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【創作SS】 No.2 『優しい誰か』と、ノラネコと、私

20××年10月初旬、某県でのお話。

海の見える丘の途中に東屋があった。

近くの道の駅の施設の一部だろうか。

サイクリングの途中、坂を必死に漕いで疲れた私は、ちょっと休憩しようと寄った。

車が脇をビュンビュンと通っていくので、静かではなかったが、他に腰を落ち着ける場所は無い。

ベンチに腰掛け、水を飲もうと荷物をおろすと、

「みゃあ」

と力ない声が聞こえた。

ベンチの裏に痩せこけた子猫がいた。

その子猫はボロボロだった。灰色のまだら模様は地毛というわけではないだろう。

こんなところに猫?

野良猫なら餌にありつけそうな所に住み着きそうなものだが…

逃げ出したのか、捨てられたのか、ここまで歩いてきたのか。

私には知る由もない。

ただ、1つ言えるのは、彼(もしくは彼女)はこのままでは長くないということ。

私は、

「どうしたんだい?」

と聞いた。

彼は答えない。 

じっとこちらを見つめる。

ふと彼の足元を見ると、何かを食い散らかした跡があった。

お菓子の袋や、空の缶づめもあった。

私は、すぐに理解した。

誰かが、彼を哀れんで餌を与えたのだろう。

道の駅で休憩中、座れる場所を求めてやってきた誰かは、この猫を放っておけなかった。

そして、耐えきれず餌を与えてしまった。

その結果、彼は『ここにいればご飯がもらえる』と学習してしまったのだろう。

では、私はどうする。

彼に餌を与えれば、また数日は飢えをしのげるだろう。

しかし、それは問題を先送りにしているだけだ。

秋の行楽シーズンも過ぎた今の時期、この東屋に訪れる人はほとんどいなくなる。

すなわち、食いぶちがなくなるのだ。

そうなれば、彼が冬を越すことは難しいだろう。

そうだ。

ここで私が餌をやらなければ、彼は『ここにいてもご飯はもらえない』と新たに学習するのでは?

そうすれば、餌をもらえる場所を探しに、ここを出るのでは?

少なくとも、人気の少ない東屋の裏から出て、人の多いところにいくのでは?

一時的には苦しい思いをするが、結果的には彼は冬を越せるのでは?

…いや。

もし彼が、今この瞬間が、本当に飢える寸前だったらどうする?

今、私が餌をやらなければ、明日には飢えて死ぬかもしれない。

明日の命を救うための選択が、今日の命を奪うことになるかもしれない。

では、今、餌をやれば、

少なくとも私が「殺猫鬼」になることはないのでは…?

決断を「他の誰か」に先送りにすれば、罪の意識に苛まれることもないのでは…?

…やるべきは、どちらだろうか…

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…そして。

私は決断した。

実行後、私は東屋を去った。

…それは登り坂のせいか、

腿に乳酸が溜まったからなのか、

この向かい風のせいか、

それとも、違う要因なのか。

いつもよりも、足が、

そして体が、

じわりと、重く感じた。

《終わり》


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