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すべての鹿サポが『旅する練習』を読むべき理由

第164回芥川賞候補になりながら惜しくも受賞を逃した(宇佐美りんさん、おめでとうございます!)乗代雄介氏の新作『旅する練習』(講談社)はまさかの鹿島アントラーズ純文学。鹿島サポは読むべき、とめった切りコンビ(大森望&豊崎由美)にラジオで言われて素直に手にとったわけですが、本当に鹿島サポ向け小説だった! これをいちばん愛せるのは鹿サポだろ!と思ったので僭越ながらその鹿サポ的見どころを紹介いたします。鹿島を愛するひと、ジーコを愛するひとすべてに読んでいただきたい。もちろん鹿島こそ不倶戴天的の敵と思いなしているであろう浦和サポとかも読まれるといいんじゃないか。

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さて、本作はサッカー少女とその小説家の叔父とが、利根川沿いにはるばる歩いて鹿島アントラーズの本拠地まで旅をする話である。講談社の内容紹介によれば

中学入学を前にしたサッカー少女と、小説家の叔父。
2020年、コロナ禍で予定がなくなった春休み、
ふたりは利根川沿いに、徒歩で千葉の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅に出る。
ロード・ノベルの傑作!

である。少年サッカーチームの中でもとびきりにうまい少女亜美(あび、と読む)は、サッカー合宿で鹿島に行ったとき、合宿所から本を一冊失敬してきてしまった。その本を返しに鹿島まで行かなければならなくなって、どうせなら利根川沿いに我孫子から(!)歩いて鹿島まで行こうと「私」は思いついたわけである。亜美は延々ドリブルで行けばサッカーの練習になるし、なにしろボールを蹴ってさえいれば幸せなのでそれで満足なのだ。そういうわけで二人の珍道中がはじまる。合間合間には作家である叔父の情景スケッチがはさまる(作家なのだから、これも「練習」なのだ)。

実は野鳥マニアらしい「私」の書く内容も、少女の魅力も、いろいろ読みどころはあるけれど、ここではあくまでも鹿島サポ的な読みどころを紹介したい。鹿島サポなら飛びつく理由、その一は

1)ヒロインが美人
二人が旅の途中で出会って同行することになる女子大生(大学を卒業し就職を控えている四年生)のみどりさん、彼女が鹿島サポなのである。彼女が鹿島好きになるきっかけが素晴らしい。見るともなしに見ていた鹿島からのサッカー中継に、クラブにとって重要な「外国人のおじさん」が映る。そのおじさんは
「試合が終わって、もう一回、その人が映されたの。一緒に見ていたもう一人のおじさんと引き上げていくところがね……その人、紙コップを両手いっぱいに持ちながらドアを開けて、後から出るもう一人に、君はペットボトルを持てみたいなジェスチャーして、引っこんで行ったの」
 その「外国人のおじさん」はVIPでありながらゴミの後片付けはちゃんと自分でやる人だったのだ。
「それで、鹿島アントラーズを好きになったの」(p.060)
 それでこそ鹿島サポである。実を言うと彼女が美人かどうかはよくわからない。小説内でみどりさんの容姿に関する描写はないからだ(「私」はそこのところをわきまえている上品な人なのだ)。しかしもとよりカシマスタジアムには美人が多いというのはよく知られた事実であるし、こんなに心の美しい人が美人でないわけはない。しかも、彼女は眼鏡っ娘なのである! こんなヒロインを愛さずにいられようか。

2)ジーコが神
もちろん鹿島に行くというのはジーコ大明神に祈りを捧げに行くことにほかならない。みどりさんが鹿島好きになったきっかけはそういうことなのだから、当然物語の中にジーコはたびたび登場する。亜美とみどりさんがジーコのプレイを延々見つづけるシーンもある。

ジーコはペナルティエリア手前、左サイドからのショートパスをスルーしてディフェンスの背後に飛び出し、自分の背中を追いかけてくるように出された浮き球に対して、頭を前にして飛び、身体を反らせて踵を合わせた。体の後ろから角度を変えて放たれたボールは前に出ていたキーパーの頭を越えて、ゴールに吸い込まれる。それは、ジーコ自身が生涯で一番美しいと認めるゴールだ。(p.137)

これは1993年の天皇杯二回戦、東北電力戦のことである。このゴールだ。

ついに一行は鹿島に到着する。

等身大の銅像は腰に手を当てボールに足を置き、前を見据えている。
スタジアムばかりか町のショッピングセンターに銅像が立つようなサッカー選手はほとんどいない。この町に、そのチームに、サッカーという文化をほとんど一から根付かせ、ワールドカップに出たこともない国に誕生したプロリーグと共に、「KASHIMA」の名を、日本に、世界に知らしめる。ジーコの他には誰もそんなことはできなかった。(p.144)

ジーコ像はスタジアムをはじめいくつもあるが、これはもちろんショッピングセンター・チェリオのジーコ広場のことである。ここまでジーコ愛に満ち溢れた芥川賞候補作がいまだかつてあったろうか? さあ、あなたも今すぐ本屋に走ろう!

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