事態を想定してでも、矛盾が起こらないように解釈することが彼らの使命であった。たとえば、スリランカの注釈家ブッダゴーサ(五世紀)、両伝承の真正性に疑義を抱くことなく、「ブッダは、悟り得たあとに①の言葉を心で唱え、続いて発語して②の言葉を唱えた」というように調和させている。もちろんこの解釈が歴史的に正しいことを裏づける根拠は一つもない

初期仏教の教えでは、ブッダは効果的に教えを伝えるために世俗的な言葉を使用しつつ、アナッタ(無我)やアニッチャ(無常)などの深遠な究極の真理を強調した。彼は自己や魂といった用語を巧みに用いたが、それらの言葉が一般的に関連付けられているインド哲学のメタフィジカルな信条を必ずしも支持していたわけではない。この方法は「方便」として知られ、後の大乗仏教で詳述されるが、初期仏教教義の実用的なアプローチに根ざしている。
[参考:https://nbra.jp/publications/71/pdf/71_30.pdf]

先入観なく読むということ

傲慢なブッダ、謙遜するブッダ

韻文優先説と人間ブッダ

【仏典における韻文と散文について】
散文
は、直接的で平易な言葉を用いる。たとえば、『法句経(ダンマパダ)』には、仏陀の教えが簡潔な言葉で表現されている。以下はその一例:
「すべての状態は心から生じ、心によって造られる。もし誰かが汚れた心で話すか行動すれば、苦しみがその人について回る、牛車の車輪が牛の足跡を追うように。」このように文章は直接的で、仏教の基本的な教え、すなわち心の状態が私たちの経験を形作るという考えを明確に伝えている。
韻文は、詩的な要素とリズムを持つ。『法華経(サッダルマプンダリーカ・スートラ)』は、その優れた韻文の例である。以下にその一部を示す:
「たとえば世界の中に、種々の花が咲き乱れ、色々な香りが満ち溢れているように、この法華経もまた、様々な深い教えを含み、無数の利益をもたらす。」韻文は、比喩やリズムを使って、法華経の豊かさと多様性を象徴的に表現している。詩的な言葉遣いは、教えの深遠さや美しさを強調し、聞き手の心に深く響く。
これらの例から分かるように、散文は直接的で明瞭な伝達を目指し、韻文は詩的で情緒的な表現を用いる。仏典ではこれらのスタイルが組み合わさり、仏教の教えを多角的に伝えている。

★第二部:ブッダを疑う

第3章:ブッダは平和主義者だったのか

「善なる殺人」は肯定されるのか


暴力や戦争はどのように否定されるのか

歴史を振り返ると、ブッダの教えは時代と共に変化してきた。一部の研究者はブッダが平和主義者だったと主張している。例えば、シュミットハウゼン正木晃は、ブッダ自身は暴力を否定していたが、時代の変化と共に仏教が社会や政治と密接に関わるようになり、暴力や戦争を容認するように変わったと指摘している。馬場紀寿も、初期仏典では外敵を殺害する戦争は正当化されないと述べている。しかし、ブッダが現代的な意味での完全な平和主義者だったとは言えない。初期仏典を読むと、ブッダが生命を尊重し、戦争に反対していたとは一概には言えない。むしろ、ブッダが平和主義者だったというのは、現代の価値観に基づいて初期仏典を解釈した結果である可能性がある。
例えば、ブッダの弟子アングリマーラは元々大量殺人鬼だったが、出家し、悟りを開いた。これはブッダが殺生を禁じていたという事実と矛盾しているように見える。また、初期仏典には、戦争の無益さを説くブッダの言葉があるが、王に対して戦争を止めるよう直接教えた記録はない。例えば、コーサラ国のヴィドゥーダバ王がシャカ族の首都を攻める際、ブッダは「過去の業縁が熟し、その報いを受けてシャカ族は滅びるだろう」と述べ、戦争を止めることはなかった

