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対談:病んでるのにマッチョ

対談人物(F:俺、A:安部ちゃん)

F:あのさー、映画とかで良くあるじゃん、「妻を亡くして自暴自棄になって酒浸りになって自堕落な暮らしをして、毎晩、拳銃を口にくわえて、死にたいよーとか思っている男が、ふとした事件に巻き込まれて、敵をバッタバタと片づけ始める。実は彼は戦闘能力が異常に高い、昔はなんたらの兵士であった」みたいな奴。

A:ありますねー。

F:ぱっと思いつくのは、リーサル・ウェポンとか、ジョン・ウィック、ランボーとかかなあ?後、思い出せないけど、似たような設定で色々見た記憶があるよねえ。

A:まあ判官びいきというか、マイナスの状態~再起動~爆発みたいなのが好きなんでしょうねえ、皆。で、それが何か?

F:いや、君、生活に問題意識を持とうよ。

A:無駄な問題意識って、結局、無駄じゃないすか?

F:でね、俺が言いたいのは、自堕落きわまりない生活をしていた割に、なんであんたらそんな筋肉を維持できてるんですか?戦闘能力を維持できてるんですか?ってこったよ。おかしいだろ、奴ら、毎晩、「もう死にたい~」って泣きごと言いながら拳銃を口にくわえて、それでもトリガーを引けずに、「えーん」とか泣いて、ジンだのバーボンだのをラッパ飲みしてへべれけで眠るような暮らしをずっとしてんだよ?

A:ははあ、その辺りにイチャモンをつけたいわけですか。

F:イチャモンなんて失敬だな。問題意識って呼んで欲しいぞ。あのね、普通の人体組織を持った人間は、そんな暮らしを一か月でもしようものなら、ブクブクに肥って、筋肉落ちて、汗臭くなって、ヨタヨタ歩く、駄目なおっさんになるんだよ。で身体は完全になまっているから、いざ敵に襲われたって、「身体は昔の技を覚えてましたの」なんて感じでキレのある肉弾戦なんかできないの。人体なんてそんな都合の良いもんじゃねえんだよ。

A:まるで最近のテレワーク続きなあなたを見るようですね(笑)。

F:俺のことはどーでも良いの。そんなあり得ない「大人の童話」を、なんで世間の人々は受け入れて、やんややんやの喝采を贈るのか、そこが分からんのよ、俺には。ああ、一個思い出したけど、昔、船戸与一さんの小説で、凄腕の傭兵か何かが、仕事が終わると安ホテルとかに閉じこもって酒浸り、女浸りになって、ブクブクのグズグズになるんだけど、仕事が始まる前の期間になると、身体を整え始め、見違える感じになるみたいなのがあったなあ。そういう過程を経てならまだ納得できるんだけどねえ。

A:そこのブクブク期、役者がやりたがらない感じですね。

F:リアリティの追求として、やって欲しいけどね。

A:あ、○イザップとかのCMって、それやってる感じじゃないですか?役者とかが。

F:あれねえ。あれ、格好良い?「特殊工作員くずれの駄目男が再生する話」と比較して。

A:格好良いか?うーん、なんか使用前・使用後の痩せた人って、ただ貧相になっただけみたいな感じも受けますね。失礼だけど。

F:そーなんだよねえ、再生して「悪い奴らをバッタバタ」ってんじゃなく、おっさんが反復横跳びできるまでになりました、じゃあねえ(笑)。

A:何か悪いオーラが来るなあ。ご本人は頑張ったんでしょうし、身体が軽くなったのかもしれないけど、それを見せられてもこっちは………。

F:小市民的な「再生」すぎて、痛ましさすらあるってことだよね?

A:何言ってんすか、そこまでは言ってないですよ。

F:顔に書いてあるけどね。やっぱ再生の童話は、再生してから打ち上げる花火によって納得の度合いが変わるってことだよな。

A:落差の美学、みたいなもんすかね。それがあるから、ブクブク期を経てないのに童話として成立できる、と。

F:今、ふと思い出したけどさあ。古事記とかでイザナキがイザナミに死なれて、悲しゅうて悲しゅうて、結局、黄泉の国に訪ねに行くよね。あそこにも類似のパターンが潜んでいないかな?

A:彼、ブクブクになってましたっけ?

F:まあその辺の描写はなかったかな。太安万侶あたりが忖度して黒塗りしたんじゃないの?でも「嫁に死なれて凹みきったイザナキでしたが、体調だけは維持しようと筋トレに励んでいましたでおじゃる」とかあると思う?

A:その「おじゃる」は完全に誤用だと思いますけど、筋トレはしないでしょうねえ。そこまで落ち込んでいたらグズグズになっていたでしょう。

F:ほらご覧。やっぱ彼だってグズグズのブクブクになったんだよ。つまり「連れ合いの女性に死なれて、グズグズになった男が、ふとしたことで再起するパターン」だな。

A:今、調べましたけど、彼の場合、黄泉の国までイザナミを迎えに行って、イザナミが大変な状態になっているのを見て、逃げちゃうんですよね。で、追っかけてきたイザナミに、「お前んとこの生者を日々、大量に殺したるっ」と脅されて、「良いもん、こっちではそれよか産めよ増やせよって、人間を大量生産するしイ」てな言葉で応酬してますね。なんか辛いなあ。子供には見せられないですね。

F:夫婦の諍いに、日本中の生者が巻き込まれている感があるよな。

A:迷惑っすね。

F:古事記の場合、イザナキの再起は「死んでヤバい状態になった嫁との喧嘩」が発端になっているってことか。再起して、「こっちでビシバシ子作りしてやるでおじゃる」って、ナマナマしいまでの再起だよな。さすが神話。

A:でも神話だから彼は死んだ嫁に会いにいけたんすよね?

F:そりゃあジョン・ウィックだって可能であれば嫁に会いに行っただろうな。

A:なんか話が危険な方向に入って行くような………。

F:で、ジョン・ウィックが、イザナミみたいにヤバい状態になっている嫁を見た、としよう。

A:ほとんどゾンビ状態っすからね。

F:伝説の殺し屋であるジョン・ウィックだからねえ。鉛筆一本で人を殺せる。しかし、嫁は死んでいる。死人をもう一度、殺すなんてことはできない。ははあ、蛇行の末に事件の核心に近づいてきた気がするなあ。

A:病んでるのにマッチョって………。

F:死者殺しの物語なんじゃない?彼らは本当は死者を殺すって言うか、無化する必要があるんだけど、殺すことができない、だからそのエネルギーを罪のない悪人たちを殺すことに振り向ける。

A:悪人たちなんで、罪がないってことはないんじゃないすか?

F:いや、俺の勘だけど、「再起したマッチョに殺される側の罪」が先行してあったんじゃなくて、「死者殺しのエネルギーを向けた先は、何の罪もない人たちでした」ってのはさすがにまずいでしょってことで、後付けで「殺される側の罪」を設定したんだと思うなあ。

A:陰謀論の臭いがぷんぷんしてくるなあ。

F:だって映画のヒーローなんか薄まった神話みたいな存在なんだから、イザナキパターンと類似してて当たり前だよ。なんか凄い発見した気がするわ。病んでるマッチョが本当に殺したかったのは………。

A:この対談はあくまでフィクションです、って断り書きが必要ですね。

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