プロレスの練習生だった話28

責任者の方から興行の前に最近試合ばかりで練習できてないし練習生も練習したいやろ。と語られた。
ごもっともだった。早くデビューしたいと言う気持ちとは裏腹に練習できる時間が圧倒的になかった。
なんでもこの一年は興行に力を入れていた為試合が何ヶ月も埋まっていら状態だった。
ジムで体づくりをして幾分か筋力も戻り一般的には筋肉があるように見えるくらいにはなった。
それでもプロレスは受け身から始まり独特の動きがある。それを身体に染み込ませるには練習しか方法はない。
イメージトレーニングだけではどうしても限界がある。
そんな状況を察したのか試合前に練習をすることを許可された。
リングの練習は貴重な時間だった。
受け身は多少感をとり戻していた。
しかしお金を貰える受け身というものには程遠かった。
大ベテランの先輩から指導を受けた。
膝をついた馬の姿勢から腰掛けそこから後ろ受け身を取る。同期と何回か見ていただきこの子のが筋がうまいわと褒めていただいた。
また、別の先輩からは後ろ受け身のコツはバナナの皮で滑った時のように足をすく事、受け身を取った後の体制は自分の足が立っていた場所に背中が来る事というポイントのアドバイスを頂いた。
自分はこの細かな部分のアドバイスがすんなりと頭に入った。
見よう見まねで取っていた受け身が格段に上達した。
それでもプロは試合中に何十回と受け身を取るのだから意識しなくても受け身を取れるようにする事は難しかった。

ロープワークについても教えて頂いた。
プロレスのロープワークはある規則性がある。
YouTubeなどでプロレスの練習風景を見られればわかる事だがそれを意識して走り込む。
ロープ自体ワイヤーでできているので想像の何倍も最初は痛い。
よくゴム?だとか紐?という声を聞くがそんなものに身体を預けでもしたらロープが切れたとき頭からリング下に落ちて大怪我をする。その為のワイヤーだと教わった。
だからこんなに硬いのか。これも腑に落ちた。
ロープワークをするとき大体の男子選手は右手をロープに掴み左手は太ももあたりに持ってくる事がある。
体重がある分背中で反動を利用して跳ね返る事ができる。
自分も東京の練習ではその方法を教わったがいまいち反動を利用する事ができなかった。
先輩たちから左手をトップロープ、右手をセカンドロープで掴むロープワークを教わった。
軽量の選手や女子選手が多用するロープワークだ。
こちらの方が幾分も反動を利用する事ができた。
ただ、走り方が小さく見えるとの事と目線が下を向いてしまう事が課題としてあった。
やはり大きく見せる事や視線が下に下がる事のリスクなどプロレスの動きというのは理にかなっている事を身を持って知った。
この頃は学業などを通じ探究心がもっともあったのでそういった知識やポイントを知る事ができるのは喜びの一つだった。
そして教わったことや嬉しかったことなどメモ帳に記した。
千葉では必需品だったメモ帳に書く癖は大阪ではなかったが試合までに時間があるときなどにこまめに書いていた。
女子の先輩からは何描いてるの?と不思議がられた。

別の興行の日も練習の指導を頂いた。
2人一組になり縦と横からロープワークをしぶつからないように相手と速度を合わせ走る。
相手と呼吸を合わせるのにも必要な動きを学んだ。
先輩たちがする動きについていくのは大変だった。
ルチャ・リブレで見られるロープワークをした後そのままサードロープから降りる動きがある。
これが難しく足が当たったりしてうまくいかなかった。
うまくいかないと悔しくなる。
簡単そうに見えるのに足の位置やほんの数センチのズレでうまくいかない。
憧れの先輩がロープワークだいぶできるようになってるよ。さっきのは初めてだったから仕方ない。とフォローしてくれた。
どうやったら先輩みたいに速く見栄え良く走れるのかなと思った。
憧れの先輩だからという贔屓目なしに先輩のロープワークはものすごく格好良い。