征服を助言するブッダ

ブッダの生命観

殺人鬼アングリマーラ

ブッダは犠牲者たちを憐れんだか

加害者が被害者親族にかけた言葉

父殺しの王アジャータサットゥ

解釈としての平和主義


第4章:ブッダは業と輪廻を否定したのか

神話を事実である「かのやうに」捉える

1912年(明治45年)1月に「中央公論」誌に掲載された。森鴎外の小説「かのやうに」は、サンスクリット語を学び、「カニシカ王と仏典結集」という論文を書いた五条秀麿という主人公が、ドイツ留学後に神話と歴史の区別に苦悩する様子を描いている。五条は、神話と歴史を一体化しようとするが、批判的学問の影響でそれが困難であると気づく。彼は、『古事記』や『日本書紀』の物語が神話であると認めつつ、「かのやうに」(Als Ob)捉えることでこの問題を乗り越えようとする
この小説で描かれるテーマは、当時の宗教や歴史研究者たちが共有していた問題を反映している。例えば、19世紀のドイツの自由主義神学者ダーフィト・シュトラウスは、福音書の奇跡を神話として捉え、その起源を探る手法を提唱した。これは、科学的知識に基づく近代的視点から福音書の記述をすべて事実とは受け入れがたいという問題意識に基づいている。
明治期の日本仏教も同様の問題に直面していた。初期仏典から神話的要素を排除し、歴史的なブッダを再解釈しようとする動きがあった。特に業や輪廻の概念をどう捉えるかが焦点となっていた。近代科学的な視点から、業と輪廻の思想を受け入れることは難しいとされ、多くの仏教者がこの思想をブッダの教えから排除しようと試みた。しかし、これは困難な試みであった。なぜなら、ブッダ自身が古代の価値観を持ち、初期仏典もその世界観に基づいて編纂されていたからだ。それにもかかわらず、いくつかの研究では「ブッダは輪廻を認めていなかった可能性が高い」という主張がなされ、ブッダの現代的解釈が生まれた。こうした学説は、客観的な研究として提出されているが、もし事実ならば、これまでの仏教の理解は誤りだったことになる。
この章では、ブッダが実際に業と輪廻の存在を否定していたかどうかをみていく。

無我と縁起

無我説:個体存在は五要素(五蘊=色・受・想・行・識)に分解され、そのいずれもが無常。ゆえに恒常不変の自己(アートマン)は見いだされない。
自己一貫性を保ちながら輪廻するのか縁起(原因によって生じること)⇒過去の個体存在(因)が現在の個体存在(果)を生み出し、現在の個体存在(因)が未来の個体存在(果)を生み出す、無常なる自己が、因果の連鎖によって、延々と個体存在を再生産し続けていく⇒輪廻
したがって、輪廻説と無我説は調和しており、矛盾はない。

無記と輪廻

無記を根拠に『業と輪廻』の世界観を外そうとする考察もある。
無記とは:一般概説書では、形而上学的な問題にブッダが解答を拒否し沈黙したこと。具体的には以下の10の質問の回答を差し控えたとされる。
①世界は常住である。
②世界は無常である。〔時間的に限定されているかどうか〕
③世界は有辺である。
⑨世界は無辺である。〔空間的に限定されているかどうか〕
⑤身体と霊魂は同一である。
⑥身体と霊魂は別である。
⑦完成者(如来)は死後に生存する。
⑧生存しない。
⑨生存し、かつ生存しない。
⑩生存するのではなく、かつ生存しないのでもない。

仏教学者の中村元三枝充悳(さいぐさみつよし)は、ブッダが輪廻の存在について明確な回答を避けたこと、すなわち「無記」(沈黙)を保ったことをカントの二律背反やヴィトゲンシュタインの不可知論と関連付け、評価している。彼らは、輪廻が形而上学的な問題であるため、ブッダはその存在について答えなかったと考えている。仏教学者の田中公明は、「ブッダは、霊魂と身体の同異、死後の生存の有無などの形而上学的問題について、『無記』つまり沈黙を守って答えなかった」のであるから、「仏教の開祖ブッダの思想において、輪廻転生説が重要な位置を占めていたという点については、はなはだ懐疑的である」と述べている。

ブッダが「死後に生存する」「死後に生存しない」といった質問に直接答えなかったのは、そうした誤解を招く質問に対し、「有る」「無い」という回答がさらなる誤解や極論を引き起こす恐れがあったからである。仏教では無我を説き、輪廻の主体である自己原理(アートマン)を連想させる言葉の使用に敏感であった。例えば、「完成者は死後に生存しない」と表現すると、それは何らかの輪廻主体が存在し、後に消滅すると誤解される恐れがある。そこでブッダは、個体存在を五要素に分解し、これらが死後に存在しないと説明した。したがって、「無記」、つまりブッダの沈黙は、形而上学的な問いに対するものでも、輪廻という世界観からの距離を示すものでもない

