齢65を過ぎて

 今年の元日も、至極「普通に」起きた。
 普段からほとんどテレビを見ないし、新聞もとっていない。新年を迎えたとてやはりテレビのスイッチを入れる挙動には至らない。初詣にでかける殊勝な心がけもなく、新年の誓いもない。なんという不了見か。
 とはいえ神棚には正月飾りを施し、門柱には簡便な門松を括り付けてある。朝食の雑煮とミニサイズのお節料理を食べると、ああ正月なんだなという意識がようやく巡ってきた。
「季の巡りの悪い男」だ。
 腹がくちて落ち着いたところでポストを開けに行く。年賀状の塊がぽつっと入っている。ん、なんだか、少ない。ぱっと見、いつもの2/3くらいに見えた。
 取り出してみると、確かに減っている。
 今年はそんな思いから始まった。
 まだ四月ではあるが、ここまで、65歳の自分におきた異変を少し並べてみんとてするなり。紀貫之。

 まずは、先述の通り、
◯年賀状が減った
・「義理年賀状」?がなくなった
・「今回をもって年賀状を出すのをやめます」という人が数人いた

◯3月、同年齢の友人・知人がこぞって定年、中には隠居生活する人も

◯同、永年世話になってた病院の担当医が転勤した
これにはやや動揺、困った

◯週5(月〜金)で働くのがしんどくなってきた(老化進行)

◯睡眠時間が4時間くらいになった
(同上)
◯腰痛の常態化

◯細君が高血圧になった

◯おやしらず(第三大臼歯)が虫歯になり、手術することになった
 生まれて初めての入院、手術で頗る不安だ

◎能登半島地震が起きた
 これは個人のことではないが、元日早々の出来事で、不安と心配とで気が頗る乱れた。
 件の地震はスマホの鳴動で知り、特例のことだからテレビをつけた。

 いろいろ寂しい、つらい事項を並べてしまい不快な思いをされたかと思う。心底お詫びいたします。
 そんなことがうち続き、ああ、もう少し穏やかに謙虚に、人に尽くす生き方をせんといかんのかなと思うようにはなった。思うようになった、ということは、今まだそうではない、ということだ。
 仏道にいう「三毒」すなわち「貧瞋癡」から抜け出すのは容易ではない。「大人になれない」のと同様、「仏になれない」。成り難いから、修行して悟らねばならぬ。
 といいつつ、もっと人生を楽しまなきゃいけない、というのは逆向きのことのようだが、決して引き籠もらず世間と関わり続けることは大事なことだと思う。他人のためになるように在りたくば蟄居屛息ではなし得まい。それに、自分がこの世を楽しんで生きなければ他人と交誼を保つこともできないだろう。
 衆生の悟りとは、世俗の中に在りてこそ、か。
 煩悩即菩提。

 なんやわからん、また鵺(ぬえ)のような文が出来上がった。

 



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