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「社会学から再考する障害福祉:ウェーバーの視点」

 毎日本を読む割に、アウトプットが仕事かクローズドなノートにしかしてこなかったので、特に3-4回読まないと人に説明できない程度の本を、来年の自分の為にnoteに記録しておく。

 マックス・ウェーバーの「社会学の根本概念」は、社会科学のフレームワークに多大な影響を与えた一冊。内容はやや複雑な点もあるけれど、「経済と社会」という論文の冒頭の部分だけを引用しているので、文量がかなり少ないので読解がしやすい。ウェーバーは「理想型」という概念の導入により、社会現象を理解するための新たなツールを提供した。理想型は、実際の社会現象を抽象化した理論上のモデルであり、ウェーバーはこれを社会の分析と理解の基礎としていた。

 またウェーバーは彼の社会理論の中核となる概念を詳述している。「社会的行為」、「権力と支配」、「合理性」がその主要なキーワードである。障害福祉と「理想型」や「権力と支配」の関連性について考察をしながら読み進めていく。

 ウェーバーは社会的行為を他人に対する意識的な行動と定義し、その行為の意味は他人との関係性の中で理解されると主張した。このアプローチは、ウェーバーの主観的意味を理解するという社会学的方法論を反映している。

 また権力は他人の反抗を超えて自己の意志を実現する能力であると定義されている。一方、支配は権力が一定した形で存在し、個々が特定の命令体系に服従する状態を指す。ウェーバーは、伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配の3つの主要な支配の形態を提唱した。

 またウェーバーは近代社会の特徴としての「合理化」を深く掘り下げている。目標合理性と価値合理性の二つの異なる形態の合理性を見い出した。

 改めて冒頭に述べた理想型について。ウェーバーは「理想型」という概念を導入することで、具体的な社会現象とは異なる抽象的なモデルや基準を設定し、それを基に現実の現象を分析・評価する方法を提案した。例えば「官僚制の理想型」では、官僚制の最も合理的で効果的な形を示すためのモデルを提供している。

 また、ウェーバーは社会的関係を持続的な社会的行為と定義した。この行為は参加者が互いの行動に何らかの意味を見出し、それに基づいて自身の行動を調整するというものである。社会科学者としてのウェーバーは、研究者自身の価値判断や先入観を持ち込まず、客観的に事実を観察・分析することの重要性を強調していた。彼は科学者の役割として、何が「べき」であるかを述べるのではなく、ある現象が「どうであるか」を明らかにすることを求めていた。(ここが非常に好きな点だ)

 また権力と支配についての記述が非常に興味深い。ウェーバーは支配について深く考察し、それを3つの異なるタイプに分けている。合法的な支配(例えば法に基づく)、伝統的な支配(習慣や伝統に基づく)、そしてカリスマ的な支配(特定の人物の個性や魅力に基づく)である。これらの各タイプは、人々がなぜ、どのように支配されるのか、そしてその結果どのような社会構造が生まれるのかを理解するためのフレームワークを提供している。

 もう少し掘り下げると、権力(Macht)は他者の行動に影響を与える能力、つまり他者を自身の意志に従わせる能力と定義されている。権力は全ての社会関係に存在し、権力関係は社会の全ての側面に影響を及ぼす。権力の源泉は多様であり、資源の所有、地位、知識、カリスマ性などによって形成される。

 一方、支配(Herrschaft)は特定のシステム内での権力の行使であり、個人または集団が一定の権限を持ち、それに対する服従を期待する状況を指す。ウェーバーは支配を「最小の抵抗」に対する「確率」であると定義している。つまり、支配される側が権力者の命令に従う確率が高いとき、支配が存在するとされる。(物事を確率的に捉える感覚は非常に好感が持てる。)

 伝統的な支配については、非常に分かりやすく、一定の慣行や習慣に基づく支配で、一般的には長い間受け継がれてきた慣行や習慣によって正当化される。支配者の権威は伝統によって認識され、従う側はその伝統を尊重し続ける。特に文中で述べられているわけではないが、日本文化における伝統的な支配構造も同じ仕組みであると考えられる。茶道におけるルールや、文化という言葉で縛られた伝統的な支配構造は日常的にも目にすることができるかもしれない。

 法的な合理的支配についても現代の我々からすると、敢えて述べる程のものでもないが、これは法律や手続きに基づく支配である。この種の支配は、規則や規定、公式の手続きに基づいている。権力者は法律や規則を遵守することによって正当化され、服従者は同じ法律や規則に従うことが期待される。法律だけでなく、組織における規則による統制構造がわかりやすい。

 これらの理論は、権力と支配の複雑な構造を理解するための重要な道具を提供し、特に法的合理的支配の概念は現代のビュロクラシーとその作用を理解するための重要な視点を提供する。