中道と輪廻

ブッダは、快楽と苦行、有と無のような極端を斥ける中道の重要性を説いている。一部の研究者は、この中道の立場と無記(沈黙)を組み合わせて、ブッダが輪廻の存在について肯定も否定もせず沈黙を守ったと主張している。並川孝儀は、ブッダが過去や未来の有無に対して中道の立場から判断を保留していたと考え、これを輪廻観にも適用するのは自然だと述べている。
しかし、中道から判断を停止するという考えは誤りである。実際には、初期仏典でブッダは、「有る」と「無い」という極端から離れるべきだと述べた後、沈黙や判断停止せずに、中道に基づいて縁起説を説いている。

中道とは、有と無の両極端を斥ける縁起の教えを意味する。縁起は、生命が過去・現在・未来へと輪廻し苦しみに至る原因を探り、恒常不変の自己(アートマン)ではなく原因と結果の連鎖によって輪廻する過程を明らかにするものである。この理解から、ブッダが過去世や来世に関して判断停止していたという主張は全くの誤りである

ブッダの輪廻観

★韻文優先説の立場をとる中谷英明氏の主張

中谷英明氏の上記論法が妥当でない二つの理由。

  1. 韻文経典の権威の問題:仏滅後の初期仏教教団では、韻文経典は三蔵に含まれる聖典としての権威が認められていなかった。これらの経典が聖典として認められたのは、後の時代。したがって、初期仏教教団では韻文経典は重要視されていなかった。これに基づいてブッダを再構築することは、仏教の歴史的実像から逸脱する恐れがあるという理由で、この論法は妥当ではない。

  2. 『スッタニパータ』の記述に関する問題:『スッタニパータ』の最古層における記述には、「ブッダは兜率天から降りてきた」(四章九五五偈)という輪廻に関する内容が確認されている。これはブッダの前世が兜率天で修行をしていたという汎仏教的な前提がすでに存在していることを示している。この点を考慮すると、初期の仏教教義が単なる教義の伝達よりも複雑な宗教的背景を持っていたことを示唆しており、この複雑性を無視してブッダを再構築することは、仏教の多様な宗教的要素を過小評価することになり、妥当ではない。

第5章:ブッダは階級差別を否定したのか

ブッダの近代性・合理性

平等を説く資料と、差別を容認する資料

沙門宗教という文脈

「ブッダが理性的で差別を否定した」とする主張は、主に『スッタニパータ』など古い韻文資料に基づくが、初期仏教教団はこれらを正式な聖典として認めていなかった。また、これらの韻文資料の内容はジャイナ教など他の宗教と共通している部分が多く、仏教独自の教義を代表するものではない。初期仏典に見られる「人は行いによって評価される」という教えもジャイナ教の聖典に類似しており、これは仏教と他宗教との教義上の共通性を示唆する。

仏教のカースト批判は、ブッダ独自の思想ではなく、沙門宗教全般に共通する特徴の一つだ。この批判の主な対象は司祭階級であり、初期仏典では特にこの階級に焦点を当てている。ブッダの時代(紀元前7世紀から前4世紀頃)は、司祭階級が勢いを失い、沙門や自由思想家たちが台頭していた時期で、彼らはヴェーダ聖典の権威を否定し、誰もが修行を通じて宗教的な完成(悟り)を得られると主張した。仏教のみならず、ジャイナ教の聖典においても、隷民(さらにカースト外の不可触民)であっても悟りが得られることを認めている。

沙門宗教という文脈を踏まえるならば、初期仏典において強調されるカースト批判は、あくまでヴェーダ聖典を法源とする司祭階級絶対論に対して向けられているのであって、階級制度そのものに向けられているわけではない。この背景には、ヴェーダ聖典の権威を否定することで、それまで絶対的だった司祭階級の地位を相対化するという意図がみてとれる。