他にも倒立の受け身も見ていただいた。
千葉で毎日毎日繰り返してきた倒立。
思い返すと中学では体育の成績は2だったし高校でも倒立をした記憶がない。
千葉に行き初めて倒立をしたのだと思う。
千葉の先輩方が熱心に指導して頂いていたおかげで2年ほど経っても倒立はできた。
ある先輩は鶴みたい!美しい!と仰っていた。
自分の中では千葉で習ったことは自慢だった。
千葉で基礎をたくさん習って同期と比べて落ちこぼれていた自分だったがそのおかげで何年経っても体は覚えていた。
自分のプロレスの原点は千葉にあったということを再認識した。
プロレスだけではなく現在までの価値観や考え方そう言った部分はやはり千葉で学んだことがルーツだと思っている。

2週に渡り練習を先輩方に見ていただき歳の近い先輩からもプロレスのセンスありますよと褒めていただいた。
先輩方の一言一言は今でも印象深く残っている。

そしてあくる週、普段は宣伝を兼ねて無料興行を行っていたが有料興行としてチケット代を頂く興行に初めて参加した。
有料興行というだけあって緊張感やピリピリとしたムードが漂っていた。
試合会場の設営や物販の準備などもあり練習生に構う時間もないというような状況だった。
責任者の方から女子の練習生の先輩と呼ばれ歩きながら向かったところ憧れの先輩から注意を受けた。
責任者の方から呼ばれたんなら走るように。と
憧れの先輩から注意をされたのは初めてだったのでショックだった。
注意をされるとすぐに凹む自分だが憧れの人から注意を受けるのは尚更ダメージがでかい。
走らなければ。と頭に焼き付けた。
有料の試合では紙テープが客席から投げ込まれる。
そしてこの頃にはすでに練習生の先輩の1人がデビューをしており第一試合や第二試合は試合順の後の先輩と自分がせこんどにつくことになっセカンドにつくことになっていた。
同期の男子の練習生は私用で来られない日が続き女子の練習生の先輩は物販など裏方の手伝いがあったのだ。
紙テープがきたら回収とリングが緩んだら試合の合間に締め直して。と頼まれた。
久しぶりにテープの回収をするのでドキドキした。
千葉では散々紙テープは速やかに回収しなければ進行に支障が出ると教わった。
先に注意もされていたので自分自身でもナーバスになっていた。
そして第一試合のコールがあり紙テープがリングに投げ込まれる。
テープが着地するかしないかのタイミングでセカンドロープから上がり四方に広がるテープを手で巻き込みながら速やかにリングに降りる
回収できなかった分はレフリーの方が足で隅に追いやってくれるのですかさず回収する。リング下をお客さんの邪魔にならないようかがみ込み四方を走り全てを回収することができた。
それから同じようにメインイベントまで紙テープが飛ぶと先輩より先にリングに上がり回収した。

試合ではメインに近づくにつれ先輩方もセコンドとして合流する
千葉ではコーナーポストから2メートルほど離れた場所で片膝をつき試合を見守ることを教わっていたのでそうしていた。
花束の贈呈があったので選手が受け取りセカンドとして自分が受け取る。
花束などはリング下にしまえないので控え室までダッシュした。ヒールの選手が花束で攻撃をしたのでベビーの先輩が先程の花束を別の先輩に要求した。
それをキャッチしたのでまた控え室に走った。
控え室に入る際は練習生の〇〇です。入ってよろしいでしょうかとお伺いを立てる。
先の花束は控え室に預けた後誰かがどこかへ保管したようだったのでないよと言われた。
すぐにまたリングのそばへもどり先輩に告げる暇もなく場外乱闘が始まった。
無我夢中で千葉でしていた時のようにお客さんを捌けた。
試合はリングの中に戻りコーナーから少しだけ離れたところで片膝をつき見守っていた。
すると憧れの先輩からなんでそんな遠くで見てるんだよ
と注意された。
1日に2度も憧れの先輩から注意をされてしまった。
直ぐにリングの直ぐそばに移動して試合の行方を見守った。
ここではセコンドはリングのそばでつくものなのだと理解した。先に聞いておく必要があったなと感じた。
そういえば千葉にいた時も別の団体の方からヒール側にはセコンドつかなくていいよと教わったりと細かなところで何通りの方法があるみたいだった。

初めての有料興行では走る事とリングのそばでセコンドにつくという事を学習した。
先輩に怒られたショックもでかいがその分絶対次からは気をつけなければと噛み締めた。


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