 この支配構造について、障害福祉の観点から考察をする。

 ウェーバーによれば、伝統的支配は、その権威が伝統、すなわち「永遠の昔から続いてきた」事柄に由来するという点で特徴付けられる。これは、組織の構造や行動規範が過去の慣行や規範に基づいて決定される支配形態である。この観点から日本の障害福祉の歴史を見ると、一部の伝統的な価値観や態度が障害のある方に対する待遇や認識に大きな影響を与えてきたと言える。例えば、「健常者」が社会の「標準」であり、障害のある方は「偏差」であるというスティグマは、古代から存在し、障害のある方が完全に社会に組み込まれることを妨げてきた。

 また、障害に対する偏見や差別は、親から子へと受け継がれ、長い間「正しい」とされてきた伝統的な態度や観念に裏打ちされてしまうケースもある。これらの非常に悍ましい意味での伝統的な観念は、障害のある方が社会から隔離され、教育や雇用、医療などの機会を奪われる一因となってきた。社会や文化が進化するにつれて、古い伝統や慣習が変化に対応できなくなるという点にも着目したい。ウェーバーは、この問題を「鉄の檻」と表現し、伝統的支配が固定的で柔軟性に欠けると評している。

 具体的には、障害のある方の社会参加や福祉の改善を促す新たな概念や理論が登場しても、それらが社会全体に浸透するまでには時間がかかる。それは伝統的な価値観や慣習が深く根ざしているからだ。その結果、社会の変化に対応するのが遅れ、権利保護や福祉の改善が滞ってしまうことは敢えて述べるまででもない。このような視点から、伝統的支配の理解は、障害福祉の問題を解決する上で重要な鍵となる。それは、障害のある方に対する伝統的な態度や価値観が、現代の障害福祉の問題の一因であると認識することで、これらの問題に対する新たなアプローチや解決策を見つけるためのヒントを提供するからだ。

 また社会学における欠点ではないかと感じる点が法的合理的支配についてだ。その権威が法や規則に基づいており、組織の構造や行動規範が理性的に設計されている支配形態だ。ここでは「理性的」とは、「最適化」や「効率性」を追求することを指す。障害福祉の領域で法的合理的支配を考えると、ここ数十年の権利の進展がこの枠組みに当てはまってしまう。例えば、障害者基本法の制定やバリアフリー法の導入など、障害のある方の人権を保護し、社会参加を促進するための法制度が整備されてきたが、それが最適であったとは思えない。主に時間的な速度、健常者とされる人々が享受してきた機会の多さという観点において。

 一方で、法的合理的支配は、組織やシステムが一貫性と予測可能性を持つことを重視する。これは、全ての人が平等に扱われ、特定の規則に従うことを強制するためだ。しかし、このような均質化の傾向は、個々の障害のある方が直面する固有の問題やニーズを見過ごす可能性がある。例えば、一人一人が持つ障害の種類や程度、生活環境、家族の状況などは、大きく異なる。これらの要素は、個別の生活や福祉サービスへのアクセス、社会参加の度合いに大きな影響を与える。しかし、法的合理的支配の下では、これらの個別の違いやニーズを十分に考慮することが難しい場合がある。

 また、ウェーバーは、法的合理的支配も「鉄の檻」を作り出すとも述べている。すなわち、法や規則があまりにも厳格で堅苦しい場合、それが創造性や個々の自由を制限し、組織の適応性や変革を妨げる可能性がある。

 この視点から、日本の障害福祉における法的合理的支配の課題としては、個別複雑な固有の問題やニーズに対応する柔軟性や創造性の欠如が挙げられる。法制度や政策の設計と実施に際しては、一人一人の生活状況やニーズをより深く理解し、それを反映した個別対応の強化が求められる中で、それがうまくいっていない現状を常に意識したい。

 一方、カリスマ的支配は、特定の個人(指導者)が持つ非凡な特性や能力、あるいは神聖な資質に基づく支配形態である。マックス・ウェーバーは、カリスマ的支配が生じるのは、しばしば社会的、政治的、宗教的危機や変革の時期で、そのような状況で人々は通常のルーチンや慣習から逸脱したリーダーシップを求めることがあると指摘した。

 障害福祉の領域におけるカリスマ的支配を考えるとき、この観点から見ると、一部の組織や活動家がその例として挙げられる。それらの存在はしばしば、障害を持つ自身の当事者的な経験や熱量を基に、変革の必要性を訴え、権利や社会的認識の改善を追求する。