聖と俗の平等

ブッダの教えは、人の価値を「生まれ」ではなく「行い」に基づけることで、カースト制度の根底を揺るがした。彼は、ヴェーダ聖典に記された四階級の起源に異を唱え、それらが行為や生業に基づく単なる呼称に過ぎないと主張した。たとえば、武士とは、かつて国土を支配した者たちに与えられた称号である。同様に、瞑想に従事する者は司祭、様々な職業に従事する者は庶民、卑俗な仕事を行う者は隷民と呼ばれた。
ブッダは、この階級の概念を超越し、人の行為が未来に果報を生む業(カルマ)として重要であると説いた。彼によれば、階級に関係なく、善行を行えば称賛され、来世で楽を享受する。逆に悪行を行えば、世間から疎外され、来世で苦を受ける。これは、現世での生まれや社会的地位が過去世の業によるものであるという考え方を示している。ブッダによるカースト批判は、貧困問題の解消や、富の再分配を意味しない。

理想と現実

アンベードカルの社会改革

第6章:ブッダは男女平等を主張したのか

仏教と女性差別

女性を蔑視するブッダ

女性の『本性』

平等の限界と現実

ブッダの男女観

第7章:ブッダという男をどう見るか

現代人ブッダ論

イエス研究との奇妙な類似点

「歴史のブッダ」と「神話のブッダ」

★第三部 ブッダの先駆性

第8章:仏教誕生の思想背景

生天と解脱

バラモン教と沙門宗教

沙門(しゃもん、サーマナ)は、サンスクリット語の「シュラマナ」の音写で、出家して修行に励む者。古代インド社会で発生したヴェーダの宗教から分岐したバラモン教ではない禁欲運動を指す言葉で、「つとめる人」という意味がある。沙門の伝統には、ジャイナ教、仏教、アージーヴィカ教、順世派などが含まれる。釈尊が出家された当時、インドの宗教者や思想家を二分していたグループの呼称でもあり、正統派の宗教者はバラモンと呼ばれ、非正統派の人々はひとまとめにして沙門と呼ばれた。沙門は、剃髪し、悪を止め善を修して、悟りを求める修行者を意味する。古くインドでは仏教以外でも用いられましたが、仏教では後に比丘(びく)と同義に用いられた。沙門たちは師を訪ね道を求めて各地を放浪(遊行)し、定住することがなかった。


沙門宗教は、古代インドに起源を持つ、苦行と瞑想を重視する宗教的運動。この運動は、ブラフマニズム(後のヒンドゥー教の基礎)の儀式や社会的階級制度に対する反応として生じた。沙門宗教の主な特徴は以下の通り。
苦行と瞑想:沙門宗教の実践者は、身体的苦行や厳しい瞑想を通じて精神の浄化や高い意識の状態を目指す。これらの実践が人間の苦しみを超越し、最終的な解放や悟りに到達する手段と考えられている。
社会的・宗教的制度への反発:沙門運動は、既存のヴァルナ(カースト)制度や宗教的儀式に反対する。個人の精神的な実践こそが最も重要とし、外部の権威や儀式に依存しない道を追求する。
多様な思想と宗教:沙門運動は、多様な思想や教義を生み出す。最も著名なのが仏教とジャイナ教で、沙門運動の理念を基に発展し、独自の教義や実践を展開する。
出家と放浪のライフスタイル:沙門たちは、一般社会から離れて放浪する生活を送ることが多い。物質的な所有を捨て、精神的な探求に専念する。このライフスタイルは、宗教的信念と密接に関連している。
倫理規範と非暴力:ジャイナ教では、非暴力(アヒンサー)を強調し、すべての生命への尊重が倫理の中核を成す。仏教もまた、慈悲や共感を重視する教義を持つ。
影響:沙門宗教は、インドの宗教と哲学に大きな影響を与える。特に仏教とジャイナ教は、その後数千年にわたりインドだけでなく、アジア全体に広がり、多くの人々の精神生活に影響を与える。また、これらの宗教は西洋の宗教や哲学にも影響を及ぼし、現代でも世界的に重要な宗教的・哲学的思想として認識されている。

沙門宗教としての仏教

第9章:六師外道とブッダ

道徳否定論

唯物論

要素論

決定論

宿作因論と苦行論

懐疑論

沙門ブッダの特徴

第10章:ブッダの宇宙

梵天と解脱

生天と祭祀

瞑想と悟り

現象世界と解脱

第11章:無我の発見

個体存在の分析

バラモン教や唯物論者との違い

ブッダは「真の自己」を認めたのか

経験的自己と超越的自己

なぜブッダは自己原理の有無に沈黙したのか

ブッダの無我説

第12章:縁起の発見

縁起の順観と逆観

煩悩・業・苦

ジャイナ教の縁起説

ブッダの縁起説

終章:ブッダという男

参考文献

あとがき

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