 例えば、「この子らを世の光に」の著者である糸賀一雄は、自身の障害福祉における経験や情熱を生かして多大な影響力を持ち、日本の障害福祉の発展(改善と呼ぶべきかもしれない)に大きく貢献した。彼の活動は、日本社会における障害というものの位置づけや扱いについての理解を大いに深め、障害のある方の人権や機会享受を向上させるための具体的な政策提案や行動を促すことができた。

 しかし、カリスマ的支配には一方で問題も存在する。その一つは、その支配が持続性を持つかどうかという点だ。カリスマ的リーダーがいなくなったとき、その運動や組織がそのリーダーの魅力や影響力に依存していた場合、その運動や組織が衰退する可能性がある。また、カリスマ的リーダーが自己の信念や目標を強く主張しすぎると、他の視点やアプローチを排除し、組織内の多様性を損なう可能性もある。

 この観点から見ると、障害福祉の領域におけるカリスマ的支配の課題としては、このような支配形態の持続性と多様性の確保が挙げられるだろう。社会運動や福祉サービスの提供においては、多様な視点や経験、ニーズに対応できるような運動や組織の形成と持続が重要であり、これらが断続的、または個別に行われてしまうことでは現状の障害福祉を取り巻く社会環境が大きく変わっていくことは難しいのではないかと考えている。

 ウェーバーの社会学の根本概念は、個人や集団の行動、権力、支配といった社会現象を理解するための重要なツールである。この概念を通じて、障害福祉という特定の社会的課題について深い洞察を得られた。

 ここまでウェーバーの概念を理解し、適用することで、社会の枠組みを再構築するための新たな視点を手に入れることを試みた。それは、個々人が社会的行為を通じて自身の行動や思考を調整し、自身の立場や役割を再認識するという行為である。ウェーバーが指摘するように、個々の行動や意識は、社会全体の枠組みや構造の中で形成され、影響を受ける。その意味で、社会全体の視点から個々の行動や意識を再調整することで、社会全体の変革に繋がる可能性がある。率直に、コミュニティを維持する気があるか?という話かも知れない。

 一人ひとりが持っている社会的行為の力を再認識し、それを活用することができれば、社会全体の変革を促すことができるのかもしれない。特に、障害福祉の問題は、一人ひとりがその問題に対して自身の行動や意識を変えることでしか変わらない部分が往々にしてある。そのためのネクストアクションとして、一人ひとりが自身の社会的行為を意識し、それを活用して障害福祉の問題に取り組むことを提案し続けていきたい。その一環として、障害福祉に関する問題や課題について、さらに深く学ぶことや、実際の現場に触れること、触れ続けること、そして想像し続けることを自らにも課したい。

 人々が生活の中でウェーバーが提唱する社会学の根本概念、特に「社会的行為」や「権力と支配」の視点を持つことで、障害福祉に関する問題や課題に対する深い理解や、それに対する具体的なアプローチが見えてくることもあるだろう。例えば、障害に対するスティグマ(社会的な烙印)やマイノリティに対する差別といった社会的な問題に対して、自身の行動や意識を通じてどのように影響を与え、変革を促すことができるのか、自己反省の機会にすることも重要だ。

 最後に、冒頭に挙げた「理想型」の考え方に基づき、障害福祉における理想的なサポート体制や、その役割の理解についても考えてみたい。理想型としては、全ての障害のある方が全体最適ではない必要なサポートを受け、社会のあらゆる側面で活動する機会を得ている状況を想定することができる。

 具体的には、必要な医療ケアやリハビリテーション、教育、労働の機会、アクセシブルな公共交通、人権を守る法律、そして社会全体の意識改革が整備されているという状況を想定する。また、障害のある方自身が自分の人生についての意思決定を自由に行えるような自己決定の尊重も含まれる。

 しかし、現実にはこの理想型に至っていない。例えば、障害に対する社会的偏見やスティグマが依然として存在し、これが社会参加を妨げている。また、そもそものサービスや施設が不足していたり、既存の施設が当事者のニーズに適していない場合もある。これらの問題は、障害のある方が社会的な権利を十分に享受することを阻害している。ウェーバーの理想型の考え方を活用することで、現状と理想の間のギャップを明確にし、改善のための目標と戦略を立てることができる。障害福祉について考える時、我々は理想的な状況と現実の状況を比較し、障害のある方が直面する問題を解決するための施策を考える必要がある。

 ここまで、至極真っ当な文面にするまでもないことを述べてきたかもしれない。それ程、障害福祉の理想型や、社会に参加する人々が意識することはウェーバーに言われなくても「十分に分かっていること」なのだ。それが何故実現し得ないのか。「あなたはこの社会を維持する気があるのか?」と常に問い続けたい。(こうしたパワーワードはあくまで自分へ。)